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第3話 王宮からの連絡

「ミモザ。王宮で働いてみる気はないか」


 あまりに突然の申し出に、ミモザはぽかんと口を開いた。

「王宮? ……私が?」

 父バルトスは、真剣な表情でこくりと頷く。どうやら冗談ではなさそうだ。


「実は昨日、王宮に勤める知り合いから連絡がきてだな、お前に……その……、…わ…をお願いしたいと言うんだ」

「え? 今、なんて?」

 重要な部分だけがやけに小さくて、うまく聞き取れない。

 バルトスは言いにくそうに視線を泳がせると、ごほんと一つ咳をして、意を決したように口を開いた。


「……庭師を、お願いしたいと。そう言われたんだ」

「庭師……!」

 なんで自分に? という疑問が一瞬頭を掠めたが、『庭師』と言う圧倒的なワードにかき消される。

 なんて素敵な響きなのだろうか。ミモザは目を輝かせた。


「なんでも、ミモザの植物オタ……、じゃなくて、植物好きの噂を聞き、()()第三王子のローワン様から直々にお声がかったようなんだ。できればすぐにでも働いてほしいらしい。ただし、住み込みで、普通の使用人と同じ扱いで、とのことだ」

()()第三王子』なんて、どこか含みのある言い方に、ミモザは小さく首を傾げた。

 どんな人なのか訊ねようとミモザが口を開きかけた時、先に継母エルダの声が響いた。

「私は反対ですわ」

 いつもニコニコしているエルダにしては、強く、はっきりとした口調だった。

 食卓にぴんと、緊張が走る。エルダはバルトスをきっと睨む。


「侯爵令嬢が庭師として働くなんてなんて聞いたことがありませんわ!」

 確かにそうだ。

 貴族令嬢が王宮の使用人になる事はなくもないが、庭師になるなんて事は、前代未聞だ。


 それに、とエルダは言葉を続ける。

「ミモザさんはこちらに戻ってきて、まだ一週間しかたっていないのです。これからもっとに一緒にお茶を飲んだり、街へ買い物に行ったり、娘と母の親睦を深めながら、女子トークに花を咲かせるつもりなのですから! ……就職なんて、もっとゆっくりでいいじゃない!」


 血がつながってないのに、実の息子であるイーリスと同じように愛情を注いでくれるエルダは、ミモザの手を両手でぎゅっと握る。

 そうよね、と上目で同意を求められ、思わず胸がきゅんとして、一生ここにいます、と言いたくなる。


 継母に絆されそうになったその時、横からイーリスがエルダの腕を掴む。

「母さん、姉さまが困っているだろ」

 エルダそっくりの端整な顔で、イーリスはキッとエルダを睨む。

 エルダも負けてはいられないとばかりに睨み返す。互いに一歩も譲らない。

 その二人の間でミモザは、ただただ狼狽えるしかできなかった。

 自分なんかのせいで仲の良い家族が喧嘩するなんてあってはいけない。


「二人とも落ち着いて。いったん落ち着きましょう」

 そう言ってはみるが、二人の耳には届かない。


「そもそも今どきご令嬢だから働かなくていいなんて時代遅れもいいとこだよ」

 イーリスの語気が強まる。

 確かに最近じゃ、家庭教師(ガヴァネス)として働く令嬢も増えた。

 女性だって、社会に進出し始める時代なのだろう。

「そうね、今は貴族令嬢でも働く時代かもしれないわね」

 エルダは一度イーリスの言葉を受け入れたあと、「でも」と声を張った。


「庭師だなんて前例がないわ。前例がないことにはみんなとやかく言うものよ。心ないことを言ってくる人だって、きっと出てくる。私はミモザさんに嫌な思いして欲しくないのよ」

 バルトスに見そめられて平民から貴族になったエルダは、様々な思いをしたのだろう。だからこそミモザには楽な道を歩いてほしいと、その思いが痛いほどに伝わってくる。


 イーリスも負けじと反撃する。

「言いたい奴には言わせておけばいい。母さんは姉さまの人生よりも、世間体のほうが気になるんだ」

「そんなことあるわけないわ。私はいつだって子供たちが一番大切よ。ミモザさんが幸せになれるならどんな道だって応援するわ」

「だろ? じゃあ頭から反対せずに、姉さまに決めさせるべきだ。姉さまの人生なんだから」

 イーリスはそう言うと、「姉さまはどうしたい?」とこちらを窺った。

 同時にバルトスとエルダもこちらを見つめている。

 みんなそれぞれ意見は異なるが、ミモザのことを心配してくれているのだなと、大きく開かれた瞳から、ひしひしと伝わってくる。

 それだけで自分がいかに幸せ者か、わかる。


「私は……」

 そこまで言って、ミモザは考えた。


 女性が、しかもバツイチの貴族の令嬢が、結婚する以外に、誰かのすねをかじらず生きていくには、働く以外に道はない。

 働き口を探すのでさえ難しい中、自分の好きなことでお給料をいただけるなんて、これはもしかしたら神様から垂らされた幸運の糸かもしれない。


 それに。

――人の感情が無い、冷酷無比の“植物姫”。

 耳元でシルヴァンの声がした。

 あの時思ったのだ。

 もう人付き合いはしたくない。

 これからは、植物とだけ触れ合って生きていきたい、と。

 庭師ほど、それに当てはまる仕事はないだろう。


「お父さま。……そのお話、お受けいたしますわ」

――ごめんなさい、お義母さま。でもこのチャンスを逃してはいけないと思ったの。

 ミモザは心の中でエルダに謝りながらも、新しい一歩を踏み出す決意を固めた。


 それにーー。

 第三王子ローワン様直々のお声がけ。

 どんな方なのか知らないけれど、きっと植物が好きな優しい人に違いない。

 早く、王宮の庭が見たい。どんな植物が植えられているのだろうか。

 考えるだけで、新しい生活に、胸を躍らせずにはいられなかった。


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