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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第5章 狼の耳としっぽ、そして学園
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第70話 「私はこの子を守るって決めたから」

本日もよろしくお願いします。

 宿の部屋に落ち着いて、私は荷物をベッドの上に放り投げると、腰ポーチからガラケーを取り出した。


「さて、リーナたちに無事着いたって報告しとこうかな」


 ぱかっ、と開いてすぐに発信。興味津々なユイカ。「なんですかそれ!」と言わんばかりに目をキラキラさせてる。


 ぷるる、ぷるる、……ぷっ。


 数秒のコールのあと、明るい声が返ってきた。


『は〜い、こちらリーナで〜す』

「とーこです! 学園都市、無事に着きました」

『ああ、とーこちゃん! 良かった〜! なかなか連絡なかったから、どうしたのかと思ったよ。エニちゃんも元気?』

「はい、隣にいます。代わりますね」

「……えっ」


 私はすかさず、頭頂部の狼耳に、そっとガラケーを当ててみた。エニは少し赤くなりながらガラケーを受け取る。


「……もしもし、エニです」

『エニちゃ〜ん、元気そうでよかった〜! 変なやつに絡まれたりしてない?』

「とーことユイカも一緒だから、全然平気だった」

『ユイカ……?』

「あ、エニ代わって!」

「……ん」


 私はガラケーをエニから受け取り、ふたたび口元へ。


「実はですね、最近、旅の仲間が増えたんです」

『へえっ?』

「ユイカって言うんですけど……その……」


 私はちらっと下を見た。私の膝の上にちょこんと座る小さな狐。ふわふわのしっぽが控えめに揺れていた。


「……実は、“焔幻の尾”の子供でして……」

『…………』

「今いるので声聞きます? ユイカー」

「きゅん!」


 ユイカがぴょんっと近づいてくる。


「――ほら」

『いや、ほらじゃなくて!』


 爆発するリーナの声に、私はちょっとだけガラケーを離した。


『焔幻の尾!? あの!? 伝説級の!? ……っていうかどうやって街に入ったの!? え、人の言葉話すの? いやもう、ちょ、ちょっと頭の整理が……!』


 リーナのパニックぶりを聞いてると、改めてユイカがどれだけすごい存在なのかわかる。私にとってはただの可愛い子だけど、この世界の人にとっては伝説の魔物。そのギャップが、なんだか不思議な気持ちにさせる。


「学園都市への道中出会ったんです」

『え〜!?』


 わちゃわちゃと声が交錯する中、ユイカは「きゅん?」と首をかしげている。エニも隣で、くすくす笑っていた。


『いやでもさ!? ほんとに!? あの幻術と火を使う9つ尾の魔物――焔幻の尾の子供!?』

「はい。しっぽ、ちゃんと九本ありますよ?」

『そ、そんな軽いノリで……!』


 耳の向こうで、リーナがパニック気味にうろうろしてるのが見えるようだった。


『で、でも……その子、大丈夫なの?』


「はい。普段は乗れるくらい大っきいですけど、ちゃんと喋れるし、人型にもなれます。すっごく素直で、エニのしっぽにばっかりじゃれついてます」

「きゅんっ!」


 横から元気な声が響くと、リーナの声がぴたりと止まった。


『なるほどね……あーびっくりした。じゃあ、街には人型になって入ったんだ?』

「そうです」


 私はちらっとふたりを見る。

 エニはユイカのしっぽをなでなでしていて、ユイカはそれに「きゅん♡」と喉を鳴らしていた。


 ――うん、平和。


「そっちはどうですか?」

『ああ、私たち? 私たちはクラスアップのための修行中なんだ〜』

「クラスアップ?」

『そう、星5になるためのね』

「えっ……!」

『星5冒険者になると、いろんな任務が選べるようになるし、“あの件”にももっと深く関われるようになるかもしれないから』


 あの件――私は、思わず表情を引き締めた。


「……赤い目、ですか?」

『うん。まだ確証はないけど、動きがあるかもしれないって』

「……気をつけてくださいね」

『そっちこそ、え? 代われって? いいけど……』


 しばらくの間があって――


『……とーこちゃん』


 ガラケーの向こうから、ミレイの落ち着いた声が聞こえた。その声は、静かに、しかし深く沈んでいた。


『魔物を連れて街を歩くということが、どういう意味か……わかってる?』


 私は一瞬、言葉を失う。


『その子が人型になれるってのは聞こえてた。でも、いつ、どんな拍子で元の姿に戻ってしまうか――それは、本人にだって予測できないの』

 

「……はい」


『そして、もしその瞬間を誰かに見られたら。ただの狐なんて思ってくれる人は、まずいないわ』

 

「……」


『人間に害を成す“魔物”として、排除される。見逃してもらえると思ってはダメ。……それだけの存在を、今、街の中に入れてるの』


 ミレイの声は、感情を抑えていたけど、それでもわかる。この言葉は、叱責じゃない。警告だった。

 隣でエニが、少し不安そうな顔をしているのが見えた。ユイカは私の膝の上でのんびりとしっぽを揺らしている。


 私は息をのんだ。わかっていたこと。それでも、口にされると――痛いくらい現実を突きつけられる。


『それに』

「……はい」


『その魔物を、都市の中にわざと連れ込んだって思われたら……あなたも罪に問われる。知らなかった、じゃ済まされないわ』


 ミレイの声色は変わらない。

 ただ、淡々と現実を突きつけてくる。


『魔物も守ろうとするのは立派なことだと思う。でも、人型になれても、どんなに可愛くても、魔物は魔物よ。世の中ではやっぱり魔物は悪なの』


 私はつい、ユイカの可愛さや無邪気さに惑わされて、この世界の常識を忘れがちになる。魔物は悪なんだ……。

 静かに、けれど鋭く、ミレイは続ける。


『とーこは、覚悟の上で、それを仲間にしたの?』


 胸の奥に、小さく刺さるような痛み。

 心のどこかで、私もわかっていた。ユイカと一緒にいることの危険を。

 でも、あの子の笑顔を見ていると、そんなこと考えたくなくて、現実から目を逸らしていたのかもしれない。

 

 わかってる。ユイカがただの狐でもなく、ただの子供でもなくて、いろんな意味で「危険」でもあるってこと。

 魔法の威力や身体の大きさだって私がこの目で見た。


 でも、それでも、私は。


「……もちろんです」


 ゆっくりと、私はガラケーの向こうに返す。


「どんなことがあっても、絶対に、ユイカは私が守ります。この子は……大切な仲間ですから」

『なら、いいわ』

「……え?」

『とーこがそう言うなら、信じるわ』


 少しだけ、優しい声になった。


『あなたなら大丈夫ね』


 ふっと笑う声が聞こえて、ようやく私も、肩の力が、抜けた気がした。


「……ありがとう、ミレイ」

『くれぐれも気をつけてね』

「はい」

『……って、あ、やば。ミレイ、そろそろ時間! 次の訓練!』


 ガラケーの奥でリーナの声が響く。

 

『とーこちゃん、また連絡ちょうだいね! 今度ユイカちゃん紹介して〜!』

「は、はい!」


 ぴっ。


 通信が切れて、部屋に静けさが戻る。

 私はガラケーをぱたんと閉じて、ふぅと息をついた。


「……さて、そろそろギルド行きますか〜」


 私は大きく伸びをして、振り返った。


「……って、ゴロゴロしすぎて寝そうになってるやつがいる〜!」

「きゅん……」


 目を細めてとろけてるユイカを見て、エニと私は顔を見合わせて、笑った。


 この子が“ただの魔物”なんかじゃないってこと――私たちが一番よく知ってる。


 エニがそっとユイカの頭を撫でる。まるでユイカを安心させるように。でも、本当はエニも不安なんじゃないかな。

 それでも、ユイカを守ろうとする気持ちは私と同じ。ユイカと一緒にいる意味を、改めて感じた。

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


 エニ&ミレイが会話の内容聞いてるってことは、とーことリーナが話してるときにだいぶ近い距離にいる。頭と頭はくっつく距離。

 二人とも可愛いね

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