第2話・青い戒め
静寂な時が流れる穏やかな空間。
そこには所々に飾られている様々な色をした宝玉が、神秘的な光を放ちながら、薄暗い室内を照らし出す。
辺りは何の音もなく、まるで時が止まったような落ち着いた空気を漂わせている。
その空間の中で、足元まで届く長い髪の女が、広い室内の中心部にポツンと佇んでいた。
すると、薄暗い部屋から突然小さな竜巻が湧き起こると、渦巻く風の中から一人の男が現れたのだった。
「匡士様、お呼びでしょうか。」
風の中から現れた男は、紫色の長い髪を垂れ流し、室内の中心部に佇む匡士の前でひざま付いた。
「劉周公か。・・・おまえをここへ呼び出したということは、・・・分ってるな?」
匡士は劉周公の方へ首を傾けると、小さく笑みを浮かべる。
「はい。そろそろ時期が来たと言うことですね。」
目線を床へ落としていた劉周公は、小さく息を吸い込むと、視線を匡士の方へ向けた。
「そうだ。・・・あれを創り出してから約200年。奴ももう立派な青年に成長しているだろう。連れ戻すのは今しかない。」
匡士は全身を覆いかぶさるマントを翻すと、劉周公の目を射抜くように見つめる。
「御意。」
その眼差しに答えるように、劉周公は顎を軽く下げると、再び小さな竜巻が室内で湧き起こり、一瞬の内に姿を消し去っていったのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
町人や商人によって活気溢れる長安。
王朝付近ということもあり、そこでは人口が集中していた。
また、路地に立ち並ぶ建物は、きらびやかに飾る豪華なモノが目立ち、大富豪の集う町として、長安の象徴にもなっている。
その中で、一際敷地面積が広く、巨大な城壁が囲う中、誰もが圧倒されるような豪華絢爛な城が、長安の中心部にそびえ立っていた。
それは中国の中でも一番の財力を誇る、“蓮家”の本家である。
蓮家の一室にある巨大なロビー。
室内はまるでダンスホールのような広さを持ち、天井には余すトコなく細かな彫刻が彫られ、壁には高さ5mはある窓ガラスが張り巡らせていた。
そんな広いロビーの中では、漆黒の長い髪をした女が、落ち着かない様子で辺りをうろついている。
その時、ロビーの入口にある巨大な扉が重々しい音を立てながら、ゆっくりと開いたのだった。
「李周、遅いですよ!どこへ行ってたのですか!?」
女は扉の開く音に敏感に反応すると、ロビーの中へ入ってきた李周の元へ、駆け足で向かって行った。
「少し風に当たってただけだ。・・・っで、今日は一体何の接待だ?」
李周はポケットに手を突っ込むと、気だるそうな様子で肩をすくめる。
「今日は淵家の皆様とのお茶会よ。」
「お茶会!?」
あからさまに嫌々な声で吐き捨てながら言うと、苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
「どうりで親父がいないわけだな。」
そして深く溜息を吐くと、しかめ面のまま首を横へ傾けた。
「このお茶会も蓮家の繁栄維持に欠かせないものですよ。蓮家を支援する者達の交流は必要不可欠だわ。・・・それに、今後この家の跡取りについても重要なことになりますし・・・。」
母親は少し声を張り上げると、戒めるようにそう告げる。
「この家の跡取りに関しては問題ないだろ。俺はこの家を継ぐつもりだ。」
その時、母親の表情が一瞬だが陰の架かったものへと変わった。
「そ・・・そうね。」
そして、どこか無理に繕っているような笑顔で一言そう返したのだった。
その様子を横目で捕らえた李周は、ただ閉口するしかなかった。
明らかに何かを隠している素振り。
母親は嘘をつくのが苦手な為、いつも隠し事をする時は先程のような無理な笑顔を作る。
それはよっぽど鈍い者でない限り、誰にでも分るようなものだった。
そんな素直な母親だが、時にはその素直さが残酷なものになる・・・。
過去に、李周は自分の目の色について母親に尋ねたことがあった。
どうして自分は他の者と目の色が違うのか、なぜ皆と同じじゃないのかと。
物心が付いてから、その疑問はどんどん膨れ上がっていった。
しかし母親は何も答えず、あの無理な笑顔ではぐらかされてしまった。
そんな母親の様子を見て、李周は幼いながら、その事には触れてはいけないモノだと確信したのだった。
東洋人には有り得ない青い目。
もちろん、先祖を辿っても外国人の血筋はどこにも存在しない。
自分だけが人とは違う目の色をしている。
このことは、どんなに考えたって決して良いことではない。
また、初対面の者には必ずと言っていい程、この目の色に不審感を抱かれている。
その度に李周は、この目の色の意味を探り続けた。
しかし、どんなに書物をあさっても、その答えは見出せずにいる。
そして、自分が跡を継ぐのに母親が心から喜ばないこと。
少なくとも、この目の色が関係しているのだと李周は確信していた。
しかしそれを母親に尋ねるわけにもいかず、そのことは一つのわだかまりとして、抱え続けている。
ロビーを出て長い通路を歩く李周。
ふと、通路の窓ガラスに映る自分の顔に目を向けた。
窓ガラスには普段と変わらない無愛想な顔がハッキリと見える。
そして、この青い目も。
李周は窓ガラスに手を充てると、きつく拳を握った。
(人にどう見られているとか、そんな事はどうでもいい。・・・ただ、周りと同じように生活しているのなら、何故この目は他と同じようにならないんだ・・・。)
窓ガラスに映る忌々しい青い目を、李周は射抜くように睨みつけると、思わず小声で呟く。
「・・・俺は、一体何なんだ・・・。」
その時だった。
突然、外庭の方から大きな爆音が鳴り響いてきた。