2
あらから1年がたった。
あさひは随分と綺麗な顔の赤子に育った。真っ白な肌にふくふく頬っぺた。髪は黒くてサラサラしている。魔法が使えるファンタジー世界らしくぐるぐるお目目で黄金色だ。これは、私の顔も期待できるのではないだろうか。双子で美形とは何とも癖だ。素晴らしい!
そんな妖精のように可愛らしいあさひはひとり立ちができるようになった。私は掴まり立ちしかできないが個人差だろう。あさひは私が暇してるのが分かるのか、遠くにある玩具を歩いて取りに行ってはわたしの元へと持ってきてくれる。優しい子だ。だが天使のように可愛い弟よ。私は玩具よりも新聞の方が嬉しいぞ。だから頑張ってソファの上にある新聞を取ってくれ。
言葉が通じるわけがない。だが、あさひと目を合わせてそう念じた私にあさひは こくん と1つ頷いてソファへと歩いていった。
…?
意味がわからん。いや、わかったの?なんで?ファンタジーってやつ?
驚きに固まる私をよそにあさひはソファへと一直線によちよち歩いていく。
いや、待ってあさひ!無理!お前にはソファは高すぎる!無理だー!!!待て待て待て!!
そんなに私の想い通じずあさひはソファに登ろうと手を伸ばす。
あぶなーい!!!
「ぶわぁーー!!!!」
思わず不細工な声を出してしまった。だが、普段大声を出さない私に気づいた母親が慌ててリビングにやってくる。そして、ソファ変な体勢でしがみついているあさひに気づいてソファからあさひを引き離す
「…はぁ。死ぬかと思ったわ。そうね、赤ちゃんだもの。分かってたはずなのに、寿命が縮むわぁ」
ふぅ。私のせいで片割れ死んだら目も当てられない。人命救助できて良かった。
この出来事以来、私とあさひは必ず家族の誰かがいる目の前で遊ぶことになった。
この両親の元には私たち双子だけでなく兄と姉がいるようだ。兄は今年で5歳の頭が良さそうな眼鏡の生意気なサッカー少年だ。姉は4歳天真爛漫という言葉が似合うかわゆい小猿だ。この前なんか私達に蝉を投げてきた。許せない。
まあ、兄弟のことは今はどうでもよい。今大事ことは、なぜ私の考えがあさひにわかったのかということだ。双子パワーってやつ?それとも目を合わせたことと関係あるのか。それから、私は頻繁にあさひと目を合わせ念じるようになった。
わかったのは、目を合わせれば考えが通じる時があるということだ。あさひは単純な言葉や考えなら理解できているのだろう。物を取りに行くことやその場で待つことはできるようだ。だが赤子らしく気分にムラがあり命令が通じる確率はまちまちだ。
逆にあさひから目を合わせてくる時がある。言葉はないが大まかな感情が送られてくる。楽しい、嬉しい、寂しいなどとても感情豊かだ。
最近の私はあさひから送られてくる感情が楽しみの一つになっていた。全てが新鮮だった。虫という未知の生物に恐怖し水の音に喜び、風の動きに歓喜する。あさひにとってはこの世の全てが目新しく驚きと喜びに満ち溢れているのだろう。なぜ、感情が伝わるのかはわからない。だが、私にとってあさひから伝わる感情はとても愛おしく尊いものだった。
あさひは今日も私の隣で笑っている。
あさひ、なんで笑ってるの?
目を合わせ問いかけるとあさひからは嬉しいという感情が伝わってきた。双子だがあさひの考えていることは全く分からない。だが喜んでいるのならよし!
あさひは笑っていた。
夜凪が己の隣にいることが嬉しかった。己を愛おしく見ていることが今この瞬間なによりも嬉しかったのだ。
朝昊は知っている。夜凪が己の感情を伝えると喜ぶことを。片割れは頭が良く己とは何となく違うのだと知っている。だが、その片割れが生命力溢れる産声をあげた己とは違い、恐怖と絶望に満ちた産声をあげたことを知っている。覚えている。
朝昊には刻まれている。片割れを失うかもしれない恐怖を。死を渇望し生を拒絶した片割れを。弱りきっていく片割れの存在感が朝昊の記憶に深く刻まれている。
だから、朝昊は己の大切で大好きな片割れが今日も己の隣にいることが嬉しくて思わず笑顔がこぼれるのだ。