第77話 「ユイカ、夢の中で冒険中!?」
本日もよろしくお願いします。
宿の玄関先で、エニとユイカをぎゅっと抱きしめたあと。
私たちはそのまま部屋に戻り、ベッドに腰かけ、ほっとひと息。
「……なんか、ちょっと疲れた」
「そりゃあ、初めての街で初めての友達とご飯だもんね」
そう言って笑うと、隣に座ってるエニは「うん」とそっけなく言いながらも、私に体を預けてくる。
ユイカはもう小狐モードになって、布団の上で丸くなっている。
その姿を見ていたエニは、ふと私に視線を移したと思ったら、鼻を私の鼻にこつんと合わせてきた。
「……なにこれ?」
「……なんでもない」
「なんでもないことないでしょ。顔、真っ赤だよ?」
「……っ!」
まあ、これ……知ってるんだけどね。狼の愛情表現。本で読んだ。
「へぇ〜……そういうことかぁ」
「な、なにが」
「ううん、べつに〜」
私がにやにや笑っていると、エニは焦ったように私の肩を押し――そのまま、小さく歯を立てて首筋を甘噛みしてきた。
ちくりとした刺激のあと、いたずらっぽく舌先でなぞられて、思わず肩がぴくんと震える。
「っ……エニ!」
「……からかわないで」
低く囁く声が耳元をくすぐる。
そのとき、ユイカの「きゅん……」という寝ぼけた声が聞こえて、私たちは顔を見合わせ、同時に小さく吹き出した。
朝。
まだ部屋の中はしんと静まり返っていて、窓の外から小鳥の声だけが聞こえてくる。
隣ではエニが、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を立てていた。
長いまつげ、ゆるんだ口元。
寝顔を見てるだけで、胸がじんわりとあったかくなる。
足元で寝てるユイカは足をバタバタさせている。きっと夢の中で全力疾走してる。
(……昨日の夜の、あれ。狼の“好き”って気持ち)
鼻と鼻を合わせてきたエニの顔を思い出す。
意味を知ってる私には、あまりにもドキドキする行動だった。
だから。
私は、ゆっくりと身体を起こし、そっとエニに顔を近づける。
寝息が鼻先にかかる距離まで近づいたところで、そっと鼻と鼻を合わせた。
ほんの一瞬。
触れるか触れないかの、やさしい感触。
「……おはよ、エニ」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、そう囁く。
エニは目を覚まさないまま、夢の中で何かいいことがあったみたいに、口元がかすかに笑ってる。
私は慌てて少し離れて、何事もなかった顔で布団に戻った。
うん、これで内緒。
絶対、エニにはバレない。
朝から、私の胸は幸せでいっぱいだった。
足元で「もぞ、もぞ……」と気配が動く。
小さな鼻先が布団を押し上げ、やがてユイカが頭だけひょこっと出してきた。
「きゅん……」
まだ半分夢の中みたいな声で鳴くと、ユイカは私のお腹のあたりで丸くなる。
「ユイカ、さっき走ってた?」
「きゅん」
「誰かと競争してたの?」
「きゅ!」
「勝った?」
「きゅんっ!」
「よくやった」
ユイカを撫でまわすと、しっぽをぶんぶん振って、胸に収まる小さな身体が震える。この子はいつも楽しそう。
その様子に思わず笑っていると、隣から「……うるさい……」とエニの寝ぼけた声がして、そのまま眠りに戻っていった。
「ふふ……ごめんね」
私はユイカを抱き上げ、胸にすっぽり収める。
ふわふわの毛があたたかくて、なんだかもう目を開けているのがもったいなくなる。
横を見ると、エニは相変わらず幸せそうな寝顔のまま。
私はユイカを抱いたまま、エニの方へ身体を寄せる。
あたたかさに包まれて、まぶたがゆるゆると閉じていく。
まだ、起きるには早すぎるよね。
こんな風に三人でゆっくり過ごせる朝の時間が、どれだけ貴重で、どれだけ幸せか。
昨日のエニの友達との時間を見て、改めて実感した。この子たちとの日々を、もっと大切にしよう。
こうして私は、もう一度まどろみへ落ちていった。
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