第66話 「うちの子、火力バグってるんだけど……」
本日もよろしくお願いします。
最近暑いし、じめじめで嫌だね
山道を進むにつれて、空気が少しずつ変わっていく。
背後に小さくなっていく街を振り返り、私は前を見据える。視界の先には、険しくうねる山の稜線。そして──
ぴょこ、ぴょこ。
ぴこぴこ動く獣耳。
和装姿のユイカが、私とエニの間を軽やかに歩いていた。
「……けっこうな登り坂だね」
「うん……でも、まだ平気」
「きゅん!」
背後で、エニと並んで歩いていたユイカが声をあげて、元気にしっぽを揺らす。人型でもたまに鳴き声出ちゃうのがまじで可愛い。
「にしても……」
私はちょっと首をかしげた。
「この辺、妙に静かじゃない?」
山道に入ってからというもの、鳥の鳴き声も、虫の気配も、まるで失われたような静寂があたりを支配していた。
ぴたり、とユイカが足を止める。
その大きな耳が、ぴくぴくと反応して、しっぽがぴたりと止まった。
「……ユイカ?」
「なにかいます……」
ユイカが前方をにらむ。
その瞬間──
がさっ。
茂みの中から、信じられないほど太い、黒光りする何かが這い出してきた。
「えっ……!?」
私は反射的に一歩下がる。
エニも、目を見開いたまま硬直していた。
それは――巨大なヘビだった。
体長は十メートルを優に超えている。とぐろを巻くたびに、地面が沈み、木々がなぎ倒される。
うろこは黒曜石のように鈍く輝き、牙は短剣のように鋭い。
何よりその瞳。
赤く、ぎらついた目が、私たちをじろりと見据えていた。ぐわっ、と口を開いた魔物が、とぐろを解いて突っ込んでくる。
そのあまりの勢いに、私は体がすくんだ。
ユイカの体が、ばちっ、と光を纏った。
金と紅のきらめきが、ユイカの身体から広がる。
「きゅん……!」
低く唸るような声と共に、元のでかもふユイカに戻っていた。
──そして次の瞬間。
空気が変わった。
ユイカの足元から広がる魔力に反応するように、空間がゆがむ。まるで記憶のなかから呼び出されたかのように──幻影が、現れた。
尾が九本。
体躯はユイカよりさらに大きく、毛並みは光を受けて金紅に輝き、炎のようにゆらめいていた。
その目は、優しさと強さを内包した深い赤。
威厳を宿したその存在は、見た瞬間、私も、エニも、言葉を失った。
「っ……これ……」
あまりの存在感に、全身の毛が逆立つような感覚が走る。足が震えた。
呼吸すら忘れて、ただ、見上げていた。
目の前の魔物は、咆哮を上げるどころか、完全に動きを止めていた。
赤い目を大きく見開いたまま、信じられないものを見たような顔で、しばらく動かなかった。
そして、幻影が、ゆっくりと一歩、前へ踏み出す。
その瞬間。
ズズッ!
巨大なヘビの魔物が、ありえない速度で後退した。
逃げ出そうとして、とぐろをほどき、山の斜面をずるずると這い降りようとした――が。
ユイカのしっぽが、ふわりと揺れた。
「きゅんっ!!」
高らかに鳴いて、その目が燃えるように輝いた。
次の瞬間、轟音とともに、紅蓮の炎が放たれた。
まるで火山が噴き上げるような、業火の一撃が、逃げようとした魔物に直撃する。
「うわあっ!!」
「と、とーこっ!」
とっさにしゃがみ込んだ私たちの上を、熱風が吹き抜ける。赤と金の炎が巻き上がり、辺りの木々がざわりと揺れる。
山肌がえぐられ、石が砕け、地面が黒く焼け焦げた。
──ヘビの魔物は、消し炭になっていた。
立ち上る煙の中。
私たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
耳鳴りが静かに響いている。
さっきまでの威圧的な空気は嘘のように消え去り、代わりに山の静寂が戻ってきた。
でも、その静寂は最初のものとは違う。
ユイカへの敬意と、安心感に満ちた静寂だった。
「え、えぐ……」
「……ユイカ、すご」
あまりの威力に、私はぽかんと口を開けたまま、地形が変わってしまった山の斜面を見つめる。
「……これ……地形変わっちゃった時って、誰かに報告とか……しないとダメかな?」
「知らないよ……」
隣でエニが呆れた声で返してくれた。
「まあ、いっか」
改めてユイカの方を見る。
──そこには、幻影の姿はもうなかった。
けれど、言葉にしなくても、なんとなくわかる。
今のが、ユイカの「お母さん」だったこと。
そして、今もどこかで、きっとユイカを見守ってくれているってこと。
そんな想いを胸に抱いて、私がそっとユイカの方へ視線を戻すと──
「……でっか」
さっきまで炎を放っていたその巨大なもふもふが、地面にゴロンと横たわって、お腹を見せていた。
「きゅ〜ん……」
ぐったりと力の抜けた声を上げながら、ごろん。
しっぽがばさばさと広がって、ものすごく場所を取っている。
「……撫でてほしいの?」
「きゅんっ!」
即答だった。
私は笑いながら近づいて、大きな身体に手を添える。
ふわふわで、あったかくて、やっぱり――可愛い。
「よしよし、よく頑張ったね……」
横で、エニもそっとお腹に手を伸ばして、ぽすぽすと撫でていた。
(ユイカがいてくれて、よかった)
そう思いながら、私は──
「……ユイカ、またちょっと大きくなった?」
「きゅん♡」
どこか得意げなその顔に、また笑ってしまった。
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背を見せた敵なら強気なユイカ
シャドバビヨンド無限にやってます。すみません更新頻度落ちます