第7話 「こんなところに天使がいた!」
本日もよろしくお願いします。
村で過ごした一週間は、本当にあっという間だった。畑の手伝いをしたり、宿屋の掃除を手伝ったり、子供たちと遊んだり――。
毎日が穏やかで、心地よくて、まるで長年住んでいたかのような気持ちになった。
でも、私にはひとつ気になっていることがあった。
「この先、安定してお金を稼げる方法ってありますかね?」
村に来て四日目のこと。私は宿屋の店主に相談を持ちかけた。
「あんたたち、旅をするつもりなんでしょ? なら、この村を北に進めば首都があるよ」
この村はフェルゼン王国の南端に位置しているらしい。
たしか村の入り口に緑と白のストライプの中心に、金色の果実が実る樹木が描かれていた旗があったような。あれが王国の紋章だったのかぁ。
「それとね、冒険者ギルドっていうのがあるのよ」
その言葉に、私はピクリと反応する。
「冒険者ギルド?」
アニメや漫画でよく聞く、あれ。
依頼を受けて報酬をもらったり、魔物の素材を売ったり……。
冒険者ギルド――ロマンのある響きだ。私たちの旅の目標が1つ決まった瞬間だった。
「冒険者になるのが一番いいかもねぇ。あんたみたいに魔物を吹き飛ばせるなら、きっとすぐ稼げるよ。それにどこかに腰を据えるわけじゃないんでしょ?」
「そうですね。いろんなところを見て回りたいなって思ってます」
「じゃあ、冒険者になるのが良いかもね。それで、エニちゃんも冒険者になるのかい?」
私は外を見る。
子供たちに追いかけられながらも、どこか楽しそうに駆け回るエニの姿があった。
少し前までは怯えた表情しか見せなかったのに、今ではもうすっかり馴染んでいる。
「これから二人で考えてみます。教えてくださって、ありがとうございます」
「いいさいいさ! ほんとは、ずっとこの村にいてほしいくらいだけどねぇ」
「ふふ、気持ちだけ受け取っておきます」
朝日がカーテンの隙間から差し込み、寝ぼけた私たちをじわじわと追い詰めていく。
隣を見ると、案の定、エニが私の胸に顔をうずめて丸まっていた。すっかり定位置になったな……。
ピコピコと動く耳、安定した寝息。誰がどう見ても、起こす気力が失われる可愛さである。でも今日は起こさねば。
「エニ、起きて。今日は出発の日だよ」
そっと肩を揺らすと、エニは小さく唸りながら身をすり寄せてくる。
耳がふにゃりと倒れ、布団の中でもぞもぞと動く。
「……やだ。眠い」
私の胸元に鼻を押しつけたまま、彼女はかすれた声で呟いた。
まるで「ここが私の場所だ」と言わんばかりの態度だった。
尻尾が布団の下でくるりと私の足に巻きついてくる。
「今日は二度寝しないよ! マーサさんが服を作って待っていてくれてるんだから」
私が笑いながらエニの耳を撫でると、ふわふわの尻尾がふにゃんと揺れた。
「……とーこも寝よ?」
「そんな可愛く言ってもダメ」
「……一緒に寝よ」
寝ぼけた声と共に、私にぎゅうっとしがみつくエニ。
そう、私は知っている。このパターンに勝てた試しがない。
「おはよう! ねぼすけたち!」
まんまと二度寝していたら、村長――マーサさんが、タイガーベアの毛で作った服を宿まで届けてくれた。
「ほら、お待ちかねの新しい服だよ!」
包みを開けると、中には黒を基調としたチュニックとパンツが入っていた。
「わぁ……すごく綺麗」
私はそっと服を手に取る。生地はしっかりしていて、それでいて動きやすそうだ。
「塔子ちゃんのはシンプルなパンツスタイル。旅にはピッタリだよ」
マーサさんが指差すのは、ほどよくゆったりした黒いロングパンツ。丈夫で、多少汚れても気にならなさそうだ。
しかし、問題は――
「エニ……!! かわいい! すっごく可愛い!!」
エニの服が、想像以上に凝っていた。
黒いチュニックに、ショートパンツ&タイツの組み合わせ。
細身のシルエットに合わせたデザインで、まるでエニのために仕立てられたような一着。
銀の刺繍がさりげなく装飾されていて、彼女の長い銀髪と見事に調和している。
なにより、尻尾が通せる特製仕様になっているのが最高に可愛い。
エニは少し頬を赤らめながら、くるりと回って見せた。
ふわりと揺れる髪と尻尾。
ほんのりと微笑む表情。
耳がぴょこんと立ち、嬉しさを隠しきれない様子。
……びっくりした。ただのエニか。天使かと思った。
「……嬉しい」
エニの小さな呟きに、私は力強く頷くことしかできなかった。
「昨日、エニちゃんがね、こっそり私のところに来てね。髪の毛を少し置いていったんだよ」
村長の言葉に、私は思わず固まる。
「……お揃いにしてくれって」
衝撃。
いや、そんなん聞いたら、にやけるに決まってるじゃん。
私は首元の刺繍を指でそっとなぞった。
これ、エニの髪でできてるんだ……。
「ほら、そんな顔してないで、早く行きな。エニちゃんはもう先に行っちゃったよ」
村長に背中を押され、私は急いで部屋を出た。
……危なかった。尻尾があったら、千切れるくらい振ってた自信がある。
服を受け取った後、村の人たちが集まり、私たちの旅立ちを見送ってくれた。
マーサさんは、大きなリュックを私たちに手渡す。
「旅の準備もしておいたよ。村の保存食や水袋、薬草なんかも入ってるからね」
「ありがとうございます……!」
リュックの中を覗くと、干し肉やパン、村で採れた果物、簡単な調理器具まで揃っていた。
「こんなにいただいちゃっていいんですか?」
「なーに、あんたたちは村の恩人だろ?」
マーサさんは笑いながら、私たちの肩をぽんっと叩いた。
子供たちも駆け寄ってくる。
「エニねえちゃん、また来てね!」
エニは目を瞬かせると、少し戸惑いながらも、そっと頷いた。
「……うん、またね」
村の入り口へ向かう途中、エニは私の手をそっと握る。
「よし、行こっか」
「……うん」
村の人々に手を振りながら、私たちはゆっくりと歩き出した。
新しい服に身を包み、大きなリュックを背負い、初めての本格的な旅が始まる――。
「首都についたら、まずは冒険者ギルドに行ってみようか」
「……うん。とーこと一緒なら大丈夫」
この旅がどんなものになるのか、まだ分からない。
でも、天使。ああ、間違えた。エニが隣にいるなら、きっと大丈夫だ。
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