第84話 「雪合戦は私の圧勝です」
本日もよろしくお願いします。
数日前から、私たちは魔物討伐の依頼を多めに受けていた。エニとユイカの、U18タッグマッチに向けた特訓の一環だ。
電気と炎――ふたりの魔法の相性は抜群で、依頼をこなすたびに、目に見えて連携が良くなっていく。
私はと言えば、ほぼ見てるだけ。いや、ほんとに、強すぎなんだよね、ふたりとも……。
大会を明後日に控えた朝。
暑い。
ぬくぬくしてて、ちょっとだけくすぐったい。
……寒い朝のはずなのに、なんでこんなに暑いんだろ。
目を覚ました私は、しばらくそのままじっとしていた。
顔のすぐそばには、エニの髪。ほんのり甘い匂いがして、胸のあたりで彼女の手が私の服をぎゅっと握っている。足も絡んでいて――たぶん、完全にくっつかれてる。
「……くっつきすぎじゃない?」
そう小さく呟いてみるけど、もちろん返事はない。エニはすやすやと寝息を立てて、まだ夢の中。
ふに、と指が動いた。私の服を無意識に握ってる。耳はぺたりと垂れていて、頬がほんのり赤い。……っていうか、エニもちょっと暑いのでは?
私はそっと首をひねって、視線をずらす。
そこには、ぐしゃっと置かれた私の上着があって、その中から9本のふわふわしっぽがぴょこんと飛び出していた。
「……ユイカ?」
呼んでみるけど、しっぽがぴくんと動いただけで反応はない。完全に潜り込んで、寝袋にしてるらしい。私の脱ぎっぱなしの上着、もうユイカの巣になってるなあ……。
私はそっと笑って、身じろぎする。ゆっくりと、音を立てないように。
エニの手がぎゅっとなる。
だけど、起きはしない。寝ぼけてるだけだ。
私は彼女の頭を優しく撫でて、やっとのことでベッドの端から足を下ろした。
ひんやりとした空気が肌に触れる。……寒っ。
私は窓辺まで歩いて、カーテンを少しだけ開いた。
「…………えっ」
息を呑む。
窓の向こう、静かな街並みに――白いものが、ふわり、ふわりと舞っていた。
「雪……」
しん、とした空。空気が澄んでいて、吐息が真っ白に広がる。灰色の雲から降る白い粒が、屋根や街路を薄く染めていた。
「初雪……だよね、これ」
転生前は雪なんて嫌いだった。寒いし。
この世界に来て、季節の移り変わりを感じられることが、こんなに幸せだなんて。
私の呟きに応えるように、ちょっと遅れて背後で布団がもぞもぞ動いた。
「……寒い……」
エニが寝ぼけた声で毛布を引き寄せ、頭まで被ってしまった。
「ねぼすけたち、起きてー。雪降ってるよ、外!」
私はふたりの頭を順番にぽんぽんと撫でた。
「……まだ眠い……」
「雪降ってるよ。ほら、雪!」
「…………」
エニはむくっと顔を上げる。すんごい眠そうな顔。
「ほらほら! ユイカも起きて!」
「きゅ〜……」
私の上着からしぶしぶ顔を出したユイカ。その顔があまりにもくしゃっとしてて、私はまた笑ってしまった。
ベッドから出たエニは、ぶるぶると肩をすぼめながら自分の服を探している。
まだ半分寝てるみたいで、この前買った、もこもこのパーカーを逆に着ようとしてるのが可愛すぎた。
「エニ、前後ろ逆〜」
顔を赤くして背中を向けるエニに、私はこっそりクスクス笑った。
「ユイカ! お外行きたいです!」
いつの間にか人型になってたユイカ。ピンと手をあげる。
「はいはい、じゃあ2人とも、外行く準備してね」
「「は〜い」」
エニはモコモコ帽子をかぶって、ご機嫌な様子。
ユイカは――幻影魔法の変身だから特に防寒着を着るとかないけど、今日は防寒着を着たバージョンで人型に変身してる。エニとお揃いのを着てる。
ふたりが揃ったところで、私はそっと部屋のドアを開けた。
「じゃ、ちょっとだけ、外に出てみようか」
人通りの少ない裏道を選んで、街の外れへと歩いていく。空はまだ曇っているけど、雪はどんどん舞っていて、冷たい空気が鼻先をくすぐる。
エニは私のすぐ横を、ユイカはとことこ私のすぐ後ろをついてくる。
ユイカは落ちてくる雪に鼻をくすぐられては「くしゅん」とくしゃみして、でも嬉しそうに、にこぱと笑っている。
学園都市からだいぶ離れた場所で私たちは足跡のない白銀の世界を見つめた。
「……きれい」
木々は音もなく雪を積もらせ、まるで誰かがそっと息を潜めて見守っているような、不思議な静けさ。
「……とーこ、雪って、食べてもいいの?」
エニの真顔の質問で、その静寂があっさり破られた。
「えっ!? 食べるの!?」
「……水でしょ? 凍ってるだけなんだし」
「たしかにそうだけど……でも落ちてるのはちょっと……」
「ユイカは、たべたことあります!」
「えっ、ユイカ!?」
「つめたかったです」
そりゃそうだ!
誰も踏み入れていない真っ白な丘を前にして、私はふと、両手で雪をすくった。
ぎゅっ。
「……ねえ、エニ」
「……なに?」
エニが振り向いた、その瞬間──
「えいっ」
私はぽん、と軽く作った雪玉を投げつけた。
「っ!? ……とーこ、なに?」
おでこに命中したエニが、不思議そうに目をぱちくりさせてる。
「雪合戦だよ」
「雪合戦……?」
「雪玉当てるゲーム。3回当てられたら負けね」
「なんで?」
「いいから!」
ユイカもしっぽを振りながら駆け寄ってくる。
「ユイカも参加します!」
「じゃあ、みんな準備!」
雪を丸めて、丸めて、丸めて──。
エニは意外と慎重派で、しっかり固めてから投げるんだけど、コントロールが絶望的。
ユイカはというと、玉を作りすぎて抱えきれずに転びそうになってる。あ、転んだ。
私はそのふたりの隙を突いてぴしぴし当てていく。
ぴしぴし、ぽすぽす、たまに額にクリティカルヒット。
ふたりの「きゃー!」が雪原に響く。結構事件性のある悲鳴。
「ちょ、待ってとーこずるい!」
「ユイカ、狙われてますっ!」
気がつけば、みんな鼻を赤くして、息を白くして、しっぽをびしゃびしゃにして。楽しかった。エニは真剣な顔で狙ってるけど、コントロールが悪すぎて全然当たらない。ユイカは投げるより雪玉作りに夢中になってる。二人とも本気で遊んでて、その姿が愛おしくてたまらない。
ひとしきり遊んだ後はさすがに冷えてきた。
「手……冷た」
震えるエニが、とことこ歩いてきて、ふいに──
「ん……」
私の背中にぴとっとくっついてきた。
「うわっ、急になに!?」
「手が冷たい……とーこのポケット……かして……」
エニは私の上着のポケットに、冷えた両手をずぶずぶ差し込んでくる。
そのまま後ろからぎゅーっとくっつかれる。
「うぅ、あったか……」
でもまあ、ぎゅーされてるのは……嬉しいんだけどさ。
――ユイカどっか行っちゃってる……!
「ユイカー! どこ行ったのー?」
後ろからエニにギュッてされたまま当たりを見渡すと、元のでかモフに戻ってるユイカがてっこてっこ走ってくる。
「きゅん……」
「ごめんなさいだって」
申し訳無さそうに私に擦り寄ってくるユイカ。後ろでエニが翻訳してくれる。
「どっか行っちゃってたこと? 学園都市でずっと変身してるし、息抜きでいいんじゃない?」
でかモフユイカはブンブンと首を振る。
この子、さっき何かあったみたい。
「違うの? 何があったか分かんないけど、大丈夫だよ。ほら帰ろ?」
でかモフユイカを撫で回して、昼前には宿に戻ってきた。
「あら、ちょうどいいところに。ちょっと雪かき手伝ってくれる?」
宿の女将さんが声をかけてくる。
笑顔だけど、手にはスコップ。
「手伝ってくれたら、お昼ご飯サービスするよ」
「やりますっ!」
即答。
というわけで、宿の前の通路をみんなで雪かきすることに。
でも──
「重い……」
「楽しくないです……」
途中でエニがへばり、ユイカが雪玉を転がして遊び始め、やがて──
「……とーこ様! 魔法使ってもいいですか?」
めっちゃ真顔で提案してくるユイカ。
さっきまでテンションが低いと思ってたけど、大丈夫そう。
「うーん……周りに気をつけて、ちょっとだけね?」
「はいっ」
ユイカは嬉しそうにしっぽをぱたぱたさせて、両手を前に突き出す。
ぼっ。
ふわっと出た小さな火の玉が、雪をじゅ〜〜っと溶かしていく。
その後ろで、エニがその炎に手をかざして暖をとる。
「ぬくい」
宿の前の路地をじゅわ〜っという音をたてながら、ユイカがトコトコ歩いていく。
その後ろを暖を取りながらピッタリくっついてくエニ。
湯たんぽみたいな扱いのユイカと、ずっとくっついて歩くエニを見て、宿の女将さんがふふっと笑う。
「可愛いわねぇ、ほんと」
「……ほんとに」
あなたたち、まるで親子みたいねって女将さんが笑う。
親子か。確かに、保護者みたいなことしてるけど、私の気持ちはそれだけじゃない気がする。でも、何と呼べばいいのかわからない。
「おふたりさん! ご飯できたわよー」
女将さんが、そう声をかけた瞬間――ふたりは顔を見合わせてから、ぱたぱたと並んで走り出した。
……ほんと、あのふたり可愛すぎる。
大会まであと二日。
ふたりとも、確実に強くなってる。でも、こういう無邪気な瞬間も、ずっと大切にしてほしいな。
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