第85話 「眠れない夜もあるよね」
本日もよろしくお願いします。
雪合戦の余韻が、まだ身体に残っている。
今日はずっと遊んでた。久々にこんなに、全力で笑った気がする。
湯気の立つご飯を食べて、お風呂に入って――今はもう、静かな部屋の中。
私は天井を見上げながら、仰向けになってぼんやりと息をついた。
となりではエニがぐっすりと眠っていて、ユイカが私のお腹の上に伏せている。
ちょこん、と手を揃えて、あったかい体温でくっついてる。
口の端がゆるんでて、なんだかご機嫌そう。ぺろんと舌がのぞいてるのがまた可愛い。
しあわせだなあ。
……そう思った、ほんの少し後。
胸の奥に、小さなひっかかりのようなものが、ぽつんと浮かぶ。
エニとユイカ。
今までの旅路で、何度もふたりの魔法の威力を見てきた。
エニの魔法は、一瞬で地面に火花を走らせて魔物を倒す。ユイカは、幻影で相手を惑わせて、その隙に大火力で焼き払う。
言葉にするとさらっとしてるけど――あの威力。あの速度。あの範囲。
魔物が相手なら、それでいい。むしろ、それで助かったことも多かった。
でも……。
「――大会って、人間が相手なんだよね」
ぽつり、と言葉が漏れた。
安全対策は万全。審判もいる。
それでも――私は、ふと考えてしまう。
ふたりは、“人間に向かって”、魔法を撃てるのかな?
昼間の雪合戦を思い出す。
魔法は使ってなかったけど、ふたりとも最初の一投目、ちょっとだけ躊躇してたような気がする。
雪玉だって、「人に向かって何かをぶつける」って行為には違いないのに。
あれは無意識に、ためらったのかも。
誰かを傷つけることを、怖がってるのかも。
そんなふたりが、明後日、全力の魔法を「人」に向けて撃てるの?
そして、私たちの特訓って、これまでずっと魔物相手だった。大会では、人間がターゲットになる。
そのギャップに、私だけじゃなく、ふたりも戸惑ってるんじゃないかな……。わかんないけど。
それに、万が一ふたりが本気で撃っちゃったら――本気で戦ってるところを見たい半面、やっぱりちょっと怖い。
「……明日、試してみよっか」
私の声に、ユイカが耳をぴくりと動かした。目は閉じたまま、ふにゃあと舌を出す。舌をちょいちょいと引っ張ったら、あくびのついでに軽く噛まれた。ごめんって。
「ねえユイカ、明日さ、私に魔法打ってくれる?」
「きゅん?」
ユイカはお腹の上で顔を上げた。きょとん、とした目。ヘラっとした顔。
「いや、あのね、力加減の練習っていうか、私が受け止める練習というか……。ふたりとも、いきなり本番じゃ気が重いでしょ? 私が相手になるから、明日やってみよ」
きゅん! とユイカが鳴いた。しっぽをぱたぱたと振ってる。
これはたぶん──よく分かってないけど嬉しい、のきゅん。
「……2人の言霊に耐えられるような防御の言霊、考えなきゃなぁ」
私はもう一度天井を見上げて、唇を噛む。
最近言霊は、お風呂上がりに髪を乾かす事にしか使ってなかったからなあ。
「『防げ』……? まあ、これは無難かな」
「『守って』……ちょっと弱そう?」
「エニの魔法は電気だし『私はゴム!』……とか?」
「……それじゃあ、無理だよ」
隣から、ぼそりと突っ込みが入った。
「えっ!?」
思わず私は、隣を見る。
すぅ、すぅ。寝息。エニ、熟睡。
「えっ、寝てるよね……? 今、喋ったよね……?」
まさかの寝言突っ込みだった。変な汗かいた。
すると、私のお腹の上にいたユイカがむくっと起きて、エニの方にちょこちょこ歩いていった。
「きゅん……?」
近くでぺたんと座り込み、耳を寄せてじーっと観察する。エニの顔を、真剣なまなざしで見つめている。なにこれめっちゃ可愛い。
そして。
「きゅ?」
ふいに、ユイカが私の方を見る。
寝てる……よね? って顔。
私はちょっと笑って、毛布をめくってやると、ユイカはくるんと丸まって、するりと潜り込んだ。
しっぽだけがぴょこっと出ていて、くすぐったい。
「可愛すぎか……」
私は目を閉じる。
明日は、ちゃんと受け止める。
ふたりの不安も、強さも、全部。
だから明日の私――頑張れ。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。