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「第二の人生は旅でもしようか」

本日もよろしくお願いします。

 大学生活にも慣れ、私はあるサークルに入っていた。

「映像制作サークル」。自主制作の短編映画を作ったり、SNS用の映像を編集したりするサークルで、私はカメラマン兼編集担当をしていた。 

 そこには、数少ないが気の合う仲間もいた。


 特に、同じ学年の宮下凛とは仲が良かった。

 彼女は脚本を担当し、作品に対してこだわりを持っているタイプで、意見をぶつけ合うことも多かったが、塔子にとっては気の許せる友人の一人だった。


「塔子の編集、好きだよ」

 

 そう言ってくれたことが、塔子にとってどれだけ救いだったか。

 でも、その日常は、ある出来事を境に音を立てて崩れていった。


 ある日の撮影。

 

「やめておいた方がいいと思う」

 

 サークルでは新しい映像作品を作ることになり、凛が脚本を書いた。テーマは「リアルなドキュメンタリー風の映像」。

 モデルになったのは、大学内のある学生だった。


「こういうドキュメンタリー風の手法って、作り方によっては面白いよね。でも、実在の人をモデルにするのはリスク高すぎない?」

 

 そう言うと、凛はすぐに食いついた。


「でしょ!? だからこそ、話題性があるんだって!」

「でも……これ、本人の許可取らないの?」

「大丈夫でしょ  実際に本人が言ったことを元に脚本作るし、フィクションって言えば問題ないよ」

「……でも、これって一歩間違えたら誹謗中傷にならない?」


 その言葉を聞いた瞬間、凛の表情が変わった。


「塔子さ、最近ちょっと真面目すぎない?」

「私たちがやるのは"映像制作"であって、正義の味方ごっこじゃないんだけど?」

 

 私は口を開こうとしたが、凛の態度があまりにも強硬で、何も言えなくなってしまった。

 結局、私の意見は無視され、映像は完成した。SNSで公開された瞬間、それは瞬く間に拡散された。


 最初は「すごいリアル!」と称賛する声も多かった。

 けれど、すぐに「これは悪意がある」「本人に許可を取ったのか?」という批判の声が上がり始めた。

 その後、映像のモデルとなった学生が、大学に正式に抗議した。


「この動画、どういうつもりですか?」


 教授たちが動き出し、問題が大学全体を巻き込むレベルになった。

 そして、サークルのメンバーに呼び出される。


「どうするの? このままだと、私たちのサークル、活動停止になるかもしれないんだけど?」


 私は驚いた。


「え……? だって、この企画をやるって決めたのは凛で……私は最初からやめた方がいいって」


 その瞬間、凛が冷たい目で言った。


「塔子が言い出したんじゃん。」

「……え?」

「"こういうのって面白いかもね"って言ったの、塔子だよね?」


 違う。

 そんなこと、一言も言ってない。

 私は、止めようとした。

 でも、凛の言葉に、他のメンバーが頷いた。


「確かに塔子、そんなこと言ってた気がする」

「うん、私も聞いた」


 私は、何もしていないのに。

 凛と私以外、あの日誰もいなかったくせに。

 

「……違う、私は、そんなこと言ってない。私は"映像の作り方は面白い"とは言ったけど、実際にやるのはダメだって……!」

「苦し紛れに言い訳するのやめな?」

「でも、私たち全員がそう思ってるんだよ? 塔子だけが違うって言い張るの?」

「それっておかしくない?」

 

 皆が、自分を疑いの目で見ている。

 サークルのメンバーも、教授も、誰一人として塔子の言葉を信じていない。


「私は……そんなひどいことをする人間なの?」


 泣きそうになりながら、掠れた声で呟く。

 けれど、誰も答えてくれなかった。

 

 ――じゃあ、私は。


 私は、そういう人間だったんだね。


 母に相談しても、同じだった。


「でも、みんながそう言ってるんでしょ?」

「……お母さんまで、信じてくれないの?」

「だって、普通にしてたらこんなことならないでしょ?」

 

 私は、崩れ落ちるように座り込んだ。涙は出なかった。

 母親は、ため息をつきながら、冷めた声で言った。


「ねえ、塔子。どうして、こんなことになったの?」


 私は何も言えなかった。


 

 どこを歩いているのかわからなかった。

 気づけば、大学からかなり離れた場所にいた。


 もう、家には帰りたくなかった。

 サークルにも、大学にも、帰れる場所なんてなかった。

 行くあてもなく、ただ歩いていた。


 冷たい風が吹き抜ける。

 春だというのに、肌寒い夜だった。



 もう何度も考えたことを、また考える。

 でも、答えなんて出るわけがなかった。


 誰も信じてくれなかった。

 サークルの仲間も、教授も、家族さえも。


 まるで、自分がこの世界に存在していないような気がした。


 足元を見つめながら歩く。

 視界がぼんやりと滲む。

 涙なんて、もう枯れたと思っていたのに。


 ぼんやりとした頭の中で、遠くからクラクションの音が響く。


 ――ガァァン!


 次の瞬間、衝撃が全身を貫いた。

 空が回転する。

 何が起きたのかわからなかった。

 体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。

 耳鳴りがする。


 誰かが叫んでいる。

 走ってくる足音。


 痛みは不思議となかった。

 ただ、最後に思ったことは――。


「私の言葉を、信じてほしかった」



 その夜、私は彷徨いながら道路を渡り――。

 轢かれた。


「……死んだ?」


 ぼんやりとした意識の中で、私はそう呟いた。

 目の前には白い光がゆらゆらと漂う空間。

 音も匂いもない、ただの“無”の世界。


「うん、死んだよ」


 唐突に、どこからともなく声が響いた。

 目の前に、白い衣を纏った人物が立っている。


 性別も年齢もわからない。顔もぼんやりとしていて、まるで"人間の形をした何か"のようだった。


「君、トラックに跳ねられたでしょ? 見事にピューンって飛んでいったよ」

「ピューン……?」

「うん。漫画みたいな回転してたし、着地は割と派手だったよ」

「……そんなこと言われても」


 なんだこの神様。やたらノリが軽い。

 普通、もっと「ようこそ、死後の世界へ……」みたいな厳かな雰囲気じゃないの?

 でもまあ、こんなよくわからない場所にいる時点で、死んだのは本当なんだろう。


「さて、塔子ちゃん」

「え、なんで名前知ってるんです?」

「そりゃあ神様だからね。何でも知ってるのさ」

「ふーん……」

「で、君。結構悲惨だったみたいだけど――どうする?」

「……どうって?」

「このまま魂を消してもいいし、異世界に転生して第二の人生を歩んでもいいよ?」

「……転生?」

「そう。君はここで終わることもできる。でも、また生き直すこともできる」


 塔子は、少しだけ考えた。

 でも、すぐに頭を振る。


「……また生きるってことは、また同じように裏切られるかもしれないってことですよね?」

「かもしれないね」


 私は、一度目を閉じた。

 生き直したところで、また誰も信じてくれなかったら? また全部失うことになったら?

 ……そんなの、怖いに決まってる。


 でも――もし今ここで終わったら、私は結局、何も変えられないままだ。


「……それでも、やっぱり生きてみたい」

「お?」

「――今度は、信じてもらえるように、生きてみたい」


 神様は満足そうに頷いた。


「よし、じゃあ転生ね! 異世界にとばしてあげる。そこで第二の人生歩んでみな」

「え、急すぎません?」

「大丈夫大丈夫! ちゃんと特典もつけるから」

「……特典?」


 私が聞き返すと、神様はにやりと笑った。


「そうだねぇ……じゃあ、君の最後の願いを、そのまま魔法にしてあげる ってのはどう?」

「……願い?」

「さっき、というか死ぬ直前だね。『私の言葉を信じてほしかった』って言ったよね? だから君の言葉に“力”を与えよう」

「……力?」

「うん。君が口にしたことを、現実にする力。言霊ってやつだね」


 私は一瞬息をのんだ。


「えっ、それってつまり……私が言ったことが、全部本当になるってことですか?」


 神様は、肩をすくめる。


「違うよ。君の『言葉』には力が宿る。でも、それだけ」

「……何か違うんですか?」

「君の言葉は、この世界に“響く”ようになる。ただし、それがどう響くかは、君次第ってこと」

「……えーと、つまり?」

「さあ? 僕も良くわかってない。まぁ、魔法とか適当に使えるようになるって話。これが特典」

「……ノリ軽くない?」

「神様だもん。いいから、細かいこと気にしないの!」

「え、でも心の準備が……」

「準備とかいらないから! ほら、レッツゴー異世界! 飛んでけ!」

「ちょっ――」



 体が急に軽くなり、気づけば私は光に包まれていた。

 次の瞬間、私の視界は真っ白になり、異世界へと落ちていった――。いや、飛ばされた。

 読んでくださりありがとうございます。


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