第67話 「あれが流れ星だよ!!」
本日もよろしくお願いします。
ふたりでユイカをしばらく撫でまくって、ようやく気持ちが落ち着いた頃。
エニは空を見上げた。
「……日が沈むね」
「山のてっぺんまで行こっか。そこまで行けば、たぶん……見えてくるよ学園都市」
「……ん」
「さ、もう少し頑張ろ」
私は手を差し出す。エニは一瞬目を丸くした後、嬉しそうに手を繋いでくれた。
指先があたたかい。
そのぬくもりだけで、寒い山の空気さえも忘れそうになる。
山道は少し険しい。でも、空気は澄んでいて、静かで、どこか神聖な雰囲気があった。
小鳥の声も、風のささやきも消えていて、世界に私たちだけが取り残されたような感覚。
ユイカも、てっこてっこと後ろをついてくる。
その姿はやっぱりシュールで、でも可愛くて、思わず笑みがこぼれた。でっかいなあユイカ。
空の色は、藍と金のグラデーション。
夕焼けの朱が、山の稜線を照らしながら、だんだんと夜の帳に吸い込まれていく。
草原に落ちる光が、金の絨毯のように波打っていた。
そして──
「……ついた」
山のてっぺんにたどり着いた私たちは、自然と足を止める。目の前に広がる景色に、言葉は必要なかった。
遠く、遠くまで広がる灯りの海。
高く積まれた石造りの塔、整然とした街並み。
夜に浮かぶその都市は、まるで宝石をちりばめたように美しく、幻想的で、どこか懐かしい雰囲気を漂わせていた。
あそこで、私たちはどんな日々を過ごすのだろう。新しい出会いも、困難も、きっと待っている。でも——エニと一緒なら、大丈夫。
「……きれい……」と、エニがつぶやく。
私はそっと、彼女の手を握り直した。
「あ! 見てエニ!」
そう言って、私は空を指差した。
紺碧に染まりきった夜空に、一筋の光が、静かに流れていく。
――流れ星。
「……エニ、見えた?」
「ちょっとだけ」
すっと消えそうになったそれを、私はすぐに追いかけるように目で追って、口を開いた。
「私の世界ではね、流れ星が流れてる間にお願いごとを3回言うと……叶うんだよ?」
エニがきょとんと、私を見上げる。
「……3回も?」
「うん。時間との勝負ってやつ。けっこう難しいよ」
「……難しそう」
そう言いながらも、エニが私を見つめて笑った。
その笑顔が、星よりも眩しくて、胸がきゅうっとなる。
──そのときだった。
「……あっ」
エニが、空を指差した。
「とーこ! 来た!」
空を駆ける、もうひとつの流れ星。
「エニ! 早く早く!」
エニが、小さく息を吸って──
「とーこと一緒にいられますようにっ、とーこと一緒にいられますようにっ、とーこと一緒にいられますようにっ!」
願いごと、三連発。全力で。
私は、ぽかんと見つめていた。
空から降り注いだ、金色の流れ星。
それが溶けて消えていくのを見届けたあと、エニは私の方を向いて、ちょっと照れくさそうに笑った。
「……間に合った?」
私は、ふっと目を細めて笑う。
「そんなの、お願いしなくても叶えてあげるよ」
そう言って、そっとエニの頬に手を伸ばす。
初めて出会った森で、怯えていたエニ。首都で困惑していたエニ。そして今、こうして私を真っ直ぐ見つめてくれるエニ。一緒に歩んできた時間が、愛おしくてたまらない。
ふわふわの髪が風に揺れて、耳がぴくっと動いた。
エニの目が、まっすぐに私を見つめる。
「何があっても、ずっと一緒にいてあげる。そう言ったでしょ?」
たとえ世界が私たちを引き離そうとしても、どんな試練が待っていても——この気持ちだけは、絶対に変わらない。
「……じゃあ、一生のお願い」
その言葉に、心臓が跳ねた。一生。エニが口にしたその重みに、息が止まりそうになる。
「ふふっ、了解しました」
私は手を強く握り返す。
心の奥からあふれてくる想いに、自然と頬が緩んでいた。
そのとき、ユイカがふわりとあくびをした。
伝説の魔物だなんて、全然実感がわかない。今はただ、眠そうな子供にしか見えない。
でっかい体をゆるゆると地面に横たえて、丸まるようにして寝転がる。
「きゅん……」
「……寝よっか」
「……うん」
ぴったりと並んで座る私とエニの頭上で、星たちが、またひとつ流れていった。
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最近暑すぎる