きゅん!
本日もよろしくお願いします。
こわかった。
森が燃えていた。空が真っ赤だった。煙の匂いが、鼻の奥にずっと残ってる。
おかあさんが、「にげて」って言った。
おかあさんは、あたたかかった。
でも、あの赤い光を見たとき――いなくなった。
「赤い目」は、きらい。おかあさんとは違う汚い赤い目。
こわい。
だいっきらい。
しっぽがいたい。
ひだりのあしも、やけどした。
まっすぐ歩けなくなって、でも、走らなきゃいけなくて。それでも生きなきゃって思った。
だって、おかあさんが、「生きて」って言ったから。
だから逃げた。逃げて、逃げて、逃げた。
森をさまよって、木の根元にうずくまって。
何度も寝て、何度も起きて、でも夢じゃなかった。
小さな虫の声が、胸の奥をつついてくるようだった。
どこにいても、心がぐらぐらしていた。
何日も何日も、ひとりぼっちだった。
ときどき、風がふいて木がざわざわ鳴ると、「赤い目」かと思って耳をすました。
でも、そこには何もいなくて。葉っぱがひとつ、くるくると目の前に落ちてきた。
おなかがすいて、かなしみでつぶれそう。
でも、どこかに、あたたかい場所があるって、信じたかったから。
森の奥で、魔物がいた。
その魔物も赤い目をしてた。
にげなきゃって思ったけど――もう足が痛い。
それでも走った。
たすけて。
だれか、だれか、たすけて。
そう心の中で何度も叫んで、にげて、にげて、にげた。
にげた先にいたのは――にんげんだった。
とってもやさしい目の。
「……きゅん!」
気がついたら、その胸に飛び込んでいた。
なにも考えてなかった。
ただ、なにかに、だれかに、すがりたくて。
それが、あのときのすべてだった。
はじめて、ひとりじゃないって思えた。
それからの日々は、ふわふわしていて、とてもあたたかかった。
干し肉をくれた――エニ様は、こわくなかった。
ふわふわのしっぽがあたたかくて、甘い声をしていた。
とーこ様は、ちょっと変わってたけど、そっとなでてくれたとき、心がふわってやわらかくなった。
どこにもいきたくなかった。
このぬくもりと一緒にいたかった。
とーこ様が名前をくれた。
ユイカって、呼んでくれた。
名前をもらった。
それは、はじめてのことで。
なんだか、なみだが出そうだった。
とーこ様が言った。
「いっぱい食べて、大きくなってね」って。
毎日、ふたりに囲まれて、食べて、遊んで、笑って。
ときどき、あまえて、だっこしてもらって。
からだが大きくなって、足音が重くなって、でも、ふたりは笑ってくれた。
とーこ様とエニ様が、街に入るって言ったとき、このままだとだめだって言った。
だから、お願いされたとき、「がんばろう」って思った。
わたしは、もっと役に立ちたくて。
そして……人の姿にも、なれるようになった。
――ふたりと、いっしょにいたいから。
ふたりが「可愛い」って言ってくれたとき、胸がきゅってして、あたたかくなった。
うれしかった。
とても、うれしかった。
ユイカって呼ばれるたび、とーこ様の声が、魔法みたいに心に響いた。
その名前が、生きる意味になった。
心の中には、「こわい」がある。
でも、「だいじょうぶ」って言えるようになったのは、ふたりがいてくれたから。
だから、これからもとーこ様と、エニ様と、いっしょに生きていく。
どこに行っても、なにがあっても。ふたりが守ってくれたみたいに、今度はふたりを守りたい。
大きくなったこの体で、この心で。
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