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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第5章 狼の耳としっぽ、そして学園
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第81話 「友達って、こういう感じなんだ」

本日もよろしくお願いします。

 エマの家は、学園都市の住宅街の中にある二階建てだった。木の扉をくぐると、甘いお菓子と花みたいな匂いがふわっと広がる。


「ただいまー!」

 

 エマが元気よく声をかけると、奥からエプロン姿の人が「おかえり」と笑った。エマのお母さんかな。太ってる。

 私の姿を見ると、少し目を丸くしてから、やさしい笑顔を向けてくれる。

 

「まあ、エニちゃんね。今日はゆっくりしてってね」

「……おじゃま、します」


 ……なんであたしの事知ってるんだろ。


 居間に入ると、テーブルの上にはご飯がずらっと並んでいた。大皿に盛られたスープ、香ばしいお肉。どれも、いい匂いがしてお腹が鳴る。


「わぁ……」

「ふふ、遠慮しないでいっぱい食べてね」


 みんなで食卓を囲む。みんな「いただきまーす!」と元気いっぱいで、シオンも隣に座ってにこにこと笑っていた。最初はちょっと緊張していたけど……一口、二口と食べていくうちに、すぐに夢中になってしまった。


「エニちゃん、美味しい?」

「……すごく美味しい」

「よかったぁ!」


 エマが嬉しそうに笑って、私の皿にお肉を追加で盛ってくれる。とーこやユイカと食べるご飯も好きだけど、わいわい食べるのも、すごく新鮮だった。


 食後、みんなで片付けをしてから順番にお風呂へ入ることになった。

 最初に応援団のみんなが入って、「はぁ〜しあわせ〜」なんて声をあげながら出てきたあと、シオンも「じゃ、行ってくるね」と立ち上がる。


「じゃあ……次、エニちゃん!」

「え……」

「一緒に入ろ! せっかくだから!」


 差し出された手に、あたしはちょっと戸惑う。

 でも、エマの瞳はきらきらしていて、断れなくて、頷いた。


 脱衣所で服を畳みながら、心臓がどきどきしている。

 とーこと入る時は、安心できる「いつもの」感じだったけど……友達と一緒に入るのは初めて。


 湯気の向こうで、エマちゃんがにこっと笑う。

 

「じゃあ、エニちゃん。洗ってあげる!」

「……ありがと」


 エマちゃんは嬉しそうに手を合わせる。

 ちょこんと椅子に座ると、後ろからエマちゃんの指が髪に触れる。頭皮をマッサージされるようにくしゅくしゅされる。ちょっと痛い。


「わぁ、ふわふわ〜。エニちゃんの髪、さらさらだね!」

「とーこが、毎日洗ってくれるから」

「えへへ……私も頑張ろ」


 ――エマのおっぱい、あたしのより大きい。


 大きい方が「価値がある」って、昔、牢屋の中で聞いた。なんか、それを思い出したら指が勝手に動いた。


「わあ、突っつかないでよ!」

 

 エマがくすっと笑って、少しからかうように言った。


「エニちゃん、えっち」

「……えっち?」


 首をかしげると、エマちゃんは慌てて手を振った。


「わ、わーっ! ちが、ちがっ、ほんとになんでもないのっ!」

 

 エマが真っ赤になって、湯気よりも熱そうな顔でぶんぶん手を振った。


「……?」


 あたしはまだ意味を知らない言葉に、ただ小首を傾げるしかなかった。えっち。どういう意味なんだろ。とーこに聞けばわかるかな。


 お風呂からあがって、着替えると、エマの家の二階の大きなお部屋に案内された。

 ふかふかのお布団がいくつも敷かれていて、枕投げでも始まりそうな雰囲気。たまに宿でとーこたちとやってるから得意。


「ねえ、せっかくだから恋バナしようよ!」

「さんせーい!」


 枕投げ始まらなかった。

 あたしは握りしめた枕をそっと置いた。

 

「わたし、先輩のアルトくんかっこいいと思うんだ〜!」

「わかる〜! 背が高くて、魔法も上手で!」


 応援団の三人が一気に盛り上がる。

 あたしは布団の端に座って、ただ聞いていた。なんだか、こういう空気は慣れていない。


「じゃあ、シオンは〜?」

「……いない」


 短く答えて、それ以上は何も言わない。

 それでも、みんなは「クールだ〜」と笑って流す。


「じゃあ、エマは?」

「えっ、私?」


 突然矛先を向けられたエマは、わざとらしく肩をすくめて、でも少し頬が赤くなっているのが見えた。


「……いる」

「えーっ!! 誰誰!?」

「内緒!」


 応援団のみんなが枕を抱えて「教えてよ〜!」と突撃するけど、エマは両手で顔を隠して「秘密!」と笑う。

 その笑顔は、ちょっと特別に見えた。


「でも……大会で優勝できたら、告白したいなって思ってる」

「えー! かっこいいー!」

「応援するよ!」


 黄色い声に包まれる中、あたしの隣に来ていたシオンが「……ふうん」とだけ呟いた。


「じゃあ次! エニちゃんは〜?」

「えっ」


 突然みんなの視線が私に集まって、心臓がびくんと跳ねた。


「エニちゃんは、好きな人とかいる?」

「……とーこと、ユイカ」


 答えると、みんなが「そういうことじゃなくて!」と笑う。


「んーとね、この人と恋人になりたいな〜って思う人!」

「……コイビト?」

「そう! 手を繋いだり、チューしたいなって思う人!」


 コイビト。

 聞いたことのない言葉に、私は小さく首を傾げた。


「よくわかんない」


 でも、心の中に一番に浮かんだのは――とーこの笑顔だった。一緒に歩いて、頭を撫でてくれて、温かい手で抱きしめてくれる。たくさん喋らなくても、隣にいてくれるだけで安心する。

 

 手を繋ぐのも、抱きしめてもらうのも、とーこだったら嬉しい。それって、みんなの言うコイビトってことなのかな。でも、よくわからない。けど、あたしはとーこのことが大好き。

 


「……エニちゃん、顔赤い」

「えっ、そう?」


 エマちゃんに覗き込まれて、慌てて視線を逸らす。

 言葉の意味はよくわからないまま、胸の奥がむずむずして、なんだか眠たくなってきた。


 布団にごろんと横になると、まぶたが重くなる。

 耳の端に届くのは、まだ恋バナで盛り上がる声や、大会の話をしてはしゃぐ声。

 でもあたしは、ぽやぽやとした頭のまま、ただ、とーこのことを思い浮かべながら夢の世界に沈んでいった。


 ふかふかのお布団で眠り込んだ翌朝。

 まぶたに差し込む光でようやく目を開けると、もう部屋はにぎやかで、みんなががきゃっきゃと動いていた。

 とーこと一緒に寝る時は、もっと静かに目が覚める。ユイカがペロペロしてくることもあるけど、こんなに賑やかじゃない。でも、これはこれで楽しい。

 

「エニちゃん、起きた〜?」

「ん……まだねむい……」


 ごろごろしていたら、枕をぽすっと落とされる。「ねぼすけだー!」って笑われた。


「エニちゃん、朝ごはんどうする?」

「とーこに聞いてみる」

 

 ガラケーを取り出して耳に当てると、みんなが「きゃー!」と大はしゃぎ。

 とーこと一緒の反応だ。大体とーこはきゃーて言った後、ベットに倒れて死んだふりするんだよね。意味わかんない。


「可愛すぎる!」

「目に焼き付けておかなきゃ!」


 わいわい言われて頬が熱くなるけど、耳に集中。


『エニ! 何かあったの!?』

「……おはよ」

『何も無さそうで良かった……おはよう。どうしたの?』

「朝ごはんどうしようかなって」

『私たちも食べてないから、もし食べて来ないなら一緒に食べよっか?』

「……うん。そうする」

『一人で帰ってくるの?』

「……」


 ちらっと真横にいたエマの方を見ると、「ちょっと貸して」とあたしのガラケーを耳に当てた。


「エニちゃんは責任もって送りますよ!」

『わあ、びっくりした! OK! エマちゃんありがと』

「いえいえ、じゃあ、エニちゃんに変わりますね」

「いまから、帰る」

『うん。気をつけて帰っておいで』

「……ん」


 ぷつん、と切れる通話。

 昨日の恋バナのせいか、とーこと話すと胸がどきどきして、布団の上でごろごろ転がってしまった。


「そういえば、エニちゃんガラケー持ってたの!? 連絡先交換しよ!」

「やり方わかんない」

「大丈夫、やってあげる!」


 わいわい騒ぐみんなに囲まれて、連絡先がどんどん増えていく。

 ……なんだか、友達ってこういう感じなんだなって思った。


「じゃあ、エニちゃん送ってくね!」

「私達も行くよー!」

「……ありがと」


 玄関まで見送りに来てくれたエマちゃんのお母さんが、エプロン姿でにこにこ。

 

「あら、もう帰るの? またいらっしゃいね。次はママさんとユイカちゃんと一緒に」


 エマのお母さんなんでも知ってる。……エマが普段からあたしたちのことを話してるのかな?

 

「……はい、ありがとうございました」


 宿の前には、とーことユイカが立って待っていた。

 ユイカはぱたぱた走ってきて、頭を左右にぶんぶん振る。


「エニ様! 見てください!」

 

 髪がふたつに結ばれて、ぴょんぴょん跳ねている。

 

「とーこ様にやってもらいました! これでユイカのしっぽ二本増えました!」


 頭を振るたび、ツインテールがきらきら揺れて、本当にしっぽみたい。

 エマちゃんたちが「似合うね〜!」と手を叩いて笑った。


 最後にとーこが一歩前に出て、深々と頭を下げる。

 

「昨日はありがとう。エニのことまたよろしくね」


「はい! それに、私のお母さんがエニちゃんのママさんも、今度は一緒に遊びに来てくださいって!」

「そう? じゃあ、機会があればお邪魔するね」

「もちろんユイカちゃんも一緒に!」

「やたー!」


 ユイカがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。

 

「ありがと」

「いいよ! じゃあまたねエニちゃん! 遊ぶときまた連絡するねー!」


 振り返ったら、みんなまだ手を振ってた。ずっと、あたしのこと見てくれてる。

 ……なんか、それだけでうれしかった。

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


 エニは普通に枕投げ弱い。

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