第64話 「私にもあーんしてよ!」
本日もよろしくお願いします。
「じゃあ……街、行ってみよっか」
私はそう言って、ユイカを振り返る。
人型になったユイカは、ぴょこぴょことついてきて、私たちふたりの間に自然に挟まるように並ぶ。
3人で、並んで歩くのがすごく自然で――なんだか、ちょっと照れくさい。
でも同時に、すごく幸せだった。
街の外壁が見えてくる。
門の前には人の行列。冒険者っぽい人たちや、商人の荷車、農民っぽいおじさんまで様々だ。
ユイカはきょろきょろと周囲を見渡して、目に映るもの全てが新鮮なようで、子どもみたいに興奮してる。
そして……なぜかまたエニのしっぽにじゃれついていた。
「ちょ、ちょっとユイカ……」
「くすっ……」
私は思わず噴き出した。
ユイカの無邪気さに、エニがほんのり赤くなってしおれてるのが、もうたまらなく可愛い。
「とーこ様!」
ふいに名前を呼ばれて振り向くと――
「えっ」
ユイカが私の手を、ひょいっと取った。
「手、繋いでも……いいですか?」
そんなこと言われたら、断れるわけがない。
私は笑って、そっと指を絡める。
「うん。いいよ」
「エニ様も!」
「え!? う、うん」
私たちは、手をつないだまま門をくぐった。
門番の兵士が少し怪訝そうに見ていたけど、魔物なんて連れてないし、見た目も服装も獣人2人を連れた、ただの旅人だ。
通過はあっさりだった。
「やったぁ……!」
私がつぶやくとユイカがこっそりガッツポーズをして、しっぽを小さく揺らした。
「……緊張した」
エニがぼそっと呟く。
そのまま3人で街道を歩いて、賑やかな通りへと足を踏み入れる。
パン屋さんの香ばしい匂い。
街角でじゃれあう子供たち。
店先の色とりどりの果物。
「わあ……!」
ユイカの目がきらきらして、まるで宝石みたいに輝いていた。そして、またエニのしっぽを――
「……もう、ダメ! ダメったらダメ!」
逃げ回るエニ。追いかけるユイカ。
「待ってください! エニ様のしっぽ、ほんとうに気持ちよくて!」
「……真顔で言わないで」
無邪気に笑いあうふたりの姿が、嬉しいはずなのに、ほんの少しだけ、胸がきゅっとなる。
(……エニ、楽しそうだな)
私とエニだけだった時間が、 少しずつ遠くなるような気がしてしまった。
(エニの世界も、こうやって広がっていくんだ)
それは嬉しいことだ。間違いなく、良いことだ。
でも、胸の奥に、小さな寂しさが、 水面に浮かぶ波紋みたいにそっと広がっていった。
私はその気持ちを、ひとつ、深呼吸で押し込めて、ふたりの笑顔を、もう一度ちゃんと見つめ直した。
街に入った私たちは、まず宿を探して歩き出した。
石畳の道にブーツがこつこつと音を立てるたび、人々の視線がちらちらと集まる。
といっても、怖い目ではない。
好奇心まじりの、なんとなくあたたかい視線。
(獣人はやっぱり珍しいんだろうな)
しかも今のユイカ、白と金が混ざった髪に和装っぽい衣をひらひらさせて歩いていて、耳としっぽがぴこぴこ動くたび、道行く人が「あらまあ」って微笑んでくれる。
もちろんエニもだ。
「こんにちはー」
「可愛い子たちねぇ」
「旅の方? 宿なら、あっちにあるわよ〜?」
声をかけられるたび、ユイカがぺこっと頭を下げる。
そのたび、耳としっぽがぴょこぴょこ動いて――その横で、エニまでつられてお辞儀している。
「……エニもお辞儀してる」
「うるさい、とーこ」
ちょっとむすっとした顔で言いながら、でも耳がぴくぴくしているのが、エニの可愛いところ。
たどり着いた宿の入口で、私はふたりを振り返った。
「じゃ、ここにしようか」
「はいっ!」
「うん」
ふたりの返事が重なるのが、なんだかもう、癖になりそうなくらい愛しい。
宿の扉を押して入ると、カウンターの奥にいた女将さんらしき女性がこちらを向いた。
「あら、3人かしら?」
「はい。3人です。獣人が一緒なんですけど問題ないですか?」
私はちょっと心配でそう付け加える。
けれど女将さんは、ふっと優しく笑う。
「なあに、どなたでも歓迎よ。獣耳があろうと、しっぽがあろうと、疲れてるのはみんな一緒でしょう?」
その言葉にエニも、そしてユイカも顔がふわっと綻んだ。
部屋に通されて、荷物を下ろしてほっと一息。
宿の部屋は木の床が心地よく、窓からはちょっとだけ夕暮れの光が差し込んでいた。
私は鞄を降ろして、ぺたんと床に座り込む。
「……ふーっ、ようやく落ち着いた……」
「お腹すいた」
「おなか、ぺこぺこです!」
もうね、声が揃うのも可愛い。
そのまま3人で「晩ご飯まだかな」ってソワソワしながら待っていたら、女将さんが声をかけてくれて、食堂へ。
木の椅子とテーブルが並ぶ素朴な食堂は、灯りがぽわんと灯っていて、あったかい香りが鼻をくすぐる。
「はいはい、お腹すいてたでしょ。あったかいうちに食べちゃってね」
出てきたのは、ふかふかのパンと、じっくり煮込まれたシチュー。
それに、香草で焼かれたお肉の香ばしい匂い。
もう、全員の目が輝いた。
「わーっ」
「……いい匂い」
「いただきますっ!」
最初に手を出したのはユイカだった。
シチューに手をツッコミそうになったので慌てて止めた。
「これ使って食べるんだよ?」
私はスプーンをユイカに渡して、自分も同じようにスプーンを持ってシチューを食べて見せた。
そうすると、ちゃんとお行儀よくスプーンを持って――あっ、なんかぎこちない。
「ユイカ、ほら」
しゅんってなりかけたユイカに、エニがそっと隣に座って、シチューをすくってユイカに差し出す。
「……あーん」
「……おいしい?」
「はい!」
頬を染めてにこっと笑うユイカと、ちょっと得意げなエニ。そのふたりを、私はにこにこ眺めながら、自分のパンにかぶりついた。
食事の間、女将さんがテーブルをまわって声をかけてくれる。
「獣耳としっぽがあるって、なんだか可愛いのねぇ」
エニとユイカが褒められるたび、ぴょこぴょこと耳としっぽが動く。
(ほんと、みんな可愛い……)
シチューを飲んで、あったかくなって、ふわふわした空気に包まれながら。
私たちは、あたりまえのような時間に、ちいさな幸せを感じていた。
そして、食べ終えたあとは、ほかほかの顔で「ごちそうさまでした」と頭を下げて。
その姿に、女将さんがやわらかく笑ってくれた。
「また明日も、いっぱい食べてってね」
「はい!」
ユイカのお返事が、お礼の代わりに響いた。
そして、目をキラキラさせながら厨房に突撃しようとしたところを、エニに首根っこを捕まえられた。
「……だめ」
「ナイス! エニ!」
私たちはそのまま食い意地のはったユイカを抱えて部屋に戻った。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
シャドバビヨンドがリリースされてしまったので、更新頻度少し落ちます……
私はゲーム好きなのです




