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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第4章 狼の耳としっぽ、そして出会い
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第66話 「うちの子、火力バグってるんだけど……」

本日もよろしくお願いします。


最近暑いし、じめじめで嫌だね



 山道を進むにつれて、空気が少しずつ変わっていく。


 背後に小さくなっていく街を振り返り、私は前を見据える。視界の先には、険しくうねる山の稜線。そして──


 ぴょこ、ぴょこ。


 ぴこぴこ動く獣耳。

 和装姿のユイカが、私とエニの間を軽やかに歩いていた。


「……けっこうな登り坂だね」

「うん……でも、まだ平気」

「きゅん!」


 背後で、エニと並んで歩いていたユイカが声をあげて、元気にしっぽを揺らす。人型でもたまに鳴き声出ちゃうのがまじで可愛い。


「にしても……」


 私はちょっと首をかしげた。


「この辺、妙に静かじゃない?」


 山道に入ってからというもの、鳥の鳴き声も、虫の気配も、まるで失われたような静寂があたりを支配していた。


 ぴたり、とユイカが足を止める。

 その大きな耳が、ぴくぴくと反応して、しっぽがぴたりと止まった。


「……ユイカ?」

「なにかいます……」


 ユイカが前方をにらむ。


 その瞬間──


 がさっ。


 茂みの中から、信じられないほど太い、黒光りする何かが這い出してきた。


「えっ……!?」


 私は反射的に一歩下がる。

 エニも、目を見開いたまま硬直していた。


 それは――巨大なヘビだった。


 体長は十メートルを優に超えている。とぐろを巻くたびに、地面が沈み、木々がなぎ倒される。

 うろこは黒曜石のように鈍く輝き、牙は短剣のように鋭い。


 何よりその瞳。


 赤く、ぎらついた目が、私たちをじろりと見据えていた。ぐわっ、と口を開いた魔物が、とぐろを解いて突っ込んでくる。

 そのあまりの勢いに、私は体がすくんだ。


 ユイカの体が、ばちっ、と光を纏った。

 金と紅のきらめきが、ユイカの身体から広がる。


「きゅん……!」


 低く唸るような声と共に、元のでかもふユイカに戻っていた。


 ──そして次の瞬間。


 空気が変わった。


 ユイカの足元から広がる魔力に反応するように、空間がゆがむ。まるで記憶のなかから呼び出されたかのように──幻影が、現れた。


 尾が九本。

 体躯はユイカよりさらに大きく、毛並みは光を受けて金紅に輝き、炎のようにゆらめいていた。


 その目は、優しさと強さを内包した深い赤。

 威厳を宿したその存在は、見た瞬間、私も、エニも、言葉を失った。


「っ……これ……」


 あまりの存在感に、全身の毛が逆立つような感覚が走る。足が震えた。

 呼吸すら忘れて、ただ、見上げていた。


 目の前の魔物は、咆哮を上げるどころか、完全に動きを止めていた。

 赤い目を大きく見開いたまま、信じられないものを見たような顔で、しばらく動かなかった。


 そして、幻影が、ゆっくりと一歩、前へ踏み出す。


 その瞬間。


 ズズッ!


 巨大なヘビの魔物が、ありえない速度で後退した。

 逃げ出そうとして、とぐろをほどき、山の斜面をずるずると這い降りようとした――が。


 ユイカのしっぽが、ふわりと揺れた。


「きゅんっ!!」


 高らかに鳴いて、その目が燃えるように輝いた。


 次の瞬間、轟音とともに、紅蓮の炎が放たれた。


 まるで火山が噴き上げるような、業火の一撃が、逃げようとした魔物に直撃する。


「うわあっ!!」

「と、とーこっ!」


 とっさにしゃがみ込んだ私たちの上を、熱風が吹き抜ける。赤と金の炎が巻き上がり、辺りの木々がざわりと揺れる。

 山肌がえぐられ、石が砕け、地面が黒く焼け焦げた。


 ──ヘビの魔物は、消し炭になっていた。


 立ち上る煙の中。

 私たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 耳鳴りが静かに響いている。

 さっきまでの威圧的な空気は嘘のように消え去り、代わりに山の静寂が戻ってきた。

 でも、その静寂は最初のものとは違う。

 ユイカへの敬意と、安心感に満ちた静寂だった。

 

「え、えぐ……」

「……ユイカ、すご」


 あまりの威力に、私はぽかんと口を開けたまま、地形が変わってしまった山の斜面を見つめる。


「……これ……地形変わっちゃった時って、誰かに報告とか……しないとダメかな?」

「知らないよ……」


 隣でエニが呆れた声で返してくれた。


「まあ、いっか」

 

 改めてユイカの方を見る。


 ──そこには、幻影の姿はもうなかった。


 けれど、言葉にしなくても、なんとなくわかる。

 今のが、ユイカの「お母さん」だったこと。


 そして、今もどこかで、きっとユイカを見守ってくれているってこと。


 そんな想いを胸に抱いて、私がそっとユイカの方へ視線を戻すと──


「……でっか」


 さっきまで炎を放っていたその巨大なもふもふが、地面にゴロンと横たわって、お腹を見せていた。


「きゅ〜ん……」


 ぐったりと力の抜けた声を上げながら、ごろん。

 しっぽがばさばさと広がって、ものすごく場所を取っている。


「……撫でてほしいの?」

「きゅんっ!」


 即答だった。


 私は笑いながら近づいて、大きな身体に手を添える。

 ふわふわで、あったかくて、やっぱり――可愛い。


「よしよし、よく頑張ったね……」


 横で、エニもそっとお腹に手を伸ばして、ぽすぽすと撫でていた。


(ユイカがいてくれて、よかった)


 そう思いながら、私は──


「……ユイカ、またちょっと大きくなった?」

「きゅん♡」


 どこか得意げなその顔に、また笑ってしまった。

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


背を見せた敵なら強気なユイカ



シャドバビヨンド無限にやってます。すみません更新頻度落ちます

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