第73話 「現実ってやつが、じわじわと」
本日もよろしくお願いします。
夏は人間に恨みでもあるんかね?
朝、窓の外から差し込むやわらかな光で、私は目を覚ました。ユイカの顔ペロが無いなら無いで、ちょっと寂しいね。
ぬくぬくの布団の中には、ぎゅっと抱きしめたエニの体温がまだ残っていて、名残惜しさに軽く鼻をすり寄せる。
あったか……でも……。
「……現実見なきゃ」
私は布団からそっと抜け出し、宿の小さな机の上に置いていた財布を開ける。
――お金が、ない。
口元をひきつらせながら、私はそっと金額を数える。ため息が出る。昨日までは「まあなんとかなるだろ」くらいの楽観でいたけれど、今朝のこれはもう現実逃避できないレベル。
あと数日くらいはいける。でも、もうちょっと旅を続けるには……このままだと、まずい。
「はぁ……依頼、受けに行くしかないかぁ……。この子らの食費と宿代、想像以上にかかるなあ……」
でも、この子たちのためなら頑張れる。責任重大だけど、悪い気はしない。
私は気を取り直して、まだ布団の中で寝返りを打っているエニの頭を、ぽんぽんと優しく撫でる。
「起きてー、働かないとごはんがなくなるぞー」
「んぅ……うぅ……ねむい」
もぞもぞと毛布にくるまって、甘え声を出すエニのしっぽがふにふにと揺れた。
「ユイカ、行ってこい!」
「きゅん!」
ユイカは9本の尻尾をぶんぶん振り回し、エニの顔をベロンベロンと舐め回す。
エニはユイカの攻撃から逃れるように布団をかぶる。布団の中からエニの耳だけがぴょこりと出てる。あ、ユイカに見つかった。
執拗に耳を攻撃され、エニが観念したようにむくりと起き上がり、テンション爆上がりのユイカをなだめるように抱き上げる。
「ふわぁ……今日は何するの?」
「依頼受けに行くよ。お金が、ほんとにない」
「そっか……頑張らなきゃ」
エニが私の服の裾をちょん、と引いてくる。まだちょっと眠いのかな。その仕草があまりにも可愛くて、つい苦笑してしまう。
ギルドへ向かう途中、私はエニとユイカを連れて、街の石畳を歩いていた。
商店街を抜けるこの通りは、朝から屋台が立ち並び、パンの焼ける香りや香辛料の匂いが空気に混じっている。
ユイカはというと――
フルーツのお店の前で、動けなくなっていた。
人型になったとはいえ、やっぱり本能的な部分は狐のまま。美味しそうな匂いに敏感で、好奇心も旺盛。見てると微笑ましいけど、今はお金がないんだよなあ……。
「わ……とーこ様! あれっ、あれ何ですか!?」
「ご飯食べたばっかでしょ! 買わないよ!」
私はユイカの肩をくいっと引っ張って、なんとか前進する。けれど、少し歩けばまた別の匂い、別の看板、別の誘惑。
くんくん……。
「きゅん……!」
鼻先をくすぐるように漂ってきたのは、焼き菓子の匂い。ユイカの目が潤んで見えたのはきっと気のせいではない。
「ちょ、ねえユイカ、お願いだから……っ」
エニが苦笑しながら、ユイカを小突く。
「ユイカ、犬じゃないんだから……」
「狐ですっ!」
好奇心旺盛なユイカを引っ張って、何とかギルドについた。
中は木と石を基調とした、落ち着いた雰囲気。カウンターの奥には受付の女性がいて、先客たちが依頼の報告や相談をしているようだった。
私は順番を待ち、簡単なあいさつをして、依頼掲示板の前に立った。
「さて……どれにするか」
報酬が高い討伐依頼は、星1冒険者の私たちでは受けられないし、護衛依頼も、日数がかかりそう。素材採取系も、ちょっと遠い……。
「……あー、こういうのはランク足りないか……。これも日数かかりそう。うーん、近場で、すぐ終わって、お金になるやつー……」
「……お、市場パトロール……8000円か。今の私たちには、十分すぎるくらいだね」
「うん。昼間だし、安全そう」
エニが即答した。
「これ、お願いします」
「はい、確認しました。市場広場の北ゲート、正午に集合で!」
受付のお姉さんがにこっと笑う。
受付で軽く説明を受けて、簡単なパスを受け取ると、私たちは再び街へと戻った。
今回の任務は、広い商店街をゆっくり歩きつつ、何かトラブルがあれば対処すること。と言っても、ギルドの人いわく「基本的には道案内や落とし物の対応くらい」らしい。もう完全に街ブラじゃん。
そして私たちは、石畳に彩られたメインストリートへと足を踏み出した。
「さて、出発ー!」
「はーいっ!」
ユイカがぴょんっと跳ねる。ぱたぱた動くしっぽが、隣のエニにぽすぽすとぶつかってる。
「ユイカ……くすぐったい……」
ふたりは顔を見合わせて、ふふっと笑った。
私の心がじんわりとあったかくなる。
パトロール中、とくにトラブルはなくて、本当にただのんびりとした街歩きだった。
これで8000円もらえるなんて、ちょっと申し訳ない気もする。でも、こういう平和な任務があるからこそ、この街の安全が保たれてるのかもしれない。
小さな子どもが転びそうになって、エニがそっと手を差し伸べて支えたり、あんなに人見知りだったエニが、自然に人助けしてる。昨日エマに声をかけられた経験が、少し自信になったのかな。
あ、でも、エニはもともと子供と遊ぶの好きだったからそれかな。
迷子になりかけた子がいて、ユイカが「この子のお母さんは~?」とぴょんぴょん手を振って探したもしていた。
そんな出来事が、小さな一瞬が私の、私たちの人生を彩っていく。
歩き疲れて、ちょっと路地に入って腰を下ろした時。
「ねえ、とーこ様」
「ん?」
ユイカがぺたんと座って、私の顔を見上げて言う。
「こういうお仕事、すごく楽しいですね。助けるって、気持ちがいいです」
「……そっか」
その無邪気な笑顔に、私はなんだか誇らしいような、ちょっと泣きそうなような気持ちになって、そっと頭を撫でてやった。
エニも少しずつ積極的になってきてるし、私たち三人、確実に成長してるんだなって実感する。この旅、きっと意味があったんだ。
「さ、もう少し頑張ろうか」
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
しばらく代わり映えのない日常パート続きますが、物語的に大事だと思ってますので、暖かい目で見守っていただけたらと思います。