第八話 事故
【資料7-A】110番通報記録────
日時:2025年9月14日 21:17
通報者:田村健太(32歳・会社員)
内容:山道で対向車と正面衝突した。相手の運転手が動かない。
場所:県道○○号線、灯之村入口から約3km地点
天候:雨
【通報内容の書き起こし】
田村:もしもし、事故です! 車がぶつかって……。
オペレーター:落ち着いてください。場所はどちらですか。
田村:えっと、県道○○号で、灯之村っていう村の近くで……。山道です。雨が降ってて、対向車が来て……。
オペレーター:お怪我はありませんか。
田村:僕は大丈夫です。でも相手の人が……動かなくて……。
オペレーター:救急車を手配します。相手の方の様子を教えてください。
田村:女の人です。意識はあるみたいですけど、肩のあたりから血が……。
【資料7-B】事故報告書(抜粋)────
作成者:○○県警察本部交通課
日時:2025年9月15日
【事故概要】
日時:2025年9月14日 21時17分頃
場所:県道○○号線(灯之村入口から約3km地点)
天候:雨
路面状況:濡れ
【当事者】
甲:花村園子(28歳・自営業)レンタカー(普通乗用車)
乙:田村健太(32歳・会社員)自家用車(普通乗用車)
【事故状況】
甲車両が対向車線にはみ出し、乙車両と正面衝突。
双方が同方向(右側)に回避行動を取ったため、衝突を回避できず。
【負傷状況】
甲:鎖骨骨折、全治3週間
乙:軽傷(打撲)
【原因】
雨天時のスリップによる車両制御の喪失と推定。
【備考】
甲は事故直後、「ハンドルが動かなかった」「勝手に右に動いた」と繰り返し発言していた。アルコール検査は陰性。薬物使用の痕跡もなし。精神的な動揺による錯覚と思われる。
【資料7-C】インタビュー記録────
対象者:田村健太(事故の相手運転手)
収録日:2025年10月20日
場所:都内某所
──事故当時の状況を教えてください。
田村:灯之村に観光で行った帰りでした。夜になっちゃって、雨も降ってきて、早く山を下りたいと思って運転してたんです。
──対向車が見えたとき、どう思いましたか。
田村:最初は普通にすれ違えると思いました。でも、相手の車がどんどんこっちに寄ってきて……。クラクションを鳴らしたんですけど、止まらなくて。
──回避行動は?
田村:右にハンドルを切りました。でも、相手も同じ方向に切ってきて……。
──同じ方向?
田村:そうなんです。普通、対向車を避けるなら左に切るじゃないですか。でも、相手の車は右に……僕と同じ方向に突っ込んできたんです。
──意図的だったと思いますか。
田村:いや、そうは思いません。だって、ぶつかった後、相手の人……花村さんでしたっけ、すごく動揺してたから。「ハンドルが動かなかった」って、何度も言ってました。
──動かなかった?
田村:正確には、「違う方向に動いた」と言ってたかな。「左に切りたかったのに、勝手に右に動いた」って。
──それを聞いて、どう思いましたか。
田村:正直、よくわかりませんでした。パニックで混乱してたのかなと。でも……。
──でも?
田村:あの村、ちょっと変でしたよね。みんなが変な挨拶してくるし。僕、実は帰ってから三日間熱が出たんです。三十八度くらいの。
──灯之村を訪れた後に?
田村:はい。あの事故のストレスかなと思ってたんですけど……他にも同じような人がいるって、後から知りました。
──あの挨拶を受けましたか。
田村:ええ、何度も。火渡り祭りのときも、すれ違う人みんなが両手を出してきて。最初は珍しいなと思ってたんですけど、だんだん不気味になってきて。
──それで早めに帰ろうとした?
田村:はい。でも、結果的に事故に巻き込まれてしまって。……運が悪かったんでしょうかね。
【資料7-D】インタビュー記録────
対象者:花村園子
収録日:2025年9月18日(入院中)
場所:○○病院
※退院前最後のインタビュー
──事故のことを教えてください。
花村:……あまり覚えていません。
──覚えていないというのは?
花村:雨の中、山道を下っていて……対向車のライトが見えて……それから……。
──警察の報告書では、スリップが原因とされています。
花村:……そうだと思います。
──相手の運転手によると、「ハンドルが動かなかった」とおっしゃっていたそうですが。
花村:……。
──花村さん?
花村:……動かなかったんです。いえ、動いたけど……違う方向に。
──違う方向?
花村:左に切りたかったのに……勝手に右に……。まるで、誰かに操られているみたいに……。
──それは……。
花村:(首を振る)疲れていたんだと思います。判断ミスです。雨の山道を、夜に運転するべきじゃなかった。それだけです。
──灯之村での調査について、お聞きしてもいいですか。
花村:……もう、あの村のことは話したくありません。
──なぜですか。
花村:……。
──花村さん?
花村:(小声で)わからないんです。何が本当で、何が妄想なのか。もう、何も信じられない。
(長い沈黙)
花村:お願いです。もう、放っておいてください。
【インタビュー終了】




