廊下にて
教室や廊下でおしゃべりに花を咲かせる女子たちの話題といえば、校内一のモテ男、矢来朔斗についてだ。
スポーツ万能はもちろん、成績も優秀で、男女関係なく慕われている人望厚い美男子だ。人懐っこい子供のような性格に王子顔、頼もしさも滲み出るため、矢来を嫌いなやつはまずいない。
欠点らしい欠点がないところが唯一の欠点といえよう。異性にモテまくるのに、同性からもモテる。友情だけでなく恋愛の意味でも。
かく言う俺も矢来に夢中な一人だ。ただ、矢来とは別グループにいて、遠くからこっそり覗き見るだけのキモいやつだがな。
というか大抵俺は一人だ。スポーツはからきしダメなので、とにかく勉強三昧のメガネ野郎だ。せめて成績だけでも矢来に近づくべくガリ勉がさらに死に物狂いで勉強しまくるうち、気づけば俺と親しい友人になってくれる奇特な人はいなかった。
いや、大丈夫。話しかければ、返してくれるし。用事があれば向こうからも来る。いじめの類は受けてない。可もなく不可もなく、無害の空気として受け入れてもらっている、はず。うん。
今も矢来の話で盛り上がっていたにも関わらず、すれ違う俺のために、女子たちがすっと身を引いてくれた。再び横並びに広がって、話しながら廊下を歩いていく彼女たちを見送る。
「……俺だって矢来と付き合いたいわ」
彼女たちの背中に羨望の眼差しを向ける。堂々と好きだと言える彼女たちがうらやましい。新しい時代とはいえ、まだまだ男が男に好きだとは言えない。そういう人もいるが、いざ自分の近くにいたら気持ち悪い存在とされる。
俺だって別にゲイではない。好きになったのが矢来なだけで、男の体にときめくわけじゃないし、女にも深い感情はもてない。矢来だから好きなのだ。
どん。
「あ、すみません……あ」
前方不注意でぶつかってしまった。軽くよろけたが耐えて、相手を確認したら、血の気が引いた。
矢来だった。
い、今の聞こえたかな?女子の声は大きいから聞こえたかもしれない。それならいつもの会話だから別に驚かないだろう。問題は俺のつぶやきだ。
顔色をうかがうと、目を見開いて俺をじっと見つめて硬直してた。突然ぶつかってびっくり、以上の驚愕が見てとれる。ま、まずいかもしれない。
いやいやしかし!俺は矢来と住む世界が違う。そもそも矢来が俺を認識しているかわからないわけで、何とか誤魔化せれば、モテモテの彼には忘れてしまう些事だろう。
「……羽成、今……」
おっと、俺の名前が出てきた。もしかしなくても、俺が羽成柊だと認識しているようだ。
まあクラスは別だが同級生だし、話したこともないわけではない。頭の良い矢来が記憶しているのも当然か。
「今……俺と、キスしたいって、言ったか?」
「言ってないがっ!?」
そんな直接的な単語は口にしてない!女子だってそこまでではなかったぞ!いや、内容的にはその通りだけども!
「え?い、言った!今、羽成は俺と付き合いたいって絶対言った!」
そう、付き合いたいって言った。直訳されてキスになったのか。どうやらハッキリ記憶されたようだし、誤魔化すのは困難を極める。
だが、やらねばならない!せめて無害がいい、有害だと思われたら最悪だ。矢来は誰かの悪口や誰かの評判を落とすようなことは言わないし、広めないが、矢来自身には認識されてしまうのだ。二度と近づくものかと煙たがる可能性は大いにある。
「つ、付き合いたい、とは、言ったが……」
「ほら!ふふっ!」
ふふ?正解を言い当てて喜ぶ子供か!可愛いな、おい!
「あのっ、いや、その、付き合いたいとは言ったが、その……き……す……こ、恋人になりたいと言ったわけではなくて……」
「付き合うってそういうことだろ?」
「いや、でも……お、俺は、その……と、友達として、うん、友達付き合いが出来たらいいなって話で……」
「は?友達付き合い?」
「うん、そう。友達付き合い」
「……」
「……」
無言で見つめ合うこと、しばし。
咄嗟のいいわけとしてはなかなか丸く納められたのではなかろうか。矢来の混乱がみてとれるが、おまえに嫌われたら俺の生命力が朽ちるので、これで見逃してくれ。
「……友達付き合いって……俺たち、もう友達だろ?」
「え!?と、友達だと思ってくれてたのか?」
いつもつるんでいるのは、賑やかなグループだろう?俺と接点なんざほぼ皆無なのに、すでに友達だと思ってくれていたなんて神か!
矢来にとっては少しでも話した相手は友達なのか?神か!
なんとなく存在するだけで友達認定なんてありがたすぎる!神だ!
ぷはっ、と噴き出して笑うキラキラの矢来は神さまだ。間違いない。
「当たり前だろ?同級生だし、話したことあるし」
「そ、そっか……ありがとう」
俺、矢来の友達だった。嬉しい。幸せ。眩しい笑顔を直視できずに目をそらす。
「クラス違うし、確かにあんまり話さないけど、俺たちは友達だ」
「……ありがとうっ」
「別に感謝しなくても。俺だって羽成と友達なのは嬉しいんだし」
「え、う、嬉しい?」
「羽成ってすごく頭良いし、美人だし、家は医者の家系なんだろ?みんな高嶺の花って呼んでるしさ」
高嶺の花?俺が?聞いたことないけど?いや、そういえば遠くから俺をこっそり見ていた女子たちが、さすがとか、クールとか言ってたことがある。あれは良い意味に言ってくれていたのか?
確かに、矢来に近づくべく勉強しまくってたら、矢来を追い抜かして今や毎度学年トップになった。
メガネ野郎なので、美人、かどうかはわからないが、医者の家系なのは事実だ。小学校から同じ学校の誰かが話して知っていたのかな。
「だからさ、俺こそ友達になってくれてありがとうだよ。あんまり話さなくても、存在感がすごいから、いつもそばにいる感じがあった」
「そ、そんなことは……矢来こそ成績優秀でスポーツ万能で、みんなの中心にいるから存在感がすごいというか、人気者で。矢来も矢来の友達も、みんなキラキラしてて、すごいなって思ってた。俺には遠い世界だ」
「全然突撃して来てかまわないぜ?羽成も友達なんだから」
気前良く笑って受け入れてくれる矢来はやっぱりキラキラ輝いてカッコいい。あっという間に、感じていた距離感を消してしまう。誰とでも仲良くなれる素質だよなあ。
普段のように、おどけた雰囲気にホッとした。嫌な空気にならなかったのは矢来のおかげだな。安心して俺も笑い返す。
「ありがとな……あと、ぶつかってごめん。誤解させたし、引き留めて悪かった」
「全然平気」
「よかった。それじゃ、また」
「ああ、またな」
矢来と笑顔ですれ違う。一時はどうなるかと思ったが、むしろこんな幸せな気持ちになるなんて。矢来マジック。
こんな奇跡は1年に一度あるかなしかだろう。秘めた想いはさらに募るばかりである。




