第70話 「私はこの子を守るって決めたから」
本日もよろしくお願いします。
宿の部屋に落ち着いて、私は荷物をベッドの上に放り投げると、腰ポーチからガラケーを取り出した。
「さて、リーナたちに無事着いたって報告しとこうかな」
ぱかっ、と開いてすぐに発信。興味津々なユイカ。「なんですかそれ!」と言わんばかりに目をキラキラさせてる。
ぷるる、ぷるる、……ぷっ。
数秒のコールのあと、明るい声が返ってきた。
『は〜い、こちらリーナで〜す』
「とーこです! 学園都市、無事に着きました」
『ああ、とーこちゃん! 良かった〜! なかなか連絡なかったから、どうしたのかと思ったよ。エニちゃんも元気?』
「はい、隣にいます。代わりますね」
「……えっ」
私はすかさず、頭頂部の狼耳に、そっとガラケーを当ててみた。エニは少し赤くなりながらガラケーを受け取る。
「……もしもし、エニです」
『エニちゃ〜ん、元気そうでよかった〜! 変なやつに絡まれたりしてない?』
「とーことユイカも一緒だから、全然平気だった」
『ユイカ……?』
「あ、エニ代わって!」
「……ん」
私はガラケーをエニから受け取り、ふたたび口元へ。
「実はですね、最近、旅の仲間が増えたんです」
『へえっ?』
「ユイカって言うんですけど……その……」
私はちらっと下を見た。私の膝の上にちょこんと座る小さな狐。ふわふわのしっぽが控えめに揺れていた。
「……実は、“焔幻の尾”の子供でして……」
『…………』
「今いるので声聞きます? ユイカー」
「きゅん!」
ユイカがぴょんっと近づいてくる。
「――ほら」
『いや、ほらじゃなくて!』
爆発するリーナの声に、私はちょっとだけガラケーを離した。
『焔幻の尾!? あの!? 伝説級の!? ……っていうかどうやって街に入ったの!? え、人の言葉話すの? いやもう、ちょ、ちょっと頭の整理が……!』
リーナのパニックぶりを聞いてると、改めてユイカがどれだけすごい存在なのかわかる。私にとってはただの可愛い子だけど、この世界の人にとっては伝説の魔物。そのギャップが、なんだか不思議な気持ちにさせる。
「学園都市への道中出会ったんです」
『え〜!?』
わちゃわちゃと声が交錯する中、ユイカは「きゅん?」と首をかしげている。エニも隣で、くすくす笑っていた。
『いやでもさ!? ほんとに!? あの幻術と火を使う9つ尾の魔物――焔幻の尾の子供!?』
「はい。しっぽ、ちゃんと九本ありますよ?」
『そ、そんな軽いノリで……!』
耳の向こうで、リーナがパニック気味にうろうろしてるのが見えるようだった。
『で、でも……その子、大丈夫なの?』
「はい。普段は乗れるくらい大っきいですけど、ちゃんと喋れるし、人型にもなれます。すっごく素直で、エニのしっぽにばっかりじゃれついてます」
「きゅんっ!」
横から元気な声が響くと、リーナの声がぴたりと止まった。
『なるほどね……あーびっくりした。じゃあ、街には人型になって入ったんだ?』
「そうです」
私はちらっとふたりを見る。
エニはユイカのしっぽをなでなでしていて、ユイカはそれに「きゅん♡」と喉を鳴らしていた。
――うん、平和。
「そっちはどうですか?」
『ああ、私たち? 私たちはクラスアップのための修行中なんだ〜』
「クラスアップ?」
『そう、星5になるためのね』
「えっ……!」
『星5冒険者になると、いろんな任務が選べるようになるし、“あの件”にももっと深く関われるようになるかもしれないから』
あの件――私は、思わず表情を引き締めた。
「……赤い目、ですか?」
『うん。まだ確証はないけど、動きがあるかもしれないって』
「……気をつけてくださいね」
『そっちこそ、え? 代われって? いいけど……』
しばらくの間があって――
『……とーこちゃん』
ガラケーの向こうから、ミレイの落ち着いた声が聞こえた。その声は、静かに、しかし深く沈んでいた。
『魔物を連れて街を歩くということが、どういう意味か……わかってる?』
私は一瞬、言葉を失う。
『その子が人型になれるってのは聞こえてた。でも、いつ、どんな拍子で元の姿に戻ってしまうか――それは、本人にだって予測できないの』
「……はい」
『そして、もしその瞬間を誰かに見られたら。ただの狐なんて思ってくれる人は、まずいないわ』
「……」
『人間に害を成す“魔物”として、排除される。見逃してもらえると思ってはダメ。……それだけの存在を、今、街の中に入れてるの』
ミレイの声は、感情を抑えていたけど、それでもわかる。この言葉は、叱責じゃない。警告だった。
隣でエニが、少し不安そうな顔をしているのが見えた。ユイカは私の膝の上でのんびりとしっぽを揺らしている。
私は息をのんだ。わかっていたこと。それでも、口にされると――痛いくらい現実を突きつけられる。
『それに』
「……はい」
『その魔物を、都市の中にわざと連れ込んだって思われたら……あなたも罪に問われる。知らなかった、じゃ済まされないわ』
ミレイの声色は変わらない。
ただ、淡々と現実を突きつけてくる。
『魔物も守ろうとするのは立派なことだと思う。でも、人型になれても、どんなに可愛くても、魔物は魔物よ。世の中ではやっぱり魔物は悪なの』
私はつい、ユイカの可愛さや無邪気さに惑わされて、この世界の常識を忘れがちになる。魔物は悪なんだ……。
静かに、けれど鋭く、ミレイは続ける。
『とーこは、覚悟の上で、それを仲間にしたの?』
胸の奥に、小さく刺さるような痛み。
心のどこかで、私もわかっていた。ユイカと一緒にいることの危険を。
でも、あの子の笑顔を見ていると、そんなこと考えたくなくて、現実から目を逸らしていたのかもしれない。
わかってる。ユイカがただの狐でもなく、ただの子供でもなくて、いろんな意味で「危険」でもあるってこと。
魔法の威力や身体の大きさだって私がこの目で見た。
でも、それでも、私は。
「……もちろんです」
ゆっくりと、私はガラケーの向こうに返す。
「どんなことがあっても、絶対に、ユイカは私が守ります。この子は……大切な仲間ですから」
『なら、いいわ』
「……え?」
『とーこがそう言うなら、信じるわ』
少しだけ、優しい声になった。
『あなたなら大丈夫ね』
ふっと笑う声が聞こえて、ようやく私も、肩の力が、抜けた気がした。
「……ありがとう、ミレイ」
『くれぐれも気をつけてね』
「はい」
『……って、あ、やば。ミレイ、そろそろ時間! 次の訓練!』
ガラケーの奥でリーナの声が響く。
『とーこちゃん、また連絡ちょうだいね! 今度ユイカちゃん紹介して〜!』
「は、はい!」
ぴっ。
通信が切れて、部屋に静けさが戻る。
私はガラケーをぱたんと閉じて、ふぅと息をついた。
「……さて、そろそろギルド行きますか〜」
私は大きく伸びをして、振り返った。
「……って、ゴロゴロしすぎて寝そうになってるやつがいる〜!」
「きゅん……」
目を細めてとろけてるユイカを見て、エニと私は顔を見合わせて、笑った。
この子が“ただの魔物”なんかじゃないってこと――私たちが一番よく知ってる。
エニがそっとユイカの頭を撫でる。まるでユイカを安心させるように。でも、本当はエニも不安なんじゃないかな。
それでも、ユイカを守ろうとする気持ちは私と同じ。ユイカと一緒にいる意味を、改めて感じた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
エニ&ミレイが会話の内容聞いてるってことは、とーことリーナが話してるときにだいぶ近い距離にいる。頭と頭はくっつく距離。
二人とも可愛いね