第69話 「たまには荷物も気も下ろさなきゃ」
本日もよろしくお願いします。
暑すぎてぐうたら。
私は木のドアを押し、カラン、とベルを鳴らして中へ入る。
中に入ると、木の温もりと、かすかにハーブの香りが漂っていた。カウンターには小さな花が飾られていて、壁には宿泊客が残したらしい寄せ書きや絵がたくさん貼られている。
「いらっしゃい!」
奥から聞こえたのは、明るく元気な女性の声だった。
カウンターの奥にいたのは、ふっくらとした年配の女性。髪を後ろでまとめてエプロンをつけた、親しみやすい笑顔の人だった。
女将さんの目が、ユイカとエニの特徴をさりげなく見ている。でも、嫌な感じはまったくなくて、むしろ「珍しいお客さんが来たわ」という好奇心と歓迎の気持ちが伝わってくる。
「おやおや、かわいらしいお客さんたちだねぇ。来年入学の予定かい?」
そう言って笑いかけてきた女将さんに、エニとユイカが──
「「……ぽかん」」
まるで合わせたように、ふたりして目を丸くする。
私は思わず笑って、首を振った。
「いえ、旅の途中で。この子たちに、同年代のお友達ができたらいいなって思って、ちょっと寄ってみたんです」
おばちゃんは目を細めて、うんうんと頷いた。
「それはいいねぇ。せっかくだし、この街、満喫していくといいよ。見どころも多いし、子ども同士の集まりや遊び場もあるからねぇ」
その言葉に、ユイカがきらきらした目でこちらを見る。
エニはちょっと恥ずかしそうに私の後ろに隠れる仕草をして、それがまたとんでもなく可愛かった。新しい場所、知らない人。エニにとってはまだ緊張する状況なんだろうな。でも、私がいれば大丈夫って思ってくれてるのが、嬉しい。
「三人一部屋がご希望かい?」
「はい。あんまり広くなくても大丈夫です」
「ちょうど旅人用の部屋が空いてるよ。二階にあるんだけど、どうする? 見てみる?」
「ぜひお願いします」
「よしよし。じゃあこっちおいでー」
おばちゃんに案内されて、ぎしぎしと鳴る階段をのぼる。
その途中でも、エニは不安そうに手すりを握りしめて、ユイカはと階段の板の模様を指でなぞって遊んでいた。
──ほんと、なんでも楽しいんだなこの子は。
案内された部屋は、三人が寝るにはちょうどよさそうな広さだった。
窓からは街の屋根が見えて、昼下がりの陽光がカーテン越しに差し込んでいる。
ベッドが二つと、小さな簡易ベッドがひとつ。それに、木製のテーブルと椅子が二脚。
とてもこぢんまりしているけれど、どこか落ち着く空気があった。
やっと、三人だけの空間に戻れた。外では注目を浴びっぱなしだったから、ちょっと疲れてたのかも。
「ふかふかですー!」
ユイカがぴょんっとベッドに飛び乗って、うきうきと跳ねる。
そしてそのまま、顔をうずめて「んー……いいにおい」なんて言いながらごろごろと転がった。
エニが慌ててユイカを止めようとするけど、しっぽをつかんで引っ張られたユイカが「きゃっ」と可愛くひっくり返って、ふたりでふかふかベッドの上でくすぐり合いの小競り合いになった。
──いや、可愛すぎて何も言えない。
私は微笑みながら、テーブルに荷物を下ろした。
「じゃあ、ちょっと休んだらギルドにも寄ってみよっか」
「うん。……でも、ちょっとだけゴロゴロしてていい?」
「ゴロゴロしてたいです!」
エニとユイカがしっぽをぱたぱた揺らしながらこっちを見てきて、私は笑って頷いた。
「いいよ。今日は移動ばっかりだったしね」
ユイカはすでに小狐モードになっていて、私の胸に飛び込んでくる。
人型を維持するのって、やっぱり疲れるのかな。こうして小さくなって甘えてくるユイカを見てると、まだまだ子供なんだなって思う。エニも、ベッドの端に座って、ほっと一息ついてる。
「きゅん!」
「ん〜、どうしたの?」
「……一緒にゴロゴロしようだって」
エニが淡々と訳してくれる。
そのひと言に、私も自然と微笑んでしまう。
この街はエニとユイカにとって、新しい世界を知る良い機会になりそうだ。そして私にとっても、この世界での生活をもっと深く理解する時間になるかもしれない。
そんな予感を胸に、私はそっと、窓の外の空を見上げた。
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とーこ「エニは狼になれたりしないの?」
エニ「……」
とーこ「ごめんなさい。聞いてみただけです。そんな顔しないで、ほら、ユイカがびびってる」
ユイカ「きゅ」
エニ「とーこが変な事言うのが悪い」
とーこ「今のエニが嫌って意味じゃないよ〜泣」