「地味で無能は去れ」と追放されましたが、隣の「狂犬聖女」は私の魔力制御がないと暴走して国を滅ぼせる親友です。
煌びやかなシャンデリアが照らし出す、王城の大夜会。
音楽が止まり、耳を刺すような静寂の中で、第一王子ジオルド・ヴィ・ラスペードの傲慢な声が響き渡った。その隣には、彼が「真実の愛」と呼ぶ男爵令嬢が勝ち誇った顔で寄り添っている。
「フェリス・ベルフォール公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄し、この国からの国外追放を命ずる!」
会場の視線が一斉に突き刺さる。
注目の中心にいるのは、地味な灰色のドレスに身を包み、眼鏡で顔を隠した少女――フェリスだ。公爵令嬢という高貴な身分でありながら、彼女には華やかさが一切ない。魔力測定でも「平均以下」という烙印を押された、いわば『公爵家の出来損ない』。
だが、フェリスのすぐ後ろには、彼女の影のように控える少女がいた。
輝く銀髪に吸い込まれそうな深い青の瞳。この国の守護の要であり、民衆から絶大な支持を受ける『殲滅の聖女』セフィラである。
「……婚約破棄に国外追放、ですか。理由は伺っても?」
フェリスは淡々と、感情を削ぎ落としたような声で問い返した。
ジオルドは隣の男爵令嬢の腰を抱き寄せ、フェリスを指差して嘲笑する。
「決まっているだろう! 私はお前のような地味で無能な女に飽き飽きしたのだ。見ろ、私の隣にいる彼女の可憐さを。そして後ろの聖女を見ろ。セフィラは我が国の宝、勝利の象徴だ。お前のような『魔力の出がらし』は引き立て役にすらならない! 彼女の親友面をして隣に立つなど、もはや国の恥さらしなのだよ!」
会場からはフェリスを嘲笑する声が漏れる。
しかし、その直後。会場の温度が数度下がったかのような錯覚を誰もが覚えた。
(……殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!)
フェリスの背後でセフィラの肩が激しく震えている。白皙の顔は怒りと殺意で真っ赤に染まっていた。
セフィラにとって、この国も王子もどうでもいい。ただ、幼い頃から自分を支えてくれたフェリスこそが彼女の世界のすべてだった。そのフェリスをあんな「豚」が侮辱した。
「……低能な豚王子が。私のフェリスを、よくも!」
セフィラの指先にどす黒いほどの高密度な魔力が集束し始める。
今ここで彼女が指を一振りすれば、王城の半分は消し飛ぶだろう。
フェリスは背後のセフィラの手をそっと取り、強く握りしめた。
(――まだよ、セフィラ。抑えて。汚い返り血を浴びる必要はないわ)
フェリスが小声で囁くと、セフィラは「ひぅっ」と短い吐息を漏らす。
あんなに猛り狂っていた殺気がフェリスに触れられた瞬間に、陶酔しきった甘い熱へと変貌する。セフィラはフェリスの手を握り返し、必死に衝動を抑え込んだ。
そして陶酔したようにフェリスの手を見つめ、あどけないほど素直に頷いた。
「分かりました、殿下。謹んでお受けいたします。ただ、一つだけご確認を。……私は追放されるのですから、今後、私の能力を誰かに提供することはありません。当然、私が誰かに譲渡していた魔力も、今この瞬間を以てすべて回収いたしますが……、本当によろしいのですね?」
「ははは! お前のような微弱な魔力、誰が欲しがるというのだ! ゴミなどさっさと持ち帰るがいい!」
ジオルドの哄笑が響く。
フェリスは、薄く微笑んだ。
その笑みは慈悲深い聖女よりもなお美しく、そして残酷だった。
「セフィラ、貴女はどうしますか? 私がいなくなれば、もう貴女の『調整』をする者はいなくなりますが」
フェリスが問いかけると、セフィラは一歩前に出た。王子を見ることさえせず、フェリスの前に跪く。
「決まっています。私はフェリス様の聖女です。……この国に、私の価値を理解できる人間など、フェリス様以外に一人もおりませんもの」
セフィラの言葉にジオルド王子が血相を変えて怒鳴った。
「何を言っている、セフィラ! お前は国の保有資産だ! 無能な女についていくなど許さん、ここに残れ!」
フェリスは冷徹に微笑んだ。
「殿下、お忘れですか? セフィラの所有権を国が持っているのは、彼女が『公爵家の居候』という体裁だからです。そして今、彼女の身元保証人は私です。……私を追放するということは、私の資産である彼女も連れて行け、ということと同義ですよ?」
「な、なんだと……!?」
「嫌なら追放を撤回なさいますか? ……もっとも、私はもう二度と、この国の土を踏むつもりはありませんが」
フェリスは眼鏡の奥で冷たく計算を終える。
セフィラは異常な魔力出力を持つが、フェリスという「バイパス」がなければ、その魔力は暴走し、彼女自身の肉体を焼き尽くす。
ジオルドはその事実を知らない。ただ「セフィラが最強の兵器である」ということしか。
「さあ、行きましょうか。セフィラ。私たちの新しい居場所へ」
「はい、フェリス様。……やっと、二人きりになれますね」
セフィラは獲物を狙う獣のような目で最後に一度だけ王子を睨みつけると、フェリスの後に付き従った。
誰一人、彼女たちを止めることはできなかった。あまりに禍々しい聖女の魔力が、会場全体を圧していたからだ。
会場を出た瞬間、フェリスは繋いだ手からセフィラへの「魔力循環」を少しだけ遮断した。
自分という制御弁がなくなればセフィラの魔力は勝手に膨れ上がり、周囲の魔素を食い尽くす。
「……フェリス様、体が熱いです。この国、壊してもいいですか?」
「ダメよ。私たちが国境を越えるまでは待ちなさい。超えたら完全に遮断するわ」
夜の闇へ消えていく二人の背後で、王城の結界が嫌な音を立てて軋み始めていた。
王都を離れる馬車の中、フェリスは窮屈な眼鏡を外し、深く背もたれに体を預ける。
すると、それまで騎士のように凛としていたセフィラが、待ってましたと言わんばかりにフェリスの隣に座り直した。
「……あー、やっと様付けしなくて済む。フェリス、お疲れ様」
「セフィラこそ。あの王子の前でよく耐えたわね」
「耐えたよ。本当はあいつの顔面に光弾を叩き込んでやりたかったけど、フェリスとの『国外脱出計画』を台無しにするわけにいかないもんね」
セフィラがフェリスの腕に自分の腕を絡める。外では決して見せない、年相応の少女の顔。その瞳には、フェリスへの深い信頼と愛情が宿っている。
二人の出会いは、十年前の冬だった。
ベルフォール公爵家の別邸に一人の少女が運び込まれた。「殲滅の聖女」の素質を持つがゆえに、自らの膨大な魔力に焼かれ、暴走寸前となっていたセフィラだ。
当時のセフィラは周囲から「歩く爆弾」と恐れられ、地下室に隔離されていた。触れるものすべてを魔力で弾き飛ばしてしまう彼女に、誰も近づけない。
そんな絶望の中に、当時から地味な服を好んでいたフェリスがふらりと現れたのだ。
『危ないわ! 離れて、地味な令嬢!』
『……うるさいわね。少し静かにしてて』
フェリスは平然とセフィラの手に触れた。
その瞬間、セフィラの全身を駆け巡っていた猛烈な熱が嘘のように引いていった。フェリスの特異体質――「無限の魔力庫」が、セフィラの過剰なエネルギーをすべて吸い取ったのだ。
『……あ、……あ、ああ……っ』
生まれて初めて味わう、静寂。
セフィラは恐怖からではなく、安らぎで震えながらフェリスに縋り付いた。
この時から、セフィラにとって世界は「フェリス」か「それ以外どうでもいいもの」の二種類に分かれた。
回想の中のフェリスは、幼いセフィラの頭を撫でながら静かに告げたのだ。
『セフィラ、あなたは強すぎる。そして私は空っぽすぎる。……ねえ、一生私を使いなさい。その代わりに、私はあなたの暴走を一生引き受けてあげる』
『……うん! フェリスがいないと私、ただの壊れた置物になっちゃうから。ずっと、ずっと一緒にいてね。フェリス大好き!』
それは、あまりにも純粋で、あまりにも強固な共依存の契約だった。
「……ねえ、フェリス。あの王子、寝てる間に私が殴り倒してきても良かったんだよ?」
隣のセフィラが物騒なことを吐露する。
フェリスは苦笑しながら親友の銀髪を梳いた。
「ダメよ。あの王子、私があなたを独占しているのが気に入らなくて、あなたを『自分のもの』にするつもりだったみたいだし。そんな奴のためにあなたの手を汚すのは割に合わないわ」
フェリスが今回、あえて「断罪」の場を設けたのは、王子の横暴を公衆の面前で確定させるためだった。
王子はセフィラを「国の兵器」として私物化しようと画策し、その障害となるフェリスを排除しようとした。だが、彼は致命的な勘違いをしていたのだ。
セフィラが聖女として輝けるのは、フェリスという精密な「制御装置」が隣にいてこそだということを。
「……そろそろ、国境ね」
フェリスが窓の外を見る。
そしてセフィラに繋いでいた「魔力のパス」をフェリスは完全に遮断した。
セフィラの顔色が一瞬で青白くなる。呼吸が荒くなり、肌からパチパチと火花のような魔力が漏れ出す。
「……くっ、ああ……、きた。フェリス、中が、熱い……!」
「我慢して。これが、あの国への最後の『贈り物』よ」
フェリスはあらかじめ用意していた隣国の入国許可証を御者に提示する。
隣国の名は軍事大国ヴォルガ。そこにはフェリスが以前から文通していた、彼女の「魔力庫」としての才能を正当に評価する王太子が待っている。
国境のゲートを越えた瞬間、フェリスはセフィラの背中に手を回し、自身の魔力容量を限界まで解放した。
「さあ、息を吸い込みなさい、セフィラ。そして溜まった魔力を全部吐き出すのよ」
「――了解っ、フェリス!」
国境線の向こう、かつて自分たちを虐げた王国側へ向けてセフィラが指を鳴らす。
直後、空が割れた。
極大の光柱が王国の監視塔を一撃で蒸発させ、衝撃波が地平線まで駆け抜ける。
「あはははは! 見てフェリス! 綺麗! ゴミが燃えてるわ!」
狂ったように笑う聖女と、それを満足そうに眺める地味な公爵令嬢。
隣国の国境守備隊がその光景に震え上がる中、フェリスは平然と告げた。
「ごきげんよう。今日からこちらでお世話になる、フェリスとセフィラです。とりあえず、美味しいお茶と、彼女を落ち着かせるための部屋を用意してもらえるかしら?」
王国の崩壊が始まったその日、二人の「真の自由」が幕を開けた。
フェリスたちが国境を越えてから一週間。ラスペード王国は、建国以来最大の危機に直面していた。
王城の執務室。ジオルド王子は積み上がった報告書の山を叩きつけた。
「……どういうことだ! なぜセフィラの代わりの『聖女候補』どもが全員使い物にならん!」
「で、殿下、落ち着いてください! 候補者たちは皆、セフィラ様の居室に満ちた『残留魔力』に触れただけで、あまりの毒気に気絶してしまったのです!」
側近の言葉に、ジオルドは顔を歪めた。
彼が「国の保有資産」だと思っていた聖女セフィラ。彼女が日々どれほど膨大で、毒々しいまでに高純度な魔力を体内に溜め込んでいたか、彼は想像もしていなかった。
それを誰が、どのように「掃除」していたかも。
「ちっ、あの地味女……。フェリスさえいれば、セフィラをなだめて連れ戻させることができたものを」
「……殿下。大変です! 国境付近の魔物たちが、セフィラ様の放ったあの一撃の余波に怯え、暴走を始めました! このままでは王都が!」
ジオルドは隣で震えている「真実の愛」の相手と言い放った男爵令嬢を突き飛ばした。
「……ええい、こうなれば私が直接隣国へ行ってセフィラを説得してくる! 彼女もかつての祖国が滅びるのは本意ではないはずだ!」
その頃。隣国・ヴォルガ帝国の迎賓館。
フェリスは豪華な寝椅子に体を預け、極上の茶を楽しんでいた。
膝の上には銀髪の聖女セフィラが丸まって寝転んでいる。
「……んん、フェリス。あっちの国、もうすぐ燃え尽きる?」
「そうね。計算では、私の供給が止まってから十日も持たないはずよ」
「ふふ、ざまぁみろ。私のフェリスを『地味』だの『無能』だの言った罰だよ」
セフィラは甘えるようにフェリスの腰に抱きついた。その瞳は恋する乙女というより、崇拝する神に触れる信徒のそれだ。
「ねえ、フェリス。今度の国太子、フェリスのこと『大陸の至宝』って呼んでた。……殺していい? フェリスをあんな不潔な目で見ること自体、万死に値すると思うの」
「ダメよ、セフィラ。彼は私たちのスポンサーなんだから。私の『魔力庫』としての特性を、軍事的な戦略資源として正当に評価してくれているわ」
「ちぇー。……じゃあ、私の前でフェリスの手にキスしようとしたら消し飛ばしていい?」
「……許可するわ」
二人がそんな物騒な会話を楽しんでいると、部屋の扉が騒がしく叩かれた。
「フェリス嬢! セフィラ様! ラスペード王国のジオルド王子が、親書も持たずに国境を突破し、こちらへ向かっているとの報告が!」
フェリスとセフィラは顔を見合わせ、同時に邪悪な笑みを浮かべた。
「……やっぱり来たわね。セフィラ、『お掃除』の時間よ」
「了解。……私のフェリスを汚した『ゴミ』を、今度こそ完全に灰にしてあげる」
帝国の国境付近、広大な平原。
そこには疲弊しきった騎士団を引き連れたジオルド王子の姿があった。
彼らの背後からは、押し寄せる魔物の軍勢が迫っている。
「セフィラ! どこだ、セフィラ! 私だ、ジオルドだ! 助けに来い!」
王子の叫びに応えるように、空から一条の光が降り注いだ。
土煙の中から現れたのは、かつての地味な姿を捨て、夜の女神のような漆黒のドレスに身を包んだフェリスと、その隣で神々しいまでの魔力を放つセフィラだった。
「……お久しぶりですね、殿下。随分と汚らしい格好で」
「フェ、フェリス! お前……! セフィラを返せ! 彼女は我が国の聖女だ!」
ジオルドが手を伸ばそうとした瞬間、セフィラの放った威圧感が地面を陥没させた。
「――汚い手で、フェリスに触れようとしないで」
セフィラの声はとても低く、冷酷だった。
「勘違いしないで、豚王子。私は最初から最後までフェリスのものなの。あなたの国を守っていたのは私じゃない。私の魔力を、あなたが理解すらできなかった方法で完璧に制御し、国に還元していた『フェリス』なのよ!」
「な、何を……」
「フェリスが私の魔力を吸い取ってくれなければ、私は一日で暴走して王都を焼き尽くしていた。あんたが追い出したのは、たった一人の婚約者じゃない。あの国の、唯一の『安全装置』だったのよ!」
セフィラの言葉にジオルドは愕然としてフェリスを見た。
フェリスは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、冷たく言い放つ。
「殿下、私は言いましたよね? 『私が誰かに譲渡していた魔力も、今この瞬間を以てすべて回収する』と」
フェリスが指をパチンと鳴らす。
すると、王子の鎧に施されていた「聖女の加護」が砂のように崩れ去った。
「ひっ……、あ、ああああ!」
加護を失った騎士団に背後から魔物の群れが牙を剥く。
「セフィラ助けてくれ! 慈悲はないのか! お前は聖女だろう!?」
「あるわけないじゃない。私の慈悲も、愛も、魔力も……、全部フェリス専用なの。あはははは、さよなら。自分たちが捨てた『無能』の価値を、地獄の底で反省して考えなさい」
セフィラが両手を広げる。
それは救済の祈りではなく、終焉の呪文。
「――『星を砕く極光』!!」
世界が白一色に染まった。
魔物の群れも、傲慢な王子も、彼が執着した権威も。
すべてが、慈悲のない光の中に溶けて消えた。
光が収まった後、そこにはただの静かな荒野だけが残っていた。
セフィラは魔力を使い果たし、崩れ落ちそうになる。それをフェリスが当然のように正面から抱きとめた。
「……よくやったわね、セフィラ。……んっ、ちょっと吸い込みすぎたかしら」
「……ふふ。フェリスの魔力、あったかい。……ねえ、もう誰にも邪魔されないよね?」
「ええ。これからは二人で新しい伝説を作りましょう」
フェリスは、親友の額に優しくキスをした。
セフィラは満足げに目を細め、フェリスの首筋に顔を埋める。
「……大好きだよ、フェリス。……絶対に、離さないからね」
「分かってるわよ。相変わらず重いわね、貴女の愛は」
「あはは。一生かけて耐えてよね、相棒?」
二人の笑い声が風に乗って消えていく。
滅びゆく旧王国と、これから始まる二人の帝国での生活。
それは、世界で一番強くて、一番「重い」女の子たちの物語だった。
――かつての祖国、ラスペード王国が魔物の群れと内政の混乱によって自滅の道を辿り始めてから一ヶ月。
ヴォルガ帝国の帝都にある白亜の離宮。そこには、かつての「地味な公爵令嬢」と「狂犬聖女」の姿はなかった。
「……フェリス、このドレス、ちょっと胸元が苦しいんだけど」
「我慢しなさい、セフィラ。今日は帝国の建国記念パーティーなんだから。……でも、確かに少し詰めすぎたかしら?」
フェリスがセフィラの背中のリボンを調整する。
今やフェリスは帝国始まって以来の若さで『筆頭魔導師』の称号を授与されていた。彼女の「無限の魔力庫」という才能は、帝国の魔導技術を一気に百年進歩させるとまで言われている。
そしてセフィラは、そのフェリスから「磨き上げられた魔力」のみを受け取ることで、かつてのような暴走の恐怖から解放された『真の守護聖女』として帝国の象徴となっていた。
「フェリス嬢、セフィラ嬢。準備はよろしいかな?」
部屋の入り口に現れたのは、帝国の王太子、ジークフリートだった。
彼はジオルド王子のような無能ではない。フェリスが国外追放される前から彼女の論文を読み、その隠された才能を見抜いて秘密裏にスカウトを送っていた、真の知性派だ。
「ええ、ジークフリート殿下。……セフィラが少し不機嫌ですが、問題ありません」
「ははは、相変わらず仲が良い。君たちが我が国に来てくれてから、魔導炉の出力は三倍になり農地の収穫量も激増した。父上も大喜びだよ。……どうだい、そろそろ私の妃に、なんて話は……」
ジークフリートが冗談めかしてフェリスの手を取ろうとした、その瞬間。
セフィラの周囲にパチパチと青白い電位が発生した。
「殿下。……その手をあと一センチ動かしたら、帝都の空に特大の花火を打ち上げますけど、よろしいですか?」
「……おっと、これは失礼。冗談だよ、セフィラ嬢。君の『フェリス愛』には勝てる気がしないな」
ジークフリートは苦笑しながら手を引く。
彼は理解している。この二人の絆に割って入る隙間など、この世界のどこにも存在しないことを。
建国記念パーティーの喧騒を早々に抜け出し、二人は離宮のテラスで、二人きりのティータイムを楽しんでいた。
テーブルの上には帝国最高の菓子職人が作り上げた色とりどりのマカロンや、宝石のようなフルーツタルトが並んでいる。
「……あーん」
「もう、セフィラったら。……はい、あーん」
フェリスが差し出したフォークをセフィラが幸せそうに頬張る。
かつて王城の地下や公爵家の冷たい別邸で寄り添うことしかできなかった少女たちは、今や一国の運命を握る存在としてこの上なく自由だった。
「ねえ、フェリス。……さっき、あっちの国の報告書、チラッと見ちゃった」
「あら、行儀が悪いわね。何て書いてあったの?」
フェリスが優雅に紅茶を啜る。
セフィラは、口元のクリームをぺろりと舐めとって愉快そうに告げた。
「ジオルド王子はあの一撃で魔力を失って、今は北の果ての炭鉱で働かされてるんだって。例の男爵令嬢? あいつは早々に王子を捨てて、成金の老貴族の後妻に入ったけど、毎日いびられて泣いてるらしいよ」
「……そう。興味がないわね」
フェリスは本当に、どうでもよさそうに目を細めた。
自分たちを「無能」と蔑んだ者たちが、自分たちのいなくなった後の世界の重みに耐えきれず、勝手に潰れていく。
それを見るためにわざわざ振り返る必要さえない。
「それよりセフィラ。明日はお休みをもらっているわ。二人で北の領地まで、新しくできた温泉に行きましょう?」
「温泉! フェリスと二人で!? やったぁ!」
「男に邪魔されず、美味しいものを食べて、ゆっくり寝る。……これこそが、私たちの求めていた『勝利』じゃない?」
フェリスの言葉にセフィラが満面の笑みで頷く。
かつての冷徹な「殲滅の聖女」の面影はない。ただ一人、自分を救ってくれた親友への、無邪気な愛情だけがそこにある。
「うん! これからもずっと一緒だよ。私のバッテリー、私の司令塔、私の、……たった一人の、フェリス」
「ええ。一生かけて、あなたの面倒を見てあげるわ。……重すぎる愛に私が潰されない限りはね?」
フェリスが冗談めかして言うと、セフィラは彼女の首筋に抱きつき、耳元で囁いた。
「大丈夫だよ。潰れそうになったら、私の魔力で支えてあげるから」
夜風が二人の心地よい笑い声を運んでいく。
テラスを照らす月光の下、繋がれた二人の影は、決して離れることのない一つの形のように、強く、深く、結ばれていた。
【END】
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