第2話・青い戒め:2P
視界を遮るような土煙。
周囲の物は無残に砕け散っていた。
その場にいた人だかりは、悲鳴を上げながら四方八方へ散らばっていく。
李周は駆け足で爆音のした方へ向かった。
辺りは舞い上がる土煙で何も見えない。
すると、どこからか得体の知れないおぞましいうなり声が聞こえてきた。
「なんだ!?」
うなり声の主を探す為に四方へ視線を動かす李周。
その時、土煙の中から体長3mはある巨大な猛獣が、李周目掛けて飛び込んで来た。
それを間一髪でかわした李周は、襲い掛かってきた猛獣に目を向ける。
「!?」
土煙が次第に晴れていき、ようやく周囲の状況がはっきりした時、爆音をならした巨大な猛獣の姿が明確に分った。
李周に襲い掛かってきた巨大な猛獣は、恐ろしい程ギラギラと光る目をしており、まるで口裂け女のような反三日月形の口からは、長さ1mはある牙が剥き出しになっている。
頭には鬼のような太い角が生え、背中にはコウモリのような黒い羽が羽ばたいていた。
明らかにこの世の者とは思えない生物。
側にいた警備兵達は、何とか猛獣に立ち向かおうとするが、恐ろしいその姿に皆足がすくんでいる。
猛獣は、獲物の捕獲に失敗したことに腹を立て、地面の上で前足を蹴ると、空気が振動するような雄たけびを上げた。
「すぐに役所に連絡しろ!後はまだこの状況を知らない奴らに、早く知らせるんだ!!」
李周は佇んでいる警備兵に向かって、声を張り上げた。
李周の張り上げた声に、ようやく我に返った警備兵達は、李周の指示通り周囲の者を避難させる為、四方へ駆け出していく。
「李周様も早くお逃げになってください!!ここは我々が・・・!」
その時、風を切るような音が響いた瞬間、李周の目の前にいた警備兵達の背中から、勢い良く血が噴出すと、呻き声を出さずに、地面へ倒れこんでしまった。
目を見開く李周。
その視線の先には、血で真っ赤に染まった爪を舐める、猛獣の姿があった。
「貴様・・・。」
その姿を見て歯を食いしばり、強く拳を握る。
しばらくにらみ合う李周と猛獣。
猛獣は次こそは獲物を為損じないよう、目を細めて李周の隙を狙う。
李周も猛獣の動きを見張っていた時だった―――
突然、心臓が大きく脈打った。
瞬間、全身から何かは分らない、とてつもない力が駆け巡ってくる。
李周は足元に転がっていた、警備兵の刀を握り締めると、駆け巡る衝動に身を任せ、力いっぱ地面を蹴り上げた。
頭上高く飛び上がった李周は、猛獣の脳天目掛けて刀を突き立てる。
そして、猛獣がそれをかわすよりも早く、突き立てた刀は凄まじい勢いで、猛獣の頭に突き刺さったのだった。
それはあっという間の出来事だった。
頭に刀を突き刺された猛獣は、石のように硬直すると、うめき声を上げ、空中へと分散していく。
暫く静かな時が流れた。
李周は猛獣に突き立てた刀を握ったまま、その場で立ち尽くす。
(なんだ・・・猛獣を見た途端、いきなり血が騒ぎ出した。)
握り締めている刀に目を向ける李周。
そこには、くっきりと猛獣の血が付着している。
(刀も使い慣れているわけじゃない。・・・けど、体が勝手に動き出した・・・。まるで、戦い方を始めから知っているみたいだ。)
その時、静寂だった空気が一瞬揺らめくと、李周の目の前で黒い渦が沸き起こった。
「今度は何だ!!」
暫く微動だにしなかった李周は、第二の異変に目を見張る。
湧き起こった黒い渦は次第に膨れ上がり、人型へと形成していったのだった。
瞬間、李周は黒い渦から、ただならぬ気配を感じとった。
先程の猛獣にも今までにない気配を漂わせていたが、この黒い渦から感じるものは、それと比べ物にならないくらいおぞましく思えた。
すると黒い渦から、漆黒の髪をした男の姿が現れたのだった。
「見事な腕前だな。」
黒い渦から現れた男はそう呟くと、怪しい光を帯びた目を李周の方へ向ける。
「流石、奴の血を引く者というだけあるな。・・・もし、完璧な姿になったら、さぞかし恐ろしい存在となるだろうな。」
そして、薄情そうな口元を歪ませると、冷たい眼差しで李周の青い目を見据えた。
「やつの血を引くものだと?どういうことだ。」
男の言ったことに、引っかかるものを感じた李周は、思わず身を乗り出す。
「おまえは一体誰だ!俺の何を知っている!?」
次第に声を張り上げ、男に問い詰めていくが、男は何も答えず只あざ笑うだけだった。
「悪いが全てを知る前に、お前には人間である内に、さっさと消えてもらう。」
瞬間、男は李周に向かって人差し指を向けるや否や、李周の足元周辺から赤い光が輝きだした。
そして、李周の全身を取り巻く様に、赤い光は筒状の形を形成していく。
その時、まるで喉を締め付けられるような息苦しさを感じた。
「な・・ん・・・だ・・」
息苦しさは次第に増していき、呼吸困難に陥ってくる。
李周は体を崩し、思わず地面に手を付いた。
「今は人間である以上なにもできないだろう。・・・憎き奴の力。じわじわとなぶり殺してやる。」
男は苦しむ李周の元へゆっくりと近寄ると、立ちはだかるようにして李周を見下ろした。
李周を包む赤い光に照らされ、男の顔はより一層はっきりと見える。
李周は苦しみながらも、男の方へ視線を向けた。