表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/103

きゅん!

本日もよろしくお願いします。


 こわかった。


 森が燃えていた。空が真っ赤だった。煙の匂いが、鼻の奥にずっと残ってる。


 おかあさんが、「にげて」って言った。

 おかあさんは、あたたかかった。

 

 でも、あの赤い光を見たとき――いなくなった。


「赤い目」は、きらい。おかあさんとは違う汚い赤い目。

 

 こわい。

 だいっきらい。


 しっぽがいたい。

 ひだりのあしも、やけどした。

 まっすぐ歩けなくなって、でも、走らなきゃいけなくて。それでも生きなきゃって思った。


 だって、おかあさんが、「生きて」って言ったから。


 だから逃げた。逃げて、逃げて、逃げた。


 森をさまよって、木の根元にうずくまって。

 何度も寝て、何度も起きて、でも夢じゃなかった。

 小さな虫の声が、胸の奥をつついてくるようだった。

 どこにいても、心がぐらぐらしていた。


 何日も何日も、ひとりぼっちだった。


 ときどき、風がふいて木がざわざわ鳴ると、「赤い目」かと思って耳をすました。

 でも、そこには何もいなくて。葉っぱがひとつ、くるくると目の前に落ちてきた。


 おなかがすいて、かなしみでつぶれそう。


 でも、どこかに、あたたかい場所があるって、信じたかったから。


 森の奥で、魔物がいた。

 その魔物も赤い目をしてた。


 にげなきゃって思ったけど――もう足が痛い。

 それでも走った。


 たすけて。

 だれか、だれか、たすけて。


 そう心の中で何度も叫んで、にげて、にげて、にげた。


 にげた先にいたのは――にんげんだった。


 とってもやさしい目の。


「……きゅん!」


 気がついたら、その胸に飛び込んでいた。

 なにも考えてなかった。

 ただ、なにかに、だれかに、すがりたくて。


 それが、あのときのすべてだった。

 はじめて、ひとりじゃないって思えた。

 それからの日々は、ふわふわしていて、とてもあたたかかった。


 干し肉をくれた――エニ様は、こわくなかった。

 ふわふわのしっぽがあたたかくて、甘い声をしていた。


 とーこ様は、ちょっと変わってたけど、そっとなでてくれたとき、心がふわってやわらかくなった。


 どこにもいきたくなかった。

 このぬくもりと一緒にいたかった。


 とーこ様が名前をくれた。


 ユイカって、呼んでくれた。


 名前をもらった。

 それは、はじめてのことで。

 なんだか、なみだが出そうだった。


 とーこ様が言った。

 

「いっぱい食べて、大きくなってね」って。


 毎日、ふたりに囲まれて、食べて、遊んで、笑って。

 ときどき、あまえて、だっこしてもらって。


 からだが大きくなって、足音が重くなって、でも、ふたりは笑ってくれた。


 とーこ様とエニ様が、街に入るって言ったとき、このままだとだめだって言った。

 だから、お願いされたとき、「がんばろう」って思った。


 わたしは、もっと役に立ちたくて。

 そして……人の姿にも、なれるようになった。

 

 ――ふたりと、いっしょにいたいから。


 ふたりが「可愛い」って言ってくれたとき、胸がきゅってして、あたたかくなった。


 うれしかった。

 とても、うれしかった。


 ユイカって呼ばれるたび、とーこ様の声が、魔法みたいに心に響いた。


 その名前が、生きる意味になった。


 心の中には、「こわい」がある。

 でも、「だいじょうぶ」って言えるようになったのは、ふたりがいてくれたから。


 だから、これからもとーこ様と、エニ様と、いっしょに生きていく。


 どこに行っても、なにがあっても。ふたりが守ってくれたみたいに、今度はふたりを守りたい。

 大きくなったこの体で、この心で。

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ