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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第5章 狼の耳としっぽ、そして学園
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第73話 「現実ってやつが、じわじわと」

本日もよろしくお願いします。


夏は人間に恨みでもあるんかね?

 朝、窓の外から差し込むやわらかな光で、私は目を覚ました。ユイカの顔ペロが無いなら無いで、ちょっと寂しいね。

 ぬくぬくの布団の中には、ぎゅっと抱きしめたエニの体温がまだ残っていて、名残惜しさに軽く鼻をすり寄せる。


 あったか……でも……。


「……現実見なきゃ」


 私は布団からそっと抜け出し、宿の小さな机の上に置いていた財布を開ける。


 ――お金が、ない。


 口元をひきつらせながら、私はそっと金額を数える。ため息が出る。昨日までは「まあなんとかなるだろ」くらいの楽観でいたけれど、今朝のこれはもう現実逃避できないレベル。

 あと数日くらいはいける。でも、もうちょっと旅を続けるには……このままだと、まずい。


「はぁ……依頼、受けに行くしかないかぁ……。この子らの食費と宿代、想像以上にかかるなあ……」

 

 でも、この子たちのためなら頑張れる。責任重大だけど、悪い気はしない。

 私は気を取り直して、まだ布団の中で寝返りを打っているエニの頭を、ぽんぽんと優しく撫でる。


「起きてー、働かないとごはんがなくなるぞー」

「んぅ……うぅ……ねむい」


 もぞもぞと毛布にくるまって、甘え声を出すエニのしっぽがふにふにと揺れた。


「ユイカ、行ってこい!」

「きゅん!」


 ユイカは9本の尻尾をぶんぶん振り回し、エニの顔をベロンベロンと舐め回す。

 エニはユイカの攻撃から逃れるように布団をかぶる。布団の中からエニの耳だけがぴょこりと出てる。あ、ユイカに見つかった。


 執拗に耳を攻撃され、エニが観念したようにむくりと起き上がり、テンション爆上がりのユイカをなだめるように抱き上げる。


「ふわぁ……今日は何するの?」

「依頼受けに行くよ。お金が、ほんとにない」

「そっか……頑張らなきゃ」


 エニが私の服の裾をちょん、と引いてくる。まだちょっと眠いのかな。その仕草があまりにも可愛くて、つい苦笑してしまう。



 ギルドへ向かう途中、私はエニとユイカを連れて、街の石畳を歩いていた。

 商店街を抜けるこの通りは、朝から屋台が立ち並び、パンの焼ける香りや香辛料の匂いが空気に混じっている。


 ユイカはというと――


 フルーツのお店の前で、動けなくなっていた。

 人型になったとはいえ、やっぱり本能的な部分は狐のまま。美味しそうな匂いに敏感で、好奇心も旺盛。見てると微笑ましいけど、今はお金がないんだよなあ……。


「わ……とーこ様! あれっ、あれ何ですか!?」

「ご飯食べたばっかでしょ! 買わないよ!」


 私はユイカの肩をくいっと引っ張って、なんとか前進する。けれど、少し歩けばまた別の匂い、別の看板、別の誘惑。


 くんくん……。


「きゅん……!」


 鼻先をくすぐるように漂ってきたのは、焼き菓子の匂い。ユイカの目が潤んで見えたのはきっと気のせいではない。


「ちょ、ねえユイカ、お願いだから……っ」


 エニが苦笑しながら、ユイカを小突く。


「ユイカ、犬じゃないんだから……」

「狐ですっ!」


 好奇心旺盛なユイカを引っ張って、何とかギルドについた。

 

 中は木と石を基調とした、落ち着いた雰囲気。カウンターの奥には受付の女性がいて、先客たちが依頼の報告や相談をしているようだった。

 私は順番を待ち、簡単なあいさつをして、依頼掲示板の前に立った。


「さて……どれにするか」


 報酬が高い討伐依頼は、星1冒険者の私たちでは受けられないし、護衛依頼も、日数がかかりそう。素材採取系も、ちょっと遠い……。


「……あー、こういうのはランク足りないか……。これも日数かかりそう。うーん、近場で、すぐ終わって、お金になるやつー……」

「……お、市場パトロール……8000円か。今の私たちには、十分すぎるくらいだね」

「うん。昼間だし、安全そう」

 

 エニが即答した。


「これ、お願いします」

「はい、確認しました。市場広場の北ゲート、正午に集合で!」


 受付のお姉さんがにこっと笑う。


 受付で軽く説明を受けて、簡単なパスを受け取ると、私たちは再び街へと戻った。

 今回の任務は、広い商店街をゆっくり歩きつつ、何かトラブルがあれば対処すること。と言っても、ギルドの人いわく「基本的には道案内や落とし物の対応くらい」らしい。もう完全に街ブラじゃん。

 そして私たちは、石畳に彩られたメインストリートへと足を踏み出した。


「さて、出発ー!」

「はーいっ!」


 ユイカがぴょんっと跳ねる。ぱたぱた動くしっぽが、隣のエニにぽすぽすとぶつかってる。


「ユイカ……くすぐったい……」


 ふたりは顔を見合わせて、ふふっと笑った。

 私の心がじんわりとあったかくなる。


 パトロール中、とくにトラブルはなくて、本当にただのんびりとした街歩きだった。


 これで8000円もらえるなんて、ちょっと申し訳ない気もする。でも、こういう平和な任務があるからこそ、この街の安全が保たれてるのかもしれない。


 小さな子どもが転びそうになって、エニがそっと手を差し伸べて支えたり、あんなに人見知りだったエニが、自然に人助けしてる。昨日エマに声をかけられた経験が、少し自信になったのかな。

 あ、でも、エニはもともと子供と遊ぶの好きだったからそれかな。


 迷子になりかけた子がいて、ユイカが「この子のお母さんは~?」とぴょんぴょん手を振って探したもしていた。


 そんな出来事が、小さな一瞬が私の、私たちの人生を彩っていく。

 歩き疲れて、ちょっと路地に入って腰を下ろした時。


「ねえ、とーこ様」

「ん?」


 ユイカがぺたんと座って、私の顔を見上げて言う。


「こういうお仕事、すごく楽しいですね。助けるって、気持ちがいいです」

「……そっか」


 その無邪気な笑顔に、私はなんだか誇らしいような、ちょっと泣きそうなような気持ちになって、そっと頭を撫でてやった。

 エニも少しずつ積極的になってきてるし、私たち三人、確実に成長してるんだなって実感する。この旅、きっと意味があったんだ。


「さ、もう少し頑張ろうか」

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


 しばらく代わり映えのない日常パート続きますが、物語的に大事だと思ってますので、暖かい目で見守っていただけたらと思います。

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最高過ぎて寝不足 生きがい
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