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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第4章 狼の耳としっぽ、そして出会い
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第65話 「やきもちって嬉しいよね」

本日もよろしくお願いします。


 部屋に戻った私たちは、荷物を整理しながら、ひと息ついた。

 ユイカはちょっとだけぐったりしている。


「……ユイカ、大丈夫?」

「……ちょっと疲れました」


 そう言って、ふわっと紅い光に包まれたかと思うと――


 目の前には、出会ったころの小さなもふもふ。

 ちんまりと座り直したチビユイカが、ぺたぺたと私たちの足元に近づいてきた。


「ごめんね無理させちゃって、やっぱりこっちのほうが楽なの?」

「きゅん……」


 こくん、と頷く。


「人前に出る時はあの姿でいてもらわないとだから、よろしくね」

「きゅん!」

「ありがと、じゃあ、お風呂行こっか」


 私とエニが立ち上がると、ユイカはきょとんと首をかしげたままついてくる。


 私たちは浴場へ向かう。

 だけど、その前に――


「ちょっと待ってて」


 私はそっと手を挙げて、浴場の扉を開ける前に耳をすませた。

 外の廊下も、浴場の向こうも、静か。

 扉に耳をつけて、さらに様子をうかがう。


 人の気配はない。


 そっとドアを開けて、脱衣所を覗き込む。

 棚に並んだタオル。着替え。誰もいない湯気の漂う浴場。


(……よし)


「今、誰もいない。貸し切り状態みたい」


 私は戻ってきて、ふたりに小声で報告した。


「よかった……」


 エニもほっとしたように微笑む。この姿のユイカを見られる訳にはいかないからね。

 ユイカも、ほわっとしっぽをふわふわ揺らして嬉しそう。


 私たちは、そろそろと浴場へ滑り込んだ。

 

 宿のお風呂は、大きな桶が据えられた共同浴場だった。

 白い湯気がふわふわ漂っていて、すでにお湯が張ってある。


「よーし、あったまろう!」


 私が服を脱いで浴場に入ろうとすると、ユイカが小首をかしげながら、こっちをじーっと見つめていた。


 すごく冷静な目で。


「こいつら……まじか……?」


 って、言葉にしなくても伝わってくる視線。

 私は大きめの湯桶にお湯を溜めてユイカを呼ぶ。


「ユイカ、おいで。あったかいよ?」


 私が手を差し伸べると、ユイカは諦めたようにぺたぺた歩いてきて、桶の縁に前足をかける。

 ぴょんと跳ねて、湯の中へ。


「きゅ……」


 声がちょっとだけ情けなかった。


「気持ちいいでしょ?」

「きゅ……」


 とろんとした顔で目を細めるユイカ。


「よしよし、じゃあちゃんと洗おうね」


 私は桶の隣にしゃがみこんで、そっとユイカの体を抱き寄せる。

 あたたかいお湯をすくって、まずは尻尾から丁寧に濡らしていく。


 ふわふわの毛がしっとり濡れて、形が少し細くなる。


「シャンプー、失礼しますねー」


 私は用意されていた石鹸を泡立てて、ユイカの背中をやさしく撫でる。

 毛の間に指を通して、地肌を傷つけないように、ゆっくり、ゆっくり。


「……きゅん」


 気持ちいいのか、ユイカは小さく喉を鳴らして目を細めた。


 肩、背中、しっぽの根元。

 前足、後ろ足。


 くすぐったがらないように気をつけながら、丁寧に洗っていく。


「よし、次はしっぽだね」


 濡れてぺたぺたと広がった9本のしっぽを、一本一本、ていねいに泡立てて洗っていく。

 やわらかい毛が指の間をすり抜けて、ふわふわの感触に思わず顔が緩む。


「きゅ……」


 完全にとろけた顔になっているユイカ。

 そのときだった。

 背後からじーっと刺さるような視線を感じた。


(……だれかに見られてる)


 そっと振り返ると、そこには。


 湯船の縁にぺたんと座り込んで、頬をふくらませたエニが、じーーーーーっとこちらを見ていた。


 ……わかる。

 なにも言ってないけど、ぜんぶわかる。


「エニもおいで」


 私が言うと、エニはちょっとだけもじもじしてから、ぺたぺたと近づいてきた。

 そして、ユイカの隣にちょこんと座る。


「じゃ、エニも洗っちゃうよ」


 私はにっこり笑って、エニの頭に手を伸ばした。

 指をゆっくり滑らせて、髪を湯で濡らしていく。

 石鹸を泡立てて、やわらかい髪をそっと包み込む。


 エニはちょっとだけ緊張しているのか、体をこわばらせていたけど、私がやさしく撫でるように洗うと、次第に力が抜けていった。


「……くすぐったくない?」

「……うん」


 そのまま、耳の後ろ、首筋、背中――

 肩甲骨のあたりをやさしく撫でるように洗って、しっぽもそっと持ち上げて、根元から先まで丁寧に洗う。


 お湯をかけるたびに、さらさらの髪が素直に流れて、エニの耳がぴくぴくと動く。


「よし、完了!」


 私は手を離して、エニの頭をそっと撫でた。

 エニは、なんとも言えない顔をして、私を見上げていた。嬉しそうで、恥ずかしそうで、でも、どこか満たされたみたいな、そんな顔。


 綺麗になった私たちは、ふうっと息をついて、湯船にざぶんと浸かる。


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 しっかり温まったお湯が、肌にじわっと染み込んでいく。


 隣では、さっきの大きめな湯桶にユイカがちんまりとお湯に浮かんでいた。

 頭だけちょこんと出して、しっぽもふわもふしたまま、ぷかぷか漂っている。


「気持ちいいねぇ、ユイカ」

「きゅん……」


 小さな声で、うとうとしながら返事をする。


 私の隣には、エニ。


 さっきのちょっと拗ねた感じはもうない。

 でも、腕が密着してる。


(甘えてる……)


 私は何も言わず、そっとそのままにしておいた。

 エニの髪が少し濡れて、しっとりと肌に張り付いている。


 時間がゆっくりと流れ、湯気が天井に消えていく。


「じゃあ、そろそろ上がろっか」

「うん」


 私たちはユイカを抱えて湯船から上がって、体を拭いて、髪もざっとタオルで乾かした。


「よーし、最後は魔法で仕上げだよ」


 私は手をかざして、言霊を紡ぐ。


「……乾いて」


 ふわっと暖かい風が吹いて、エニとユイカの髪としっぽが、さらさらと乾いて、あっという間にふかふかに戻った。


 部屋に戻ると、もう布団が敷かれていて、ふかふかのお布団が私たちを待っていた。


 ユイカはぺたぺたと歩いて行って、秒でその上にダイブ。


「きゅぅ……」


 くるんと丸まって、ものの十秒で眠りについた。

 エニと私は顔を見合わせて、そっと笑った。

 私は布団に腰を下ろして、寝る準備を整える。


 そのとき。


 無言で、ずいずいと近づいてくる気配がした。

 エニだった。

 何も言わず、ただ真顔で、じりじりと私の方へ寄ってくる。目は伏せ気味で、口もきゅっと結んでいる。


 私は何も言わずに、静かに待った。


 エニは、私の隣にそっと座り込んで、布団の上でぺたんと膝を抱えた。そのまま、私にぴとっと、寄りかかってくる。

 まるで「私のことも見て」と訴えかけるような、でも素直には言えない、そんな気持ちが伝わってくる。


 体温がじんわりと伝わってきて、胸がほんのりあたたかくなる。


 エニはまだ何も言わない。

 けれど、しっぽがふわりと揺れている。


 私はゆっくり腕を伸ばして、エニの肩を抱き寄せる。

 ぎゅっと、抱きしめる。


 エニは動かない。

 ただ、私の腕の中で、静かにうずくまっている。


 しばらくそうしていると――


 くいっ、と肩のあたりに小さな痛みが走った。


「……っ」


 エニが、私の肩にそっと甘噛みしてきた。


 噛むというよりは、ほんのちょっと歯を当てるだけ。

 痛くも痒くもない、でも、しっかりと存在を主張する感触。


 私は静かに目を閉じて、そのままエニをきゅっと抱いたまま、ゴロンと布団に横になる。


(……可愛いなぁ、もう……)


 エニは甘噛みをやめて、そっと私の肩に頬を寄せた。

 体の力が抜けて、眠る準備に入ったみたいだった。


 私は、エニの頭をなでながら、ぽつりと呟いた。


「……おやすみ、エニ」


 ぴくりと揺れた耳が、きっと返事の代わりだった。


 ふたりと一匹。


 静かな夜に包まれながら、私たちはゆっくりと、眠りに落ちていった。

 

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします


もうみんな可愛い!(自画自賛おばけ)

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