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第7話 天国から地獄?!

「ミモザ、バラがカミキリムシにやられているみたいなんだ。後でバラの館へ行って薬を塗っておいてくれないか」


 ペチュニアの花がら摘みをしていると、上から声が降ってきた。

 声の主を探そうと見上げると、シマトネリコの木に登ったロウィが、ミモザを見下ろしていた。

 どうやら伸びた木々たちを剪定しているらしい。


 バラの館とは、四つに分かれた温室の一つである。

 温室は四つの建物で構成されていて、それぞれの植物ごとに適温が異なるため、建物ごとに温度を調整している。

 その中でもバラの館は、他の温室とは異なり、かなりこじんまりした造りで、名前通りバラの花が沢山植えられていた。


「わかりました。カミキリムシは雑草の多いところに出やすいですから、周りの雑草もしっかりとっておきますね」

 上にいるロウィに声が聞こえるように、少しだけ声を張って返事をする。

「最近あのあたりの雑草まで手が回っていなかったから虫が増えたのかもしれないな。ミモザ、すまないが頼んだ」


 王城の温室で働き始めて二週間が経った。

 仕事は意外にも肉体労働で、最初の数日は筋肉痛で、体全身がバキバキと音が鳴るほどだったが、それも一週間もすれば、すぐに慣れた。

 麦わら帽子に軍手姿も、側から見ては、もはや侯爵令嬢とは気づかれないだろう。


 毎日朝から夜まで汗水垂らして働き、時には泥だらけになって、時には虫と戦って。なかなか人使いが荒いアデスのもとで、新人らしく、ビシバシ鍛えられている。

 正直、毎日、大変かと問われれば、大変だと大きな声で答えるだろう。


それでも、ミモザにとってここは、天国以外の何ものでもなかった。

 これまでワートル家の小さな温室と、机上だけで植物を嗜んでいたが、ここではその倍のスピードでいろんなことを学べる。

 大好きな植物に囲まれながら、一日中植物のことだけを考えられるなんて、庭師の仕事は天職でしかない。


 花がら摘みを素早く終わらせ、バラの館まで向かおうと、かがんでいた腰を上げた時、再びロウィに呼び止められた。

「そういえばカモミールにアブラムシがたくさん寄ってきているのだが、何か対策はないか? カモミールティーにしたいから、できれば農薬は使いたくないんだ」


 でしたら、と言いながら、ミモザは頭の中の図鑑をパラパラと捲る。確か、アブラムシには――。

「アブラムシには、ハーブを近くに植えると虫がつきにくいですよ。ハーブの放つ芳香が虫は苦手なのです」

「ハーブか、なるほど。じゃぁ、バラが終わったらお願いできるか」

「はい、わかりました。ただしハーブといっても、いろいろありますが、どれにしますか? 地続きで植えられる場合は、おすすめはラベンダーです。ラベンダーはミントなどのハーブとは異なり、繫殖力がさほど強くはないので、省スペースでも栽培可能なのです。同じハーブでも、ミントを地続きで植えてしまうと、あまりに繫殖して、かえってカモミールの栄養をミントが奪ってしまい、枯れさせてしまう可能性もあります。なので、もしミントをご使用される場合は、プランターに植えていただければ。プランターのミントをカモミールの周りに囲むように置いておけば効果があるかと思いますよ。そうすれば、カモミールミントティーにもできますし」


 一息に話して、満足げにロウィを見上げると、そこには驚くように目を見開いたロウィがいた。瞬間、ミモザはやってしまった、と頭を抱えた。

 以前、フランシス家に嫁いで初めてのお茶会で「ご趣味はなに?」とご令嬢方に聞かれた時と同じように、無我夢中でオタクトークを繰り広げてしまった。

 あの日から社交界では、〝植物姫(ベルセポネ)〟と呼ばれるようになったのだ。

 結婚していた時、元夫シルヴァンにも「植物の話のときだけ饒舌になりすぎて気持ち悪い」と言われていたのに。


 植物のことになると、ついつい知っていることをすべて話してしまいたくなるのはミモザの悪い癖だ。

 ただでさえ、庭師のわりに爵位が高く、しかも年上で扱いづらいと、アデスに思われているかもしれないのに。

 二十三歳のミモザに対し、アデスは二十歳。年齢的にミモザのほうが上なのだ。


 年上の後輩、しかも侯爵令嬢など、きっと面倒以外のなにものでもないだろうに、そこに気持ち悪いまで加えさせては、一緒に働くアデスに申し訳ない。


 オタク丸出しの話しぶりに、言ったそばから後悔の念に駆られていると、アデスの笑い声が降ってきた。


「ははっ! ミモザはすごいな! いつもならわからないことがあればすぐに本を見にいくのだが、ミモザがいればその手間が省けるよ。いつもありがとう!」

 感心したように頷かれ、褒められたことに嬉しさが込み上げる。ミモザが犬ならば、尻尾を降って、くるくると回って走っただろう。


 アデスは仕事ができる。なんせこれまで一時的とはいえ、この温室を一人で管理していたのだ。

 そんなアデスにとって、自分なんて豆粒のような庭師なはずなのに、アデスはいつもお礼を欠かさない。

たとえ小さな仕事だろうと、絶対に「ありがとう」と言葉にしてくれる。

それはミモザの励みになっているし、そう言われるたびに、自分はここに居ていいんだ、と素直に思えた。


 フランシス家では一度もこんなに満ち足りた気持ちにはならなかった。

 結婚してからも、どこか他人の家で寝泊まりしているような、そんな窮屈さを感じていて、それは最後まで変わらなかった。

 ミモザはあの家で空気だった。植物のほうが存在感があったくらいだ。

 無論、アデスにありがとうなど、言われたことは一度もない。

 しかし、ここでは違う。こんな自分でも誰かの役に立っているのだ。


その時、大きな鐘の音が響いた。

正午を伝える音だ。


「ミモザ、先にお昼にしよう。庭師は体力勝負だ。しっかり栄養は取らないと」

 アデスはするりと木から降りて告げた。

「私、今ちょうどいいところなので、ここまで終わったら向かうことにします。アデスさんは、お先にどうぞ」

「わかった。……没頭するあまり、お昼食べ損ねないようにな。ダナンは時間にうるさいから」

 そう言うと、アデスは一人で温室を後にした。


もっとも、基本的にアデスは食事を一緒にはしない。

食堂まで一緒に行くことは、これまで何度かあるが、気がつけばいなくなっているのだ。

もしかしたら、食事を受け取った後、違う場所で食べているのかもしれない。

どこか緑に囲まれたとっておきの場所があって、そこで食べているのかも。もしそうならば、今度ぜひ教えてもらわねば。

そう思いながら、花がら摘みを終わらせて、ふと温室の中央に掲げられた時計を見て、ミモザは目を瞠った。


時計はすでに、先ほどアデスと別れてから、四半刻を過ぎているのだ。

夢中とは怖い。時間が砂のように手からこぼれていく。


――ダナンは時間にうるさいからな。


 先刻のアデスの言葉を思い出し、ミモザは急いで温室を後にして、食堂へ急いだ。 

 ダナンのご飯が食べられないなんて、悲しすぎる。

 ミモザにとって、食事は、ここで庭師として働く楽しみの一つなのだ。

 侯爵令嬢として、貴族の料理ばかりを口にしていたミモザにとって、ダナンの作る賄いは、どれも初めての食べ物ばかりだった。

 しかも、賄いにはマナーがない。下働きの中には、カトラリーを使わないものもいる。美味しく食べられるのであれば、どうやって食べても、食べながら喋っても、何をしてもいいのだ。

 

 早く行かなければ食堂が閉まってしまう。

 けれど、ただでさえ広い王宮。ミモザが食堂に着いた頃には、ほとんどの人が食堂から帰る時刻――のはずだった。

 しかし、食堂の扉を開けたそこでミモザが目にしたものは、お腹を抱えて顔を歪める人たちの姿。中には、椅子から落ちて、腹を押さえている者もいる。

 床にこぼれたスープ。食堂に響く多くのうめき声。

 その光景にミモザは目を疑った。


「大丈夫ですか?!」

 咄嗟に扉の近くにいた人に駆け寄るも、みんなお腹を押さえてうめくだけで、会話にならない。


「ミトマさん! これは一体、どうしたんですか?」

洗濯場メイドのミトマが目に入り、駆け寄るも、ミトマは微かに目を開き、ミモザを確認すると、下に転がった食器を指差した。

「……ジュ……に……が」

「え?」

 声は微かで聞き取れない。それでも声を聞かねばと、その口に耳を当てる。

「ポタージュに……毒が……」 

「ポタージュに毒?」


 ミモザは下に転がったお椀を手に取って、香りを嗅いだ。

 毒には明るくないので、入っているかはわからないが、食べ物が腐っているかどうかくらいなら、ミモザでもわかる。だが、スープからは、バターと牛乳の香りがする。ベージュ色のスープだが、何の野菜が入ってるのかまではわからない。

 

 目の前で苦しむ人を前に、ミモザはどうすべきか立ち尽くした。

 毒にしても、何にしても、まずは胃を洗浄した方が良いだろう。だが、これだけの人数を、自分独りで対応するにはあまりに時間がかかる。

 誰かを呼びに。

 そう思って、扉に足を向けた時、食堂の扉が開いた。

 目を向けるとそこには、食器を手に持ったアデスがいた。


「アデスさん! 実は――」

そこまで言いかけて、ミモザははて?と頭を傾げた。

アデスの食器はどれも空になっているのだ。もし、アデスがスープを飲んだとすれば今頃お腹を押さえているはずだが。目の前のアデスはいつも通りピンピンとしている。

であれば、毒はアデスの食べた後に入れられた、もしくは、アデス自身が毒を入れた――?


そんなことを思い浮かべていた時、アデスがその赤い瞳をこちらに向けて、ゆっくりと口を開いた。


「これ……。もしかして、ミモザが……? 確かベイルから聞いた〝植物姫(ベルセポネ)〟の噂にこんなのがあったな」

「へ?」

「〝植物を調合した毒薬を元旦那に飲ませ、不能にした〟って……」

 アデスの赤い瞳が、真っ直ぐにミモザを見つめた。

 そんな薬作ってはいないし、そもそも元旦那は多分、不能じゃありませんが。そう反論しても、多分アデスの耳には届かない。

 それが噂の破壊力なのだ。


 天国だと思っていた職場で、どうやら私は昼食を食べ損ねただけでなく、毒を盛った犯人にされてしまいそうです。


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