第62話 「もうギャグじゃん……」
本日もよろしくお願いします。
朝、ほんのり冷えた空気の中で、私はふと目を覚ました。
「ん……?」
胸の上に……乗ってる?
いや、重い。昨日より、明らかに重い。
毛布をめくると、そこにいたのは――
もふもふの、9本のしっぽ……。
でも、大きさが、確実に昨日よりひとまわり大きい。
「ユイカ……?」
「きゅん」
小さく鳴いた声は変わらないけれど、体格は……もう中型犬サイズくらいある。
「……え? えええ? なんか、でかくなってない!?」
「とーこ、朝からうるさい……」
エニがまだ寝ぼけ顔で起き上がり、毛布の下から顔を出す。
私の方に目をやって、しばらく沈黙。
「……でっか……」
「だよね!? 私の気のせいじゃないよね!?」
朝ごはんを食べてから、私たちはゆっくり歩きはじめた。
空は晴れていて、風は気持ちいい。
途中エニは、道ばたに咲く花を見つけると、その花をそっとユイカの頭にのせた。
ちょこんと乗った花を気にせず、ユイカはそのままぺたぺたと落ち葉を踏んで歩く。
かさっと音が鳴るたび、しっぽをぶわっと広げて驚き、そして楽しそうにまた歩く。
突然、自分のしっぽをくるくる追いかけて転びかけたり、エニのしっぽに突然じゃれついて跳ねたりする。
――たぶん、まだ自分のことを小さいと思ってる。
そんな様子に、私たちは何度も笑った。
「……やっぱりデカイな……ユイカ」
私は後ろからその様子を見ながら、思わず口元を緩めた。ときどき振り返って「きゅっ」と鳴いてくれるのが、もうたまらなく可愛い。
次の日。
「……とーこ」
「はい」
「……でかくない?」
「でかい」
否定できなかった。
ユイカは今、大型犬っていうより、小型の騎獣クラス。
でも、歩き方はあいかわらずぺたぺたで、どこかどんくさい。
木陰で休憩していたとき。
私が広げた地図に、ユイカがずいっと顔を寄せてきて、どっかり鼻を乗せてきた。
「見えない! 見えないってば!」
前足をずいっと乗せようとするので、あわてて止める。地図が潰れる。大陸がなくなる。
「ユイカ……そこにご飯はないよ。ご飯はこっち」
エニが干し肉をチラつかせると、ユイカはパタパタとエニの方へ走っていった。
「……やっぱ中身変わってないなあ、ユイカ……」
そのあと何となく「お手」と言ったら、ものすごく嬉しそうに全体重の乗った前足を私の手にのせてきて、「おっも!!」って叫ぶ羽目になった。
「ねえとーこ、もしかして……魔法なんじゃない?」
「ん?」
「“いっぱい食べて大きくなってね”って、言ってたよね?」
「……あ」
思い出した。確かに言った。
干し肉を食べるユイカに、あの夜。なんの気なしに。たぶん言霊になっちゃったんだ。
「……これ、私のせいか?」
「……かもね」
「……まあ、でっかくなっても可愛いから、いいか」
「うん。でっかくなっても、ユイカはユイカだし」
そして、次の日。
「ユイカ、どう見てもフェロル級だよね?」
目の前のユイカは、もう完全に騎乗サイズ。
肩の高さが私の胸元近くまであり、しっぽのボリュームも爆増。
顔はなんかキリッとしてる……気がする。
見た目は神獣、中身はもふもふあざと生物。
「もう……ギャグじゃん……」
私は天を仰ぐしかなかった。
「……ユイカ乗ってもいい?」
「きゅん!」
エニの声に、ユイカはペタンと伏せて応える。
その様子がまた、言うこと聞いてる感すごくて、もう、可愛い。
「乗っていいって」
私は言われるままにユイカ背にまたがる。お尻が沈む。毛がふかふかで、最高の乗り心地。
エニは私の前にぴょこんと乗り、ぴたりとくっつく。
「ユイカ、走って!!」
「きゅんっ!!」
「え!? ちょっと!?」
爆走。
「うわああああああああああああ!!!!!」
「きゅきゅん!!」
意味わからんほど速い。木々が流れる。風が裂ける。
しがみついてなきゃ絶対に吹き飛ばされてた。
だけど。
ユイカは楽しそうに走り、エニは肩越しに笑っている。
ひとしきり走ったあと、ユイカが満足げに足を止めた。
私たちは背中から降りて、ふぅっと深呼吸する。
そのとき、ユイカがどすんと前足をついて伏せの姿勢になり、ぐいっと首を低くしてエニに鼻先を寄せてきた。
「わっ、ちょ、近いってば、ユイカぁ!」
エニが思わず笑いながら、ユイカの頬や首元をくすぐるように撫でる。
ユイカは「きゅん」と嬉しそうに鳴いて、しっぽをぶんぶんと振りながら頭を擦り寄せていく。
ふたりはまるで幼い子と大きなぬいぐるみみたいに、ころころとじゃれ合っていた。
エニの笑い声が風に乗って、草原の上にふわりと響く。
私はその光景を少し離れた場所から、静かに眺めていた。こうして笑ってるエニを見てると、それだけで胸がきゅっとなる。
……あ、ユイカと目が合った。
「うわっ!? ちょ、ユイカ、こっちにも来るの!?」
私が目を丸くする間に、ユイカがとてててと近づいてきて、全体重を乗せる勢いで私にどすんと前足をかけてきた。
「重い重い重いってばぁぁ!!」
でも、本人(本狐?)はおかまいなしに、私の頬に鼻先をすりすり。でっかい体でぐいぐい甘えてくる。
しっぽまでふりふりしながら、完全に“ちいさいつもり”でじゃれてる。
私は押し倒されかけながらも、笑いがこみ上げて、ついには降参するようにぎゅっとユイカを抱きしめた。
「……ああもう、降参です……」
赤と金色の毛並みに顔をうずめて、そう呟いた。
――この子がどこまで大きくなっても、きっと私たちはずっと、こうして笑ってるんだろうな。
でも同時に、ちょっとした寂しさも感じていた。
あの小さくて震えていた子狐が、もうこんなに立派になって。
成長は嬉しいけれど、あの頃の小ささも愛おしかった。
きっと、こんな気持ちが「親心」というものなのかもしれない。
あの……ユイカ……重い。
潰れちゃうよ私。
「助けてエニー!」
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とーこ「どうしてそんなにおっきくなっちゃったの?」
エニ「真面目にやってきたからじゃない?」
とーこ「え?」
エニ「ん?」
とーこ「エニは前世私と同じ世界にいてテレビ見てたとかじゃないよね?」
エニ「とーこが寝言で言ってた。はっはっはっはって」
とーこ「……」