ウェーン
念願の第一子がついに生まれました。苦節三年、共働きで妻との営みの時間もなかなか得られず、さらに妻の母も同じ屋根の下で三人で暮らしていたので、遠慮してできなかった。それゆえ、子供の誕生は嬉しかった。
お隣さんに住む若い美青年もお祝いに石鹸をいただいた。贅沢を言うなら、もうちょっと良いものが欲しかった。まあ、苦学生のようだし、若者に何かを望む事自体、間違っているのだろう。
しかし、我が子には大きな問題があった。それは、一切泣き声をあげないのだ。
生まれたときですら、産声がなかった。別に精密検査を受けてもなんら異常もないのが、理由は分からない。
表情もない、泣き声もあげない、笑いもしない。不気味だった。
でも、くぁわいくないわけがない!
反応が淡白でも、こちらに意識を向けてくれる。それだけで、私は満足だった。
そんなある日、ちょうど一才になった赤ちゃんのマシュマロのように柔らかい頬をツンツンと突ついていると、
「ウェーン」
と、声を出した。いや、泣き声を上げたのだ。
初めての子供の子供の声に打ち震え、私は妻と義母にこの感動を伝えた。
そして、翌日、義母は死んだ。ゆっくりと息を引き取ったのだ。
それから静かな日常が続いた。我が子は最後に声を出して以来、また静かになってしまった。
そして、我が子がちょうど二才になった時だ。
「ウェーン」
まただ。また泣いた。
だが、その声に喜んだ家族はいない。妻も、その声に何かを恐れるような表情をしていた。
そして翌日、妻が死んだ。
私は恐ろしくなった。この赤ちゃんが泣く度に、家族が減っていく。
それでも、子供を捨てるという罪悪感がのしかかり、私はシングルファーザーとして子供の世話をした。
それから嵐の前のように、静かに一年が過ぎていった。
ついに来た。ついに、来てしまったのだ。
「ウェーン」
義母が死に、妻が死んだ。なら、残っているのは……。
私は、目の前が真っ暗になった。
間近に迫った死の恐怖に胸を圧迫され、何もやる気がせず、ゆっくりと寝室に向かい、最後の夜を迎える事にした。
翌日、お隣さんの若い美青年が死んだ。
私は赤ちゃんを見て、呟いた。
「……お前は、誰の子?」
我が子はニンマリと、破顔した。
私が見た、初めての笑顔だった。
ゆっくりゆっくり、これからも書き続けていこうかと思っています。