第六話 調査
【資料5-A】インタビュー記録────
対象者:花村園子
収録日:2025年9月12日
場所:都内スタジオ
※事故の2日前に収録されたもの(続き)
──発熱の報告が増えてきたとき、どう思われましたか。
花村:最初は偶然だと思いました。旅行中に体調を崩すことは珍しくないですから。でも、報告が十件、二十件と増えてくると……。
──何か調べ始めたのですか。
花村:はい。まず「灯之村」という名前について調べました。「灯」という字の成り立ちを。
──どんなことがわかりましたか。
花村:「灯」の原字は「火」なんです。古い辞書……『字統』っていう字源辞典があるんですけど、それによると「火」は単に炎を表すだけじゃなくて、災い、厄、疫病を表すこともあると。
──疫病、ですか。
花村:ええ。熱病、発熱という意味もあるそうです。それで「火」=「熱」という連想が頭に浮かんで……。
──あの挨拶との関連は?
花村:「渡す」という言葉を調べました。『字源』という辞書によると、「渡」の原義は「水を渡る」ですが、転じて「移す」「送る」の意味もあると。特に……。
──特に?
花村:「病を渡す」「厄を渡す」という用例があるんです。古代中国では、病気や災厄を他者に移すという考えがあったらしくて。
──つまり、あの挨拶は……。
花村:いえ、これは単なる言葉遊びです。実際に何かが移るわけがない。二十一世紀の現代に、そんなことは……。
──でも、気になっている。
花村:……はい。だから、もう一度村を訪れようと思っています。古い資料を調べれば、あの挨拶の由来がわかるかもしれない。そうすれば、この馬鹿げた推測も終わるはずです。
──最後に、ご自身の体調についてお聞きします。村を訪れた後、発熱はありましたか。
花村:……いいえ。私は大丈夫でした。
──それはなぜだと思いますか。
花村:わかりません。でも……一度だけ、あの挨拶を返そうとしたんです。そのとき、田中さんに強く止められました。「駄目です」って。
──それが関係していると?
花村:……わかりません。本当に、何もわからないんです。
【資料5-B】花村園子の調査ノート(転記・続き)────
日時:2025年9月11日〜12日
【「灯」の字義研究】
『字統』(白川静)より
・「灯」=「火」+「丁」
・「火」の原義:炎、燃焼
・転義:災い、厄、疫病、熱病
・「灯火」は元来、祓いの意味があった?
【「渡」の字義研究】
『字源』より
・「渡」の原義:水を渡る
・転義:移す、送る、託す
・用例:「病を渡す」「厄を渡す」「禍を渡す」
・呪術的な意味での「移転」
【仮説(あくまで仮説)】
・灯之村=「火の村」
・火=災い、疫病、熱
・あの挨拶=何かを「渡す」行為
・観光客に「火」を渡している?
・だから村人は健康で長寿?
【反論】
・科学的根拠なし
・単なる言葉の連想
・因果関係の証明不可能
・迷信、オカルトの類
【結論】
→ 調査を続行
→ 村の古文書を確認する必要あり
→ あの挨拶の由来を突き止める
【資料5-C】インタビュー記録────
対象者:佐藤健一(民俗学者・東京大学教授)
収録日:2025年10月15日
場所:東京大学研究室
──「厄渡し」という概念について教えてください。
佐藤:「厄渡し」あるいは「厄移し」は、日本各地の民間信仰に見られる概念です。自分の災いや病気を、他者や物に移すことで厄を払うという考えですね。
──具体的にはどのような形で行われるのですか。
佐藤:例えば、人形に息を吹きかけて川に流す「流し雛」、身代わりの藁人形を作る風習、あるいは病人の枕元に置いた瓜を捨てる習慣などがあります。いずれも、災いを「別の何か」に移すという発想です。
──灯之村の挨拶について、どうお考えですか。
佐藤:映像を見ましたが、確かに「何かを渡す」ジェスチャーに見えますね。両手を差し出し、掌を上に向ける。これは「与える」「託す」の身体表現です。
──あれが厄渡しの一種である可能性は?
佐藤:民俗学的には、その可能性は否定できません。ただし、それが実際に病気を引き起こすなどということは、科学的にはあり得ません。プラセボ効果の逆、いわゆるノセボ効果の可能性はありますが……。
──実は先生も灯之村を訪問されたと伺いました。
佐藤:(表情が曇る)……ええ。学術調査として、先月訪れました。
──体調に変化はありましたか。
佐藤:……帰京後、一週間ほど発熱しました。三十八度前後の熱が続いて、病院では原因不明と言われました。
──偶然だとお考えですか。
佐藤:……科学者としては、そう答えるべきでしょう。しかし正直なところ、よくわかりません。私が訪問した際も、村人たちは全員があの挨拶をしてきました。何度も、何度も。まるで……。
──まるで?
佐藤:いえ、何でもありません。これ以上は憶測になります。
【資料5-D】医学論文(症例報告)────
出典:○○医学会雑誌 第127巻第10号(2025年10月)
論文名:「○○県山間部訪問後に発症した原因不明発熱症候群の検討」
著者:○○大学医学部附属病院 感染症内科
【抄録】
【背景】2025年8月下旬より、○○県灯之村を訪問した観光客が帰宅後に発熱を呈する事例が相次いで報告されている。本稿では、当院を受診した症例について検討を行った。
【症例】当院を受診した15例(男性7例、女性8例、年齢23〜72歳、平均46.3歳)を対象とした。全例が灯之村訪問歴を有し、帰宅後1〜3日(平均1.7日)で発症していた。
【臨床所見】
・体温:37.8〜39.2度(平均38.4度)
・主訴:発熱(15例)、倦怠感(15例)、頭痛(8例)、関節痛(5例)
・持続期間:3〜7日(平均4.3日)
【検査所見】
・白血球数:正常範囲内(14例)、軽度上昇(1例)
・CRP:軽度上昇(9例)、正常範囲内(6例)
・プロカルシトニン:全例正常範囲内
・各種ウイルス検査(インフルエンザ、COVID-19、EBV、CMV等):全例陰性
・細菌培養:全例陰性
・画像検査:特記すべき異常なし
【転帰】
全例が対症療法のみで軽快した。重症化例、死亡例はなかった。
【考察】
本症例群は、特定の地域訪問後に集団発生した原因不明の発熱症候群である。感染症、環境要因、中毒などの既知の原因は除外された。
興味深いことに、患者全員が「村独自の挨拶を受けた」と報告している。この挨拶は、村人が観光客に対して両手を差し出す動作であり、民俗学的には「厄渡し」に類似するとの指摘がある。
もちろん、挨拶と発熱の因果関係を医学的に説明することは困難である。心理的要因(ノセボ効果)の関与も否定できないが、発熱や炎症マーカーの上昇を説明するには不十分である。
本症候群の原因究明には、さらなる疫学調査および基礎研究が必要である。
【結語】
灯之村訪問後に発症する原因不明発熱症候群について報告した。原因は特定されておらず、今後の調査が待たれる。
【資料5-E】SNS投稿アーカイブ────
プラットフォーム:Z(旧Chirper)
投稿者:@folk_study(民俗学研究アカウント)
日時:2025年9月12日
@folk_study 9月12日
灯之村の挨拶について少し調べてみた。スレッドにまとめる。
@folk_study 9月12日
まず「厄渡し」という概念について。これは自分の災いを他者に移す呪術で、日本各地に類例がある。有名なのは「流し雛」や「人形供養」など。
@folk_study 9月12日
灯之村の挨拶は、形式的には「厄渡し」に類似している。両手を差し出し、掌を上に向ける=「何かを与える」ジェスチャー。
@folk_study 9月12日
興味深いのは、観光客がこの挨拶を「返してはいけない」という禁忌。通常の挨拶なら、返すのが礼儀。返してはいけないということは、一方通行である必要がある。
@folk_study 9月12日
つまり、村人から観光客への一方的な「渡し」が必要で、逆方向の流れは禁止されている。これは「厄渡し」の構造そのもの。
@folk_study 9月12日
もちろん、これは推測に過ぎない。実際に「厄」が移るかどうかは科学の範疇外。ただ、民俗学的には非常に興味深い事例だと思う。
@folk_study 9月12日
追記:灯之村には「火渡り祭り」があるとのこと。「火を渡る」ことと「火(厄)を渡す」ことの関連も気になる。
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