第72話 「ぺろぺろされてるエニの顔、最高にレアだった」
本日もよろしくお願いします。
ぺろっ。
「ん……?」
ぺろぺろっ、ぺろぺろぺろっ。
「うわっ、ちょ、やっ、顔……顔はやめろってばぁ!」
ばっちり目が覚めた。
目の前には、ぴょこぴょこと揺れる金色の耳と、得意げな顔の小狐――ユイカ。
枕の横から潜り込んで、起きるまでひたすら顔を舐めてくるという執念。なにこのモーニングアタック。
「……もしかして、これ毎朝やる気? やめてね? やめてほしいんだけど?」
「きゅんっ♪」
満面の笑みでしっぽをふるユイカ。完全にやる気だこれ。
私は枕を持ち上げて、ユイカをぺちぺち叩いて抗議してから、ふと隣を見る。
すやすやと寝息を立てている、銀髪の少女。エニはまだ夢の中だ。
「……じゃあ、次はあっち、いっとく?」
私はそっとユイカに耳打ちして、エニのほうをあごでくいっと指す。
「きゅん?」
「うん、起こしてきて。遠慮なく、さっきみたいに」
小さく首をかしげたあと――ユイカは嬉しそうにしっぽをぱたぱたさせて、
そろり、そろりとエニの枕元に近づいていった。
そして、
ぺろっ。
「ん……う……?」
ぺろぺろっ、ぺろぺろぺろっ。
「ふひゃっ!? な、なに!? とーこ!?」
「……私、普段そんな事してないでしょ……!」
ユイカはエニの上にどっしりと乗っかって、尻尾を振りながら舐め続けていた。
「起きるから、やめてユイカ……!」
今日の朝も平和そのもの。何よりだね。
「さ、エニも起きたし、街の散策の続き行く前に、顔べたべただからお風呂行くよー」
きれいさっぱり、フワモフになって、宿の一階で軽い朝食をとってから、私たちは街の散策に出かけた。
宿の朝食は、焼きたてのパンとスープ、それに果物が少し。
ユイカは人型でちゃんと座って食べてるけど、時々狐の本能が出るのか、皿に顔を近づけすぎて女将さんに苦笑いされてた。
通りに出ると、学園都市の空気が、昨日よりもずっと活気に満ちているのがわかる。
石畳の道には、人がいっぱい。買い物袋を提げた学生、教科書を抱えた制服姿の子たち、先生っぽい人に連れられてる見習い魔術師風の少年少女。
なるほど、いろんな学校があるってのは本当らしい。制服のデザインもバラバラだし、年齢層もさまざま。
「とーこ、とーこ。あれ……魔法、かな?」
エニが指さした先では、レンガ造りの校舎の裏手に広がるグラウンドで、白い制服の女の子がありえん長い詠唱とともに杖を振っていた。
シュンッと風が巻き起こり、宙に浮いた的に魔法の矢が突き刺さる。周囲から拍手があがっている。
「おお……普通に授業中っぽいね、あれ」
「すごいね……。あたしもああいうのやってみたいな」
「あれよりすごいの出来てると思うよ?」
その横で、ユイカが私の手を握りながら、きょろきょろと落ち着きなく視線を巡らせていた。
なにかに興味をひかれたらしく、ぐいっと引っ張ってくる。見ると、道沿いの屋台でお肉を焼いてるらしい。
「食べたい?」
「……はい!」
「でも、ダメ。まだ朝ごはん食べたばっかでしょ。朝、私のパンも食べたよね!?」
ぷくっと頬を膨らませるユイカが、しっぽをぱたぱた揺らす。くっそ可愛い。
エニも笑いながら「お昼いっぱい食べよ?」と頭を撫でていた。
陽が傾き始めた学園都市の通り。
金色の光が建物の壁を照らし、石畳の影が長く伸びていた。
「ほんとに、学生の街なんだね……」
私は、道の向こうからわらわらと現れる制服姿の学生たちを見てつぶやいた。
リュックや肩掛けカバンを揺らして、楽しそうに笑い合いながら帰っていく子たち。
年齢も、服装もばらばらだけど、どの子もどこか生き生きしていて――見てるだけでわくわくしてくる。
そんな中、エニはというと
「……」
いつの間にか、私の背中にぴとっとくっついていた。
手は私の服の裾をきゅっと握り、耳はぺたりと倒れている。
ユイカはぴょんこぴょんことエニのすぐ後ろを歩きながら、ふわふわのしっぽを両手でそっと撫でていた。
その柔らかさに、夢中になっている様子で、尻尾が揺れるたびにぴょん、と小さく跳ねる。
結果、私、エニ、ユイカの縦一列――いつも通り。
そのとき。
「ねえ、そこの……銀色のしっぽの子!」
声をかけてきたのは、制服を着た女の子。
栗色の髪をポニーテールに結び、ぱっちりした目が印象的な――たぶん、エニと同い年くらいの子だ。
「私、エマ。……お名前、聞いてもいい?」
少し戸惑いながらも、エニは一歩前に出て、口を開く。
「……エニ」
「エニちゃん!」
ぱあっと笑顔になったエマちゃんが、ぱたぱたと手を振る。エマちゃんの笑顔は本当に屈託がない。エニの獣人の特徴を見ても、全然偏見がないみたい。
「かわいい名前! えっと――」
「エマー! なにやってんのー!」
後ろから、制服姿の女子グループが追いついてくる。
その中のひとりが、笑いながらエマちゃんを呼んだ。
「わ、ごめん! 今行くー!」
エマはエニのほうにもう一度振り返り、
「またね、エニちゃん!」
と元気に言って、手を振って走り去っていった。
取り残されたエニは、ぽかんとした顔で数秒、立ち尽くして――
それから、ほんの少し照れくさそうに、こくんと頷いて右手をひらひら。
声をかけられたこと自体が驚きだったんだろうな。でも、エマちゃんの笑顔が優しくて、エニも少しだけ心を開けたみたい。
……びっくりしたけど、悪くない。そんな空気が、彼女のしっぽに出ていた。
私は何も言わずに、そっとエニの頭をぽんぽんと撫でてやった。
「……よし、宿に戻って、ご飯食べよっか」
エニのしっぽがふわりと揺れる。
そのすぐ後ろで、ユイカがきゅんと鳴いて、追いかけてきた。
赤く染まりはじめた空の下、私たちは、いつも通り――でも、ほんの少しだけ特別な気持ちで、歩き出した。
エニが声をかけられたこと、ユイカが街の雰囲気に慣れてきたこと、小さな変化だけど、確実に前に進んでる気がする。明日はもう少し、積極的に街の人たちと交流してみてもいいかもしれない。
あ、でも実は街をのんびり散策してる場合ではなかったりもする。まあ、明日考えればいいや。
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