第61話 「うちの子天才!!」
本日もよろしくお願いします。
旅を再開して、ゆるやかな丘を越えて、森を抜けて。
その日は特別なこともなく、穏やかに時間が過ぎていった。
ユイカはふさふさの尻尾で木の実をころころ転がして遊んでいた。
そのうち、ひらひらと飛ぶ白い蝶を見つけて、ユイカが「きゅっ」と小さく鳴いた。
とことこと小さな足で追いかけはじめたその瞬間――
かさっ、かささっ!
落ち葉の上に乗ったユイカの足が音を立てた。
その音にびくっと耳が跳ね、ユイカはその場でぴたっと固まる。
「……きゅ?」
きょとんとした顔で自分の足元を見下ろし、前足をちょいちょいと動かすと、また「かさっ」と音が鳴る。
「きゅっ!?」
今度は、ぴょん! と小さく跳ねた。
落ち葉が舞って、しっぽがぶわっと広がる。
びっくりしているくせに、楽しそう。
そのまま、ふわふわのしっぽをゆらしながら落ち葉の上を駆けて、蝶のあとをちょこちょこ追いかけはじめた。
その姿にエニも私も、つい足を止めて見入ってしまう。
「……かわいい」
「ほんと、絵本か何かかと思った」
しばらくして、蝶が高く舞い上がると、ユイカは立ち止まって首をかしげ、そのまましゅるんと私たちの元へ戻ってきた。
――そして今度は、エニのしっぽに狙いを定めた。
エニのすぐ後ろにぴたりとくっついて歩いていたかと思うと、ふさふさと揺れるしっぽに、ぴょこっ、と跳ねるように飛びつく。
「ひゃっ!? くすぐったいってば、ユイカぁ!」
しっぽに鼻先をすりすり、前足でちょいちょい、またすりすり。
あまりの執拗なじゃれつきに、エニが半笑いで身じろぎしながら歩くたび、ユイカも飛びついてくる。
「ぴょん、ぴょん」って音がつきそうな勢いで、まるで毛玉がはしゃいでるみたいだった。
私は少しだけ離れた場所から、二人のやりとりを静かに見守っていた。
ああ、幸せって、きっとこういう日常のことなんだろうなって。
日が暮れるころ、エニとユイカが追いかけっこしている途中で小さな岩場のくぼみを見つけて、そこで野営することにした。
風よけにはちょうどよくて、周りも見渡せる。
エニが、腕いっぱいに抱えた細い枝を持って戻ってくる。その足元では、ユイカがぺたぺたと歩いて、くわえてきた細枝をぽとん、と落とした。
「とーこ。これで焚き火できるよ」
「ありがとう。よーし、あとは火をつけるだけ……っと」
私は石を丸く並べて、乾いた枝をくべると、ふぅっと息を吐いて、手をかざす。
「……火よ、起きろ!」
――しん。
もっかい深呼吸して、もうちょい念を込めて。
「火よ、起きてくださいっ!」
――無音。
丁寧語作戦失敗。
「……お願いだから……起きて……」
もりもりの枝を見つめながら、私は必死に語りかける。
「だって寒いじゃん……私寒いのダメなんだよぉ……」
エニとユイカが無言で見ているのを感じながら、私は弱々しく地面に座り込む。泣き落とし作戦。
――。
失敗。
「……たまに、起きてくれないんだよね。私の魔法って……気まぐれっていうか……」
そのとき、ユイカが前に出て――
「きゅん!」
と、短く鳴いた。
次の瞬間、ふわっと赤い光が灯って、くべた枝のすき間に、ぽっと火がともった。
「えっ……!?」
私がびっくりしている間に、火はゆっくり、でも確かに広がっていく。
エニがぽつりと呟いた。
「……ユイカの魔法、キレイ」
てれれれってってってー
「……うちの旅の文明レベル上がった……」
私は目を見開いたまま、ユイカの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「すごいよユイカ!」
「きゅん!」
しっぽがぶんぶん揺れた。
その動きが、なんだか誇らしげで可愛い。
焚き火がしっかり燃えて、私たちは、ひとつの毛布にくるまりながら、いつもの干し肉と乾燥パンを分け合っていた。
ユイカはぺたんと座ってこっちを見ている。
エニが細かくちぎった干し肉を差し出すと──
「はい、どうぞ。ゆっくり食べてね」
「きゅっ」
嬉しそうにしっぽを振りながら、ユイカはぱくりと肉を咥えた。
その様子を見ていた私は、ふふっと笑って。
「いっぱい食べて、大きくなってね」
――その瞬間、空気がすこしだけ揺れた。
まるで私の言葉に反応するように、ユイカの周りの空気がほんのり温かくなる――気のせいかも。
ごはんを食べて、ちょっとのんびりして、そのあとは、いつものように交代で見張り。
私は立ち上がって、あたりを見渡す。
「じゃあ、そろそろ私が見張りに立とうかな。エニ、先に――」
そのとき。
「きゅっ」
ユイカが小さく鳴いた。
同時に、空気がぴたりと変わった。
――何か、透明なものに包まれたような感覚。
風の音が遠くなった気がして、焚き火の明かりが、ふわっと淡くにじむ。
「……えっ、なにこれ?」
私は辺りを見回す。
見えるはずの星が、少しぼやけて、まるで――膜の内側にいるような感じだった。
「きゅきゅ!」
ユイカはちょこんと座って、また「きゅん」と小さく鳴いた。
エニが、目をぱちくりさせて、それから言った。
「あたしたちを隠してくれたんだって」
「……えっ!? 隠したって、どういうこと?」
「きゅ!」
「外からは、ここに何もないように見えるみたい。……幻影魔法だって」
「……まじで!? それってつまり──」
私は目を輝かせて叫んだ。
「見張り交代なしで、みんなで寝れるってこと!?」
「きゅん!!」
即答! ユイカ即答! すごい! 超有能! もふもふ万歳!
私は思わずユイカを抱き上げて、くるくる回って喜んだ。しっぽがふわっふわになって、顔に当たってくすぐったかったけど、それすらも最高だった。
エニも笑っていた。
ちょっとあきれたように、でも、すごくやさしく。
「とーこ、喜びすぎ」
「いやだって、これは喜ぶでしょ!? ユイカ神じゃん!? 守護神!?」
「“もふ宿”……」
「……あ、それいいね。ユイカのおかげで私たちの旅に宿ができた」
もふもふの魔法で作られた宿。ユイカだけが作れる、特別で温かい隠れ家。
この名前は、きっと私たちの旅の中で特別な意味を持つようになるだろう。
ユイカはちょっと得意げに、しっぽをふりふりさせた。
その様子を見ながら、私はふと、思った。
――ああ、今夜は安心して、眠れる。
私たちは、毛布をひいて横になった。
――川の字。
「……ぬくい……」
「ほんと、それ……」
エニがぽつりと呟いて、私も小さく笑う。
眠る前の静かな空気の中、遠くで風が枝を揺らす音と、ユイカのやわらかな寝息だけが聴こえていた。
ふたりと一匹、くっついて、ぬくもりを分け合いながら。
「おやすみ、エニ」
「……おやすみ」
その声を聞きながら、私はそっと目を閉じた。
どんなに寒い夜でも。
どこで眠る夜でも。
私たちが一緒なら、きっと大丈夫だと思えた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
ユイカ可愛い!!
軽く調べた結果、狐はキュンって鳴かないし、オオカミと仲良しって訳じゃなさそう
……まあ、ファンタジーだしね?