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第9話 司法の番犬

「それで、多くの使用人が利用するこの食堂で、毒の影響を受けなかったのが、この三人だったということか……」

 法務官はそう言うと、ミモザ、アデス、ダナンの三人を順番に見つめた。

 噂通りの冷たい瞳に、背中がゾッとする。

 普段は噂なんか信じないけれど、この人の歩いたあとは、本当に草花も凍ってしまいそうだ。


 法務官は、再びミモザに目を向けると、全身を値踏みするかのように、その輪郭を視線をなぞる。

「まず、庭師のミモザ=ワートル。君が駆けつけた時にはみんなが倒れていて、君はご飯を食べる間もなかったから、無事だったと」

「……はい」

 その時、隣の補佐官が何やら法務官に耳打ちをした。何を伝えているか、ある程度、検討がつく。

「あぁ、なるほど。聞いたことがある名前だと思っていたが、君が、植物姫(ベルセポネ)か」

 やっぱり、とミモザは苦笑いした。

「あの、気に食わない人間は食虫植物に食べさせると噂の。植物に明るい君なら、毒ごとき、いとも簡単に作れるだろう」 

 人を食べてしまうほどの、そんな大きな植物、現実には、ない。

 にしても、ここにまで噂が轟いていたとは。

「あのお言葉ですが、毒というのは、人間が意図的に作らずとも、植物自体に元々備わっているものが数多くありまして。なのでたとえ私で無くても、毒を保有している植物を使えば、毒を盛ること自体は、いとも簡単にできてしまうのです」

 そう口にした瞬間、しまった、と思った。

 『毒なんて作らなくても、毒のある植物を使えば人が殺せる』なんて、自分から犯人になりにいっているようなものだ。

 法務官は奇妙なものを見るような視線が痛い。

「もちろん、私はそんな毒は使用していませんが……」

 一応、そう付け足しておいたが、あまりフォローにはなってはいないようだ。


 法務官は、次にアデスに視線を落とした。

「次に、同じく庭師の……アデス=ストロワ。君は確か、外でご飯を食べて、食器を返しにきたところ、彼女が人々を介抱しようとしている場面に出会したわけだね?」

「あぁ」

 法務官に対する口調にしては、フランクすぎるその口調に、ミモザは内心震え上がる。

 法務官も一瞬それが気になったのか、ぴくりを眉毛を上げたが、今は捜査が最優先だと思ったのだろう。特にそれには触れなかった。


「……なんで君は、お腹を壊していないんだ? あのポタージュを飲んだだろう?」

「それは……」

 アデスは、一瞬言いごもったあと、わずかに視線が泳いだ。

 なぜアデスが体調を崩していないのか。それはミモザも、一番に気になっていたことだった。

 まさかアデスが犯人だとは、思えないが、三人の中で唯一ご飯を食べていながら、一人だけお腹を壊していないというのは、やはりおかしい。


「……スープは、こぼしてしまったんだ」

 少しの間の後で、アデスは絞り出すような声で告げた。

「こぼした? ……どこに? すぐに調べさせよう」

 法務官の眉間に深く皺が寄った。

「裏庭のため池だ。もうきっと水に溶けてわからなくなってるだろうな」

「ほぉ……なるほど? 一応調べておこう」

 そういうと、法務官は補佐官の男に、ため池を調べるように指示を出した。


「最後に、第三食堂、料理長のダナン。君は料理長だと言うのに、食堂にはいなかったそうだね? どこにいた」

「はぁ。自分は、実はかれこれ三日前から、なんだか鼻がむずむずして辛くて、匂いどころか、全く味もしませんで……。ここで昼食を作った後、ハック先生に診てもらいに行っていました」

 確かに、ダナンの目は赤く、鼻の先も擦りすぎて真っ赤に腫れているようだ。

「ん? ……味がしなくて、それでご飯は作れたのか?」

 法務官は訝しむように、目を眇めた。

 自分が疑われていると思ったダナンは、一生懸命に無実を証明するべく、身を乗り出しながら、身振り手振りで話をする。

「も、もちろんですっ! 長年料理長として腕を振るってきましたので、体が覚えています。そっ、それに、最終的には、副料理長のサボに、味を見てもらいました。サボはポタージュを美味しい美味しいと言って飲んでいましたし。だから、その時までは毒は入ってなかったと思います……! ハ、ハ、ハクシュンっ!」


 なんというか、自分以外の全員が怪しく見えてしまう。

 きっと側から見れば、ミモザも十分怪しいのだろうけど。

 その時ミモザはふとある疑問が頭をよぎり、法務官に向かって挙手をした。


「あのぉ、一つよろしいでしょうか」

「何か?」

 法務官の鋭い眼光がミモザに刺さる。

 生きていてすみませんと、そう言いたくなる冷たさだ。


「あの……、第一食堂と、第二食堂は大丈夫だったのですか?」

 つくられる場所は違えど、賄いの献立は、基本どの食堂でも同じはずだ。

 もし、食材が腐っていた、などあれば、他の食堂でも同じことが起きているかも。そう思ったのだ。


「ああ。今のところ、誰かが腹を壊したといった報告はないな」

「であれば、やっぱり、誰かが毒を入れたのでしょうね……」

 そう呟くと、ダナンが顔を顰めた。

「確かに、食堂内には誰でも入れるようにはなっている。でも、料理に触れることができるのは、俺たち料理人だけだ! 透明人間でもない限り、第三者が、キッチンに入れば違和感を覚えるはずだ!」

 そこは料理長としてのプライドがあるのだろう。

 食堂では、並んでご飯を受け取るシステムだ。確かに、シェフの目を盗んで、全てのスープに毒を入れるのは難しいだろう。

 だとすれば最初から入っていたということだろうか。


 その時、医者のハックがやってきた。

「体調が回復した人たちから、やっと話を聞くことができました。彼らが言うには、最初は吐き気から始まり、体が震え出し、体が熱くなっていったそうです。ひどい者は、瞳孔も開いていましたよ。命を落としたものはいませんでしたが、誰かが死んでもおかしくありませんでした」

『死』という言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。 

 ハックは言葉を続ける。

「あと、副料理長のサボが証言したのですが、味見の段階で、いつもよりアクが強い感じがしたけれど、料理長に美味しくないとは言えなかったとのこと……以上です」

 その場にいた全員の視線が、ダナンに向かう。

「もうほとんど決まりだな」

 法務官は呆れたようにダナンに言い放つ。

「なっ、はっ、いや、俺はやってねぇ! 俺は、いつも通り、食材を受け取ったらそれを使って飯を作っただけだ!」

 焦ると一層怪しく見えて仕方がない。


「あの……、また、一つよろしいでしょうか」

「何だ?」

 そろそろ法務官の視線が痛いが、鈍感なミモザにはどこ吹く風だ。

「食材はご自身で採取されるのですか?」

「いや、朝、商人から買った新鮮な野菜を、担当のものが運んできてくれることになっている」

「と言うことは、ごぼうもご自身で採るのではなく、置いてあるものを使ったということですか?」

 何を当たり前のことを、と言う顔で、ダナンはミモザを見た。

「ああ、そうだ。しかも今日のごぼうはいつもより立派で、新鮮だったよ。腐ってたりしたら気づくはずだ。なぁ信じてくれよ! 俺は何もしてないんだ!」

「そうは言っても、お前しかいないんだよ。他の料理人たちは自分たちでも食べて、症状が出てるんだ。一歩間違えば死ぬようなリスクを犯すとは思えないし。お前は毒が入っていたのを知ってたから食べなかった。そうだろう?」

 法務官の言葉は、ほとんど決めつけで、あくまで想像の域をでない。それでも、筋が通っているだけに、誰もがダナンが犯人だと思い始めていたその時、アデスが、ゆっくりと口を開いた。

「疑わしきは罰せず、だろ。確かにダナンのおやっさんは怪しいよ。でも、怪しすぎやしないか? 料理長なんて、一番最初に疑われるもんだ。そんなリスクを犯すほど、おやっさんはバカじゃねーよ。……多分」

「アデス……! お前は本当に生意気だけど、いい奴だ」

 大きな体に涙を浮かべ、感動するダナンを横目に、法務官は淡々と言葉を告げる

 。

「だが、問題が起きた以上、誰かを捕まえなければ示しがつかない。であれば、その中で一番疑わしい人間を捕まえるまでだ」

 目の前で、法務官とアデスが睨みをぶつけ合う中、ミモザの心はここにあらずだった。


(吐き気。痙攣。体温の上昇。瞳孔の拡張。そして、ごぼうのポタージュ。いつもより強いアク。全部が揃っている……)

(でも、まさか。そんな偶然があるのだろうか)

(けれど、もしこれが正しいとしたら、ダナンさんの冤罪は晴らせるかも……!)


「あの、一つよろしいですか?」

 ミモザは恐る恐る手を上げた。

「……また君かね? 植物姫(ベルセポネ)

 眉間に皺を寄せた法務官は、呆れたように、ため息をつく。


「私、この毒の正体が、わかったかもしれません」

 そう告げた瞬間、食堂の空気が一変した。

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