第81話 「友達って、こういう感じなんだ」
本日もよろしくお願いします。
エマの家は、学園都市の住宅街の中にある二階建てだった。木の扉をくぐると、甘いお菓子と花みたいな匂いがふわっと広がる。
「ただいまー!」
エマが元気よく声をかけると、奥からエプロン姿の人が「おかえり」と笑った。エマのお母さんかな。太ってる。
私の姿を見ると、少し目を丸くしてから、やさしい笑顔を向けてくれる。
「まあ、エニちゃんね。今日はゆっくりしてってね」
「……おじゃま、します」
……なんであたしの事知ってるんだろ。
居間に入ると、テーブルの上にはご飯がずらっと並んでいた。大皿に盛られたスープ、香ばしいお肉。どれも、いい匂いがしてお腹が鳴る。
「わぁ……」
「ふふ、遠慮しないでいっぱい食べてね」
みんなで食卓を囲む。みんな「いただきまーす!」と元気いっぱいで、シオンも隣に座ってにこにこと笑っていた。最初はちょっと緊張していたけど……一口、二口と食べていくうちに、すぐに夢中になってしまった。
「エニちゃん、美味しい?」
「……すごく美味しい」
「よかったぁ!」
エマが嬉しそうに笑って、私の皿にお肉を追加で盛ってくれる。とーこやユイカと食べるご飯も好きだけど、わいわい食べるのも、すごく新鮮だった。
食後、みんなで片付けをしてから順番にお風呂へ入ることになった。
最初に応援団のみんなが入って、「はぁ〜しあわせ〜」なんて声をあげながら出てきたあと、シオンも「じゃ、行ってくるね」と立ち上がる。
「じゃあ……次、エニちゃん!」
「え……」
「一緒に入ろ! せっかくだから!」
差し出された手に、あたしはちょっと戸惑う。
でも、エマの瞳はきらきらしていて、断れなくて、頷いた。
脱衣所で服を畳みながら、心臓がどきどきしている。
とーこと入る時は、安心できる「いつもの」感じだったけど……友達と一緒に入るのは初めて。
湯気の向こうで、エマちゃんがにこっと笑う。
「じゃあ、エニちゃん。洗ってあげる!」
「……ありがと」
エマちゃんは嬉しそうに手を合わせる。
ちょこんと椅子に座ると、後ろからエマちゃんの指が髪に触れる。頭皮をマッサージされるようにくしゅくしゅされる。ちょっと痛い。
「わぁ、ふわふわ〜。エニちゃんの髪、さらさらだね!」
「とーこが、毎日洗ってくれるから」
「えへへ……私も頑張ろ」
――エマのおっぱい、あたしのより大きい。
大きい方が「価値がある」って、昔、牢屋の中で聞いた。なんか、それを思い出したら指が勝手に動いた。
「わあ、突っつかないでよ!」
エマがくすっと笑って、少しからかうように言った。
「エニちゃん、えっち」
「……えっち?」
首をかしげると、エマちゃんは慌てて手を振った。
「わ、わーっ! ちが、ちがっ、ほんとになんでもないのっ!」
エマが真っ赤になって、湯気よりも熱そうな顔でぶんぶん手を振った。
「……?」
あたしはまだ意味を知らない言葉に、ただ小首を傾げるしかなかった。えっち。どういう意味なんだろ。とーこに聞けばわかるかな。
お風呂からあがって、着替えると、エマの家の二階の大きなお部屋に案内された。
ふかふかのお布団がいくつも敷かれていて、枕投げでも始まりそうな雰囲気。たまに宿でとーこたちとやってるから得意。
「ねえ、せっかくだから恋バナしようよ!」
「さんせーい!」
枕投げ始まらなかった。
あたしは握りしめた枕をそっと置いた。
「わたし、先輩のアルトくんかっこいいと思うんだ〜!」
「わかる〜! 背が高くて、魔法も上手で!」
応援団の三人が一気に盛り上がる。
あたしは布団の端に座って、ただ聞いていた。なんだか、こういう空気は慣れていない。
「じゃあ、シオンは〜?」
「……いない」
短く答えて、それ以上は何も言わない。
それでも、みんなは「クールだ〜」と笑って流す。
「じゃあ、エマは?」
「えっ、私?」
突然矛先を向けられたエマは、わざとらしく肩をすくめて、でも少し頬が赤くなっているのが見えた。
「……いる」
「えーっ!! 誰誰!?」
「内緒!」
応援団のみんなが枕を抱えて「教えてよ〜!」と突撃するけど、エマは両手で顔を隠して「秘密!」と笑う。
その笑顔は、ちょっと特別に見えた。
「でも……大会で優勝できたら、告白したいなって思ってる」
「えー! かっこいいー!」
「応援するよ!」
黄色い声に包まれる中、あたしの隣に来ていたシオンが「……ふうん」とだけ呟いた。
「じゃあ次! エニちゃんは〜?」
「えっ」
突然みんなの視線が私に集まって、心臓がびくんと跳ねた。
「エニちゃんは、好きな人とかいる?」
「……とーこと、ユイカ」
答えると、みんなが「そういうことじゃなくて!」と笑う。
「んーとね、この人と恋人になりたいな〜って思う人!」
「……コイビト?」
「そう! 手を繋いだり、チューしたいなって思う人!」
コイビト。
聞いたことのない言葉に、私は小さく首を傾げた。
「よくわかんない」
でも、心の中に一番に浮かんだのは――とーこの笑顔だった。一緒に歩いて、頭を撫でてくれて、温かい手で抱きしめてくれる。たくさん喋らなくても、隣にいてくれるだけで安心する。
手を繋ぐのも、抱きしめてもらうのも、とーこだったら嬉しい。それって、みんなの言うコイビトってことなのかな。でも、よくわからない。けど、あたしはとーこのことが大好き。
「……エニちゃん、顔赤い」
「えっ、そう?」
エマちゃんに覗き込まれて、慌てて視線を逸らす。
言葉の意味はよくわからないまま、胸の奥がむずむずして、なんだか眠たくなってきた。
布団にごろんと横になると、まぶたが重くなる。
耳の端に届くのは、まだ恋バナで盛り上がる声や、大会の話をしてはしゃぐ声。
でもあたしは、ぽやぽやとした頭のまま、ただ、とーこのことを思い浮かべながら夢の世界に沈んでいった。
ふかふかのお布団で眠り込んだ翌朝。
まぶたに差し込む光でようやく目を開けると、もう部屋はにぎやかで、みんなががきゃっきゃと動いていた。
とーこと一緒に寝る時は、もっと静かに目が覚める。ユイカがペロペロしてくることもあるけど、こんなに賑やかじゃない。でも、これはこれで楽しい。
「エニちゃん、起きた〜?」
「ん……まだねむい……」
ごろごろしていたら、枕をぽすっと落とされる。「ねぼすけだー!」って笑われた。
「エニちゃん、朝ごはんどうする?」
「とーこに聞いてみる」
ガラケーを取り出して耳に当てると、みんなが「きゃー!」と大はしゃぎ。
とーこと一緒の反応だ。大体とーこはきゃーて言った後、ベットに倒れて死んだふりするんだよね。意味わかんない。
「可愛すぎる!」
「目に焼き付けておかなきゃ!」
わいわい言われて頬が熱くなるけど、耳に集中。
『エニ! 何かあったの!?』
「……おはよ」
『何も無さそうで良かった……おはよう。どうしたの?』
「朝ごはんどうしようかなって」
『私たちも食べてないから、もし食べて来ないなら一緒に食べよっか?』
「……うん。そうする」
『一人で帰ってくるの?』
「……」
ちらっと真横にいたエマの方を見ると、「ちょっと貸して」とあたしのガラケーを耳に当てた。
「エニちゃんは責任もって送りますよ!」
『わあ、びっくりした! OK! エマちゃんありがと』
「いえいえ、じゃあ、エニちゃんに変わりますね」
「いまから、帰る」
『うん。気をつけて帰っておいで』
「……ん」
ぷつん、と切れる通話。
昨日の恋バナのせいか、とーこと話すと胸がどきどきして、布団の上でごろごろ転がってしまった。
「そういえば、エニちゃんガラケー持ってたの!? 連絡先交換しよ!」
「やり方わかんない」
「大丈夫、やってあげる!」
わいわい騒ぐみんなに囲まれて、連絡先がどんどん増えていく。
……なんだか、友達ってこういう感じなんだなって思った。
「じゃあ、エニちゃん送ってくね!」
「私達も行くよー!」
「……ありがと」
玄関まで見送りに来てくれたエマちゃんのお母さんが、エプロン姿でにこにこ。
「あら、もう帰るの? またいらっしゃいね。次はママさんとユイカちゃんと一緒に」
エマのお母さんなんでも知ってる。……エマが普段からあたしたちのことを話してるのかな?
「……はい、ありがとうございました」
宿の前には、とーことユイカが立って待っていた。
ユイカはぱたぱた走ってきて、頭を左右にぶんぶん振る。
「エニ様! 見てください!」
髪がふたつに結ばれて、ぴょんぴょん跳ねている。
「とーこ様にやってもらいました! これでユイカのしっぽ二本増えました!」
頭を振るたび、ツインテールがきらきら揺れて、本当にしっぽみたい。
エマちゃんたちが「似合うね〜!」と手を叩いて笑った。
最後にとーこが一歩前に出て、深々と頭を下げる。
「昨日はありがとう。エニのことまたよろしくね」
「はい! それに、私のお母さんがエニちゃんのママさんも、今度は一緒に遊びに来てくださいって!」
「そう? じゃあ、機会があればお邪魔するね」
「もちろんユイカちゃんも一緒に!」
「やたー!」
ユイカがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
「ありがと」
「いいよ! じゃあまたねエニちゃん! 遊ぶときまた連絡するねー!」
振り返ったら、みんなまだ手を振ってた。ずっと、あたしのこと見てくれてる。
……なんか、それだけでうれしかった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
エニは普通に枕投げ弱い。