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第6話 ロマンチスト(?)な庭師との出会い

「もしかして……」

 向かい合った青年は、手を差し出さないミモザを見て、顔を歪めた。


「俺臭かった?」

「……へ?」

 差し出された手を前に硬直してしまったせいで、相手に変な誤解をさせてしまったと、ミモザは勢いよく首を振る。

「ち、違います! 決して! 決してそんなことは!」

「いや、今朝からずっと作業してたからさ。泥だらけだし、変な匂いでも出たかと思った」

 爽やかに微笑まれて、ミモザは再び首を横に振る。今度はめいっぱい千切れそうなほど。

「いえ! むしろいい香りです! 芳醇な大地と、瑞々しい草木が混ざった、素晴らしい香りです!」

 熱弁のあまり、声が裏返る。

「ふははっ。すごい嗅覚。土と草の匂いって、そう。さっきまで草むしりしてたんだよ。それより、急に出てきたから、驚かせちゃった?」

「その……あの、はい。実は、ナナカマドの精霊さんかと思っていたら、人でしたので……ちょっと驚いてしまったのと、独り言を聞かれてしまった恥ずかしさで、固まっておりました……」

 語気が徐々に弱まる中、恥ずかしさで顔が燃えそうになる。


「ふっ……くっ、ふははははは!」

 アデスは堪えきれないといった様子で、声をあげて笑った。

 あまりに豪快に笑ってもらえるので、なんだか少し、救われる。

 どうぞ存分に笑ってくださいと、心の中で頭を下げる。


「えー参ったなぁ。植物姫(ベルセポネ)は人の血が通っていないなんて聞いていたから、もっと鉄仮面みたいな人が来ると思ってたけど、なんだかめちゃくちゃ人間味ある子が来ちゃったなぁ」

 そんなことは初めて言われたと、ミモザは目を丸くした。


「……それ、私のことですか?」

「あ、植物姫(ベルセポネ)って呼ばれてるって知らなかった……?」

 アデスは申し訳なさそうに眉をひそめた。

「あ、いえ、それは素敵なあだ名だと喜んでおります」

 自分にぴったりの名前だと思う。

 誰がつけたかは知らないが、ナイスセンスだ。

 もちろんそのあだ名にあやかって生まれた、数々の噂は別だけど。

「そちらではなくて、人間味があるって方。ご存知ないかもですが、私、血も涙もない悪徳令嬢らしくて……。なので人間味があるなんて、初めて言われました」

 思わず照れると、アデスはきょとんと目を丸くした後、口角をどこまでもあげた。

「あ、そっち? ふふふ、君、面白いね。ますます想像と違ったよ。そういえば、本当の名前をまだ聞いてなかったね」

「あ、申し遅れました。ワートル侯爵家から参りましたミモザと申します。……えっと、あの、本名です」

 ミモザの木の前で自分の名前がミモザと伝えるなんて冗談と思われても仕方ない。補足するようにそっと付け足す。

「へぇ、いい名前だ。植物が由来なんだね。……俺と一緒だ」

 「俺と一緒」と言われ、ミモザは、アデス、と言う名前の植物を、瞬時に脳内データベースから検索する。


「と言うことは、アデスミア……が、お名前の由来ですか?」

 この国には自生していない、豆科の植物。一度、図鑑で見たことがあるが、黄色の蝶のような可愛い花を咲かせる一方で、トゲトゲの茎をもつ面白い植物だった。

 目の前の赤茶色の髪を持つ堂々とした青年のイメージとは少し違う気がするが、名前なんて先につけるわけだから、後から本人のイメージと異なってくることもあるわよね、と自分を納得させる。


「え? あっ、あー……うん、まぁ、そんなとこ」

 アデスの視線がわずかに泳ぐ。

 焦ったような返事に、ミモザはどうしたのかしらと首を傾げた。

 そういえば、第三王子の名前もローワン――植物の名前だったはずだ。

 その時、温室の扉が勢いよく開いた。

 見るとベイルが鬼の形相で立っていて、アデスを見るや否や、大股で近づいてくる。


「全くここにいたんですか、王……、おうっ!」

 ベイルは「おうっ!」という声とともに、不自然に右手を上げてアデスに挨拶をした。

 真面目で堅い性格だと思っていたが、どうやら親しい人にはこんな砕けた挨拶もするらしい。しかし慣れていないのだろうか。あまりにギクシャクとしていて違和感が拭えない。

 アデスはくすくすと笑いながら、ベイルと同様、「おう」と片手をあげて挨拶をした。


「ベイル、遅いよ。ちゃんと時間には間に合わないと」

「それはこっちのセリフですよ。ちゃんと温室のドア前に集合ってお伝えしましたよね?」

 眉を吊り上げるベイルに、アデスは微笑みを返す。

「来てたよ? 温室のドアの前に。 内側のね」

「なっ……!」

「つまり僕はちゃんと約束は守っていたよ? 非があるとすれば、ドアの内側か、外側かを明言してなかった君じゃない?」

 挑発するような口調に、ベイルは悔しそうに顔を歪めると、言っても無駄とばかりに大きな溜息をこぼした。


「ミモザさん、お待たせしてしまいすみません。こちらの減らず口が、もう一人の庭師、ロー……、ロマンチストなアデスさんです。ミモザさんと一緒に働く、いわば同僚でございます」

「ぶはっ! ……くくくっ」

 吹き出した後、アデスはお腹を抱えて笑うのを我慢しているようだった。

「アデス、こちらは……」

「ベイル、もう挨拶は終わったよ。お前が遅いから先にしちゃった」

 それにしても、ロマンチストなんて、そんな感じには見えないけれど。どちらかといえばサバサバしていそうな。

 でも、わざわざ挨拶でそう伝えるぐらいだから、きっととてもロマンチストなのだろう。

 いつかロマンチックな話でもお聞かせ願いたい。


「さて」

 アデスはそう言って、ひとつ手を叩くと、まっすぐにミモザを見た。

「君が来てくれて本当に助かるよ。一緒に働くことをとても楽しみにしていたんだ。改めて、これからどうぞよろしく、ミモザ」

 その瞬間、体の中に残っていた一抹の不安が、紅茶に溶ける砂糖のように一瞬で消えてなくなった。


 フランシス家にも、ワートル家にも自分の居場所はもうない。

こんな自分でも必要としてくれている人がいる。それがとてつもなく嬉しくて、それだけでどこからか力が(みなぎ)ってくるようだった。

 ここでなら頑張れる。そんな気がする。

 

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!」

 ミモザは、そう告げると、差し出された手を包み込むように両手でぎゅっと握った。


 隣で穏やかに咲き誇る黄色いミモザの木が、まるでミモザの心を表すかのように、嬉しそうに揺れていた。


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