第83話 「エニ、雷苦手なの可愛いね」
本日もよろしくお願いします。
外は雨。しかも、どしゃぶり。
窓の外は灰色にかすみ、強い風が街路の葉っぱをばっさばっさとはためかせている。
部屋の中は、暖炉の火がぱちぱちと心地よい音を立てていた。
ユイカは小狐化したまま、私の上着にくるまりながら、暖炉の前でとろーんとした目。
その隣で、エニも座布団にごろんと横になって、同じ上着の裾に頭をのせてる。
2人して猫みたいになってて、思わず笑ってしまった。
「……ぬくぬくしてる?」
「……うん」
「きゅんっ」
ユイカのしっぽが、エニにぺたぺた当たっている。お互いなんか幸せそう。
私は窓の外を見た。空がピカッと光る。
そして――
ゴロゴロゴロッ……バリィィィン!!
雷鳴が建物を揺らすように響いた。
「……でっっかい音……!」
私は思わず肩をすくめて、窓から少し身を引いた。
目の端で、なにかがびくっ! と跳ねた気がして、部屋の中を振り返る。
……そこには、毛布を頭までかぶって、もぞもぞ震えているエニの姿があった。
しっぽだけが、ぴょこっとはみ出て、ぶるぶる震えてる。
「……エニ?」
声をかけると、毛布がぴくっと動く。
そのしっぽに、ユイカが興味津々でちょんちょんと前足を乗せ、ぺたぺた、ふにふに、たまに甘噛み。
「きゅんっ♪」
なにが楽しいのか、鳴きながらエニのしっぽを追いかけてぴょんぴょんしてる。
「や、やめてっ……今それどころじゃない……!」
毛布の中から、か細くて必死なエニの声がもれる。
そのままユイカは、ちょっと後ろに回り込むと――頭から毛布の中に、ずぼっ!
中で何が起きているんだろう。毛布がもこもこ、ゴソゴソ、ぐにゃぐにゃと動いている。
「……何が起きてるの、それ」
「やぁっ、ちょっ、やめてっ、ユイカ、くすぐったいっ……!」
「きゅっ♪」
ぎゃーぎゃー言いながら転がりまわる毛布。中からぴょーんとユイカがはじき出されるのを見て、思わず吹き出してしまった。
「エニ、雷、こわいの?」
「………………こわい」
「でもさ、エニの魔法って電気じゃん? 雷なんて、おともだちじゃないの?」
「かんけいないのっ!」
雷鳴が鳴るたびに、ぴくっぴくっと反応して毛布が盛り上がる。
そのたびにユイカが「きゅん?」と首を傾けて、またぴょこんと飛び乗る。
「ふ、ふざけないでぇ……!」
毛布がばさっと跳ねて、エニの顔がようやく見えた。
目の端に涙がにじんでて、耳はぺたりと垂れ、眉がくしゃっと寄っている。
「うぅぅ…………雷きらい」
私はベッドの端に腰かけて、毛布ごとエニを包みこむようにトントンと軽く叩いた。
「よし、じゃあさ、今日は仕事も無理だし――お昼寝しよっか」
「おひるね……?」
「うん、みんなで寝ちゃお。寝て起きたら雷どっかいってるよ」
その時――ドォォォン!!とまた大きな雷。
ばさっ! っと毛布が跳ねて、エニが私に飛びついてきた。
「わっ!」
勢いがすごくて、私がぐらりと倒れそうになるくらいだった。エニが、私の胸にぎゅううっとしがみついて、顔をうずめて、ぴったり離れない。
そのぬくもりに――
私はほんの一瞬、昨日のことを思い出してしまった。
エニの体温、心臓の鼓動、髪の匂い。全部が近くて、昨日の会話がフラッシュバックする。
――とーこに抱きつくのは、えっち?
――どきどきしてた?
こんな時にそんなこと考えちゃダメなのに。エニは怖くて頼ってるだけなのに、私が意識しすぎてる。でも、この温もりと、この距離感に、確実にドキドキしてる。
昨日えっちって何? って言ってた子が、今、こんなに無防備に私に抱きついてきてる。
「ちょっと、ずるいよ」
エニは今どんな気持ち?
私に抱きついてドキドキしてる?
私はそっとエニの背中に腕をまわした。
「ほら、エニ頭こっち」
私はエニの頭を抱いて、ふわっと毛布をかけ直す。
そのまま膝の上に乗せて、両手でそっと耳を押さえてあげた。
「これで、もう怖くないよ」
この子を守ってあげたい。どんな時でも、安心できる場所でいてあげたい。そんな気持ちが、胸の奥で大きくなっていく。
「きゅんっ♪」
ユイカが、いつの間にかエニの被ってる毛布に無理やりもぐり込んでいた。
「きゅ、きゅんっ♪」
「…………」
「きゅん?」
「今、耳塞いでるから聞こえないんじゃない?」
「きゅーん」
小狐化しているユイカが、しょんぼりした顔で私にくっついてくる。でもしっぽはぴょこぴょこ揺れてて、完全に楽しんでる。
「……ユイカ、雷平気なの?」
「きゅんっ!」
外では雷がまだ鳴っていたけど、エニの震えは少しずつ収まっていた。呼吸がゆっくりになって、やがてすーすーと寝息が聞こえてくる。
私はエニの頭をそっと撫でた。
ユイカがまた「きゅん」と鳴いて、私の膝に顎をのせてくる。
「ユイカも、いいこだね」
「きゅふっ♪」
あったかくて、やわらかくて、ちょっとだけくすぐったい。雷の音も、だんだん遠ざかっていく。
エニの寝息が規則的になって、ユイカも私の膝でとろとろし始めてる。
私はそのまま、ふたりと一緒に、もふもふの眠りに落ちていった。
夢の中でも、きっとエニは私に抱きついてるんだろうな、なんて思いながら。
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