第十話 残火
【資料10-A】現地調査報告────
調査者:本記録集編者
日時:2025年12月15日
場所:灯之村
本記録集の作成にあたり、編者は灯之村を訪問した。
村の入口では、看板が私たちを迎えた。「灯之村へようこそ」。その横には、「平均寿命日本一の長寿村」という文字が誇らしげに掲げられていた。
駐車場で車を降りると、すぐに村人が近づいてきた。六十代くらいの女性だった。
彼女は両手を差し出した。
掌を上に向けて、じっと差し出す。
私は動かずに見ていた。数秒後、彼女は満足そうに手を下ろし、微笑んで去っていった。
村を歩くと、すれ違う人々が次々と同じ挨拶をしてきた。老人も、中年も、子どもも。みんな両手を差し出し、私が何もしないでいると、満足そうに手を下ろした。
役場で田中美智子に取材を申し込んだが、断られた。「取材はお受けしていません」とのことだった。
村長にも会おうとしたが、「体調不良」を理由に面会を拒否された。
診療所の医師だけが、短い取材に応じてくれた。
【資料10-B】インタビュー記録────
対象者:診療所医師(匿名希望)
収録日:2025年12月15日
場所:灯之村診療所
──観光客の発熱について、ご存知ですか。
医師:……噂は聞いています。
──この診療所に来院された方は。
医師:観光客の方は、ほとんど来院されません。発熱しても、地元に帰ってから病院に行くのでしょう。
──村民の健康状態は?
医師:相変わらず良好です。いや、むしろ以前より良くなっています。
──以前より?
医師:ここ数年、特に顕著です。高齢者の方々が、年を取るどころか、若返っているような……。
──それは、観光客が増えた時期と一致しますか。
医師:(沈黙)……そういう見方もできるかもしれません。
──先生は、あの挨拶についてどうお考えですか。
医師:……私は医者です。科学的な根拠のないことは、申し上げられません。
──個人的な意見としては?
医師:(長い沈黙の後)……何かが、渡されているのかもしれません。何かが。
──それは……。
医師:これ以上は、申し上げられません。
【インタビュー終了】
【資料10-C】現地調査報告(続き)────
取材を終えて村を出ようとしたとき、一人の老婆が近づいてきた。
彼女は何も言わず、両手を差し出した。
皺だらけの掌を、夕日に向けるように上に向けて。
私はじっと見ていた。
老婆は微笑んだ。穏やかな、満足そうな微笑みだった。
そして、静かに手を下ろした。
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、去っていった。
車に乗り込み、山道を下った。
バックミラーには、夕日に染まる村の姿が映っていた。
【資料10-D】後日談────
村を訪れた翌日、私は三十八度二分の熱を出した。
強い倦怠感が三日間続き、五日目にようやく回復した。
病院では「原因不明のウイルス性発熱」と診断された。
他の取材班メンバー四名のうち、三名が同様の症状を訴えた。
全員が三日から五日で回復した。
これが偶然なのか、そうでないのか、私には判断がつかない。
【資料10-E】花村園子の現在────
花村園子の消息は、現在も不明である。
動画チャンネル「SONOKO's Journey」は更新が停止したまま。
SNSアカウントも、二〇二五年十月十五日の投稿を最後に沈黙している。
関係者への取材を試みたが、誰も彼女の現在の居場所を知らなかった。
あるいは、知っていても教えてくれなかったのかもしれない。
彼女が最後に残した言葉を、ここに記しておく。
「わからないんです。何が本当で、何が妄想なのか。もう、何も信じられない」
【資料10-F】追記────
日時:2026年1月
本記録集の編集作業中、新たな情報が入った。
花村園子と思われる人物が、某県の山間部で目撃されたという。
目撃者によると、彼女は一人で山道を歩いていた。
声をかけたが、無言で去っていったという。
彼女の顔は青白く、鼻から血が流れていたらしい。
この情報の真偽は確認できていない。
【資料10-G】灯之村公式ウェブサイト 更新情報────
日時:2026年1月10日
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【編者考察】────
本記録集の編纂にあたり、編者は一つの疑問を抱き続けてきた。
灯之村は「長寿村」として知られる。平均寿命は男性八十九歳、女性九十二歳。九十歳以上の住民が五十人を超え、百歳以上も珍しくない。
しかし「長寿」とは何か。
どれほど長く生きようとも人は必ず死ぬ。百歳まで生きた者も最後には死ぬ。灯之村の住民たちも例外ではない。
では彼らは何を渡していたのか。
本記録集に収められた資料を読み解くと、一つの仮説が浮かび上がる。
「厄渡し」──自らの災厄を他者に移す呪術的行為。
もしこれが事実ならば、村人たちは自らの「厄」を観光客に渡していたことになる。発熱、倦怠感、そして──死。観光客の一部は発熱し、高齢者や基礎疾患を持つ者は死亡した。
だがここで矛盾が生じる。
もし「厄渡し」が当人の厄を渡す行為ならば、渡された厄によって当人が死ぬことはないはずだ。厄を渡せば、その分だけ当人は軽くなる。健康になる。長生きする。
しかし灯之村の住民たちも最終的には死んでいる。
享保年間の開村以来、どれほど多くの村人が「長寿」を全うして死んでいったことか。平均寿命が高いということはそれだけ多くの人間が九十歳、百歳まで生き、そして死んでいったということだ。
死とは厄の中の厄である。
病気は渡せても老いは渡せない。衰弱は渡せても死そのものは渡せない──そう考えていたが、ふと思う所があった。
渡せないのではなく、渡しきれないほどの厄なのではないかと。
ではその大厄はどこへ行くのか。
編者は調査の過程で奇妙な事実に気づいた。それは
※記述はここで途切れている




