第63話 「え!?!?!?」
本日もよろしくお願いします。
草原を駆ける風が、心地いい。
ユイカの背に乗って、私たちはのんびりとした移動を続けていた。
ちょっとした起伏も、もふもふ特急なら軽々越えてしまう。乗り心地は最高だった。
「とーこ、あれ……」
エニの指差す先、遠くの丘の向こう側に、小さな点のような建物が見えた。
だんだんと近づくにつれて、それははっきりとした街並みに変わっていく。塔のような建物、白い壁、小さな旗のはためき……。
「……街だ!」
喜びの声を上げる私。
だけど──
「…………ちょっと待てよ?」
思わずユイカの背で姿勢を正して、腕を組み、私は街の方を見つめ直した。
「このまま行ったら……やばくない?」
「やばい……?」
「うん。あの街に、こんなでかいユイカが突撃したら――」
大騒ぎになる。確実に。こちとら伝説の魔物だ。
冒険者ギルドに通報されて、討伐隊が編成されて、ユイカが……。
慌てて私たちは道から外れて、草原の中にぽっかり空いた林の中へと逸れた。
木陰に入って、ユイカを降りる。
「作戦会議!」
「え、なに? どうするの?」
「ねえ、ユイカ?」
私は自分のしっぽを追いかけて、くるくる回って遊んでいるユイカに呼びかけた。
「このまま街に入ったら……さすがにまずいんです」
返事はなくて、代わりにユイカは小さく「きゅ?」と鳴いて首をかしげた。
「ほら、だって、めっちゃ目立つし。伝説級魔物に乗って来たヤバい人たちだって、兵士さんに止められちゃうよ、きっと……」
するとユイカは、ふいにぴたっと動きを止めた。
「ねえ、幻影魔法で姿を変えたりとか……できたり、する?」
私がそう尋ねた瞬間だった。
ユイカが「きゅん」と短く鳴いた。
その場にちょこんと座って、ふるふるとしっぽを揺らす。
実際はどかっと座って、ブオンブオンって尻尾降ってる。やっぱりでかいなユイカ。
次の瞬間――もふっ!
煙のような光が一瞬はじけて、ユイカの姿が小さく、しゅるしゅると縮んでいく。
「わっ……!」
目の前に立っていたのは、出会ったころのサイズに戻った、もふもふユイカ(ミニ)!
「……えっ、できた!? 小さくなった!? ユイカ天才じゃん!」
「きゅんっ!」
ぴょこんと跳ねて、エニの足元へ転がるように駆け寄る。
出会った時と同じくらいの小動物レベルのふわもこが、エニの膝に前足をのせて、尻尾をぶんぶん振り回す。
「わ、くすぐった……」
エニが屈むと、ユイカは顔をすりすり、前足ちょいちょい。しっぽでエニの顔をぺしぺし。
完全に構ってアピール。
「でも……小さくなっても、魔物は魔物なんだよなあ……」
私はそのじゃれあいを見守りながら、ふと呟く。
ふさふさのしっぽは、たしかに九本。
これが人の目に入ったら、正体がバレるのも時間の問題。
私が呟くと、ユイカがまた「きゅん」と鳴いた。
すると、次の瞬間。
ふわり、と紅い光が宙に散った。
その中心にいたユイカの身体が、すっと立ち上がるように変化していく。
みるみるうちに、毛並みが整い、輪郭が人のように伸びて――
やがて現れたのは、和服のような白い衣をまとった、小柄な少女だった。
肩で切りそろえられた赤と金の混じった髪。狐耳。ふわふわと揺れる一本のしっぽ。
年のころは、エニよりほんの少し下に見えるくらい。
焔幻の尾は高位の魔物だから、人型に変身する能力があってもおかしくない。
でも、まさかユイカがこんなに上手に変身できるなんて——。
私は改めて、この子がただの魔物じゃないことを実感した。
「……え……えええっ!?」
私とエニが声を上げたそのとき。
「とーこ様! エニ様!」
ぴしっと背筋を伸ばして、ユイカが満面の笑顔で、ぺこりとお辞儀した。
「しゃ、喋った!?!?」
二人そろって叫ぶ。
ユイカは笑顔のまま、とてとてとエニに駆け寄って――
「ちょ、ユイカ!?」
エニのしっぽを、しれっとなでなで。
私は思わず笑ってしまう。
中身、ぜんぜん変わってない。
「エニ様のしっぽ気持ちいいです!」
可愛さ、むしろ増してない?
「すごい! ユイカ! 喋れるなんて!」
それに対して、ユイカは小首をかしげて、ほわっと微笑んだ。
「今までも喋っていましたよ?」
その声は、澄んでいて、どこか無邪気。
私とエニは顔を見合わせる。
「……うん。ずっと喋ってたよ?」
「ええっ!?」
「……あたしは結構ユイカとお話してた」
「……私は動物の言葉わかんないんだよぉ」
そんな私たち見て、ユイカがぴょこんと私の前に立った。
「じゃあこれからは、とーこ様とも、ちゃんとお話しできますね!」
ぴしっと胸を張って言うユイカに、私はなんかもうどうでもよくなって、思いっきり笑ってしまった。
「……うん。よろしく、ユイカ」
頭をなでると、ユイカは嬉しそうに目を細める。
その隣で、エニもそっと笑った。
私たちは、ほんの少しだけ新しくなったこの旅を、また一歩、進めていく。
小さな“家族”みたいな形で。
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