第79話 「エニとユイカ、自分の名前書けるようになりました!」
本日もよろしくお願いします。
朝食を食べた後、私はエニの髪をなでながら、ふと思い出したことがあった。
そういえば――まだちゃんと聞いてなかった。
「ねぇ、エニ」
「なに?」
「U18の大会……出るかどうか、そろそろ決めない?」
最近のエニを見てると、少しずつ自信がついてきてる気がする。
エマちゃんたちと友達になったことも、きっと大きな変化。
この子の成長を、もっとたくさんの人に見てもらいたい。そして、エニ自身にも自分の力を実感してほしい。
その瞬間、エニの耳がぴくっと動いた。
ギルドで話を聞いたときもそうだったけど、興味はありそうなんだよね。
でも、少しだけ迷ってるみたいで。
「……あたしは、別にどっちでもいいけど」
「どっちでもよくないでしょ。だって、エニとユイカが出る大会なんだよ?」
「はいっ! ユイカもです!」
人型でベッドに大の字になってたユイカが、ぱたんと起き上がってぴょこんと手を上げる。
しっぽがぶんぶん揺れていて、やる気だけは満点だ。
「安全は確保されてるって言ってたし、エニなら絶対活躍できるよ」
「とーこ様、ユイカも活躍します!」
「うんうん!」
エニはちょっと視線を落として、しばらく考え込む。
その間もユイカは「お肉いっぱい食べたら強くなれます!」とか、よくわからない励ましをしていて、私は思わず笑ってしまった。
「……とーこは、出てほしいの?」
「うん。見たいんだよ、エニとユイカが全力で戦ってるとこ」
本当のことを言うと、ちょっと心配でもある。でも、この子たちの可能性を信じてる。
エニの電気魔法も、ユイカの炎も、きっとみんなを驚かせるはず。
「……そっか」
顔ほんの少し赤くなる――そして、ふっと笑った。
「じゃあ……出よっかな」
「お!」
「ユイカも出ます!」
ユイカがぴょーんとベッドを降りてエニに抱きつく。
エニは「うわっ」と声を上げつつも受け止めて、そのままふたりでくるくる回って遊び始めた。
可愛い……もうなんなのこの子たち。
「じゃあ、行こっか」
「どこに?」
「ギルド。今からエントリーする!」
「えっ、今から!?」
「やるなら早いほうがいいし!」
そんなわけで、急遽3人でギルドへ向かうことになった。
ついでにエニとユイカの髪をおそろいのポニーテールにしてあげた。
ユイカは「おそろいです!」と嬉しそうにエニの手を引っ張っていく。ギルドはそっちじゃないよ。
昼下がりの街はのんびりしていて、道端でおしゃべりする人たちやパンを焼く香りがあちこちから漂ってきた。
ギルドの扉を押すと、木の香りと紙の匂いがふわっと混ざった空気が出迎えてくれた。
昼間だからか、カウンターには何人かの受付嬢と、依頼書をめくる冒険者がちらほら。
「ほら、あれだよ」
私は壁の掲示板を指差した。
そこには、大きく『U18タッグ・マジックバウト選抜大会 出場者募集』の張り紙。
カラフルな文字とイラストで、何やらやたら楽しそうに描かれている。
「おお〜……」
エニが小さく声を上げ、ユイカは「お祭りみたいです!」と目を輝かせた。
「こんにちはー、この大会にエントリーしたいんですけど」
受付に声をかけると、明るい笑顔で「はい!」と返ってくる。
「お二人が出場者で、そちらが付き添いの方ですね?」
「そうです。この銀髪の子と、この……」
私が言い切る前にユイカがぴょこんとお辞儀。
「ユイカはユイカって言います!」
受付嬢は笑いながら、エントリー用紙とペンを渡してきた。
「ではこちらにお名前と年齢、得意な武器や魔法をご記入ください」
私は用紙を受け取り、二人を見る。
「……字、書けない」エニが即答。「ユイカもです!」ユイカも胸を張って言う。
「……はいはい、わかってたよ。じゃあとーこ先生の代筆タイムね」
私は名前欄に『エニ』と書き、年齢と得意魔法に『電気』と記入。
「超つよいって付け足して」
「却下」
次に『ユイカ』と書き、得意魔法に『炎』と書き込む。
「かわいいって付け足してください!」
「……競技用の申請だから、それも却下」
やべ、ユイカの年齢わかんないや……。
冒険者登録をしたときみたいに、石板みたいな魔道具に手を置けばわかるんだろうけど、ユイカが伝説の魔物なのばれちゃう可能性あるしなあ。
「……ユイカって年齢いくつ?」
考え込む私の横で、ユイカは胸を張って「いっぱい食べたから、もう大きいです!」と元気に答える。
「そういうことじゃなくて……」
まあ、16歳のエニより年下に見えるから、13歳くらいにしておくか。
二人は左右から私の手元をじーっと見ていて、書き終えると「おお〜」と同時に声を上げパチパチと手をたたいている。
エントリー用紙を提出し終わったあと、受付のお姉さんがにっこり笑って言った。
「じゃあ、ここに同意の為、ご本人のサインをお願いしますね」
「……え」
エニとユイカが同時に固まった。
私は心の中で「あー、やっぱりそうなるか」とため息をつく。
「じゃあ、ちょっとここで特訓しよ」
私たちはカウンターの端に移動して、受付のお姉さんから紙とペンを借りた。
「まず、ペンはこう持つの。指で挟んで、中指で支える」
ペンをグーで握ってたエニの手を取って形を直すと、耳がぴくっと動く。
手を包み込むように教えてると、エニの体温が伝わってくる。
こんな風に、1つずつ教えていくのも悪くない。この子たちの「初めて」に立ち会えるのが、嬉しいんだ。
「ユイカもお願いします!」
ユイカはペンを逆向きに握っていたので、くるっと回してあげると、「おおー!」と感動していた。
私は『エニ』と『ユイカ』と大きく見本を書いて渡す。
「まずはなぞってみよう」
文字が書けるようになれば、二人の世界がもっと広がる。
手紙が書けるようになったり。日記をつけたり。これをきっかけに、いろんなことを教えてあげたいな。まずは自分の名前から、一歩ずつ。
エニは真剣な顔でペン先を動かす。ちょっと曲がったけど、それはそれで味がある。
「おお、初めてにしては上出来!」
「……もう1回」
言いながら、もう一枚紙を引き寄せる。
ユイカは「カ」の部分がやたら大きくなって、「……可愛くない」と首をかしげた。
「それ、可愛いし、ユイカらしくていいと思う」
「ほんとですか!? じゃあこれでいきます!」
結局、二人とも満足いく形になるまで何度も練習して、最後にエントリー用紙に自分の名前を書き込んだ。
二人が自分の名前を書けるようになった瞬間、なんだか親みたいな気持ちになった。小さな成長だけど、確実に前に進んでるんだなって実感する。
二人並んでサインする様子が、受付のお姉さんにも「ふふっ、かわいい」と笑われていた。
「これでエントリー完了です! 大会は12月20日に行われますので、その日に会場にお越しください」
10日後かあ。その間に、二人にはもっと特訓してもらわないと。でも、どんな練習をしたらいいんだろう。二人とも基本的には自己流だしなあ。
でも、勝ち負けよりも、二人が楽しめることが一番大事。この経験が、きっと二人にとって良い思い出になるはず。
「ちなみに、どのくらいの参加者が?」
「そうですね、現在30組ほどエントリーがあります。学園の生徒さんも多いので、レベルは高いと思います」
受付嬢の言葉に、私は少し身が引き締まった。
エニは「……ほんとに出るんだ」と呟き、でも耳がぴこっと動いていた。
「もう後戻りできないよ?」
「……別に後戻りする気ないし」
「おお〜、かっこいい!」
「ユイカも頑張ります!」
ユイカはシュシュと空中にパンチを繰り出している。どこで覚えてきたんだ、そのシャドーボクシング。
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