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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第4章 狼の耳としっぽ、そして出会い
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第60話 「あなたの名前を抱きしめた」

本日もよろしくお願いします。



 ――くるしい。


 夢の途中で、そんな感覚に引き戻された。

 顔に何かがぴとっとくっついていて、鼻と口がふさがって、呼吸ができない。


 ばっ! と顔を覆っていた何かを剥がす。

 冷たい空気が肺に流れ込んで、ようやく息ができた。


「……死ぬかと思った……」


 目を開けると、そこには小さなもふもふ。

 私の顔の上に乗っかって、すやすやと熟睡していた。


 ふさふさの尻尾が何本も、私の顔の上にぽよんぽよんと広がっていた。


「いや、可愛いけども!!」


 私は小さく抗議したけど、当然聞こえてはいない。

 


 まだ、夜明け前。

 空はうっすら白んできているけど、あたりは静かで、空気も凛としていた。

 

 そっと顔を上げて――私は、焚き火の方を見た。


 火の落ちかけた焚き火の前に毛布にくるまった小さな背中が、ちょこんと座っていた。


 エニだった。

 丸めた膝を抱えて、揺れる火を見つめている。

 耳がぴくっと動いて、こっちを向いた。



「……とーこ、起きたの?」

「うん。ちょっと顔に毛玉が張りついていて、息できなくて」

「毛玉……」

「いや、可愛い毛玉だけどね。可愛いけど、死んじゃうところだった」

「ふふっ……」


 エニが、小さく笑った。

 その笑い声は、朝の空気の中で、やさしく響いた。


 私はそっと毛布を持ち上げて、ユイカを起こさないように注意しながら、ぬくもりをそのまま残すように離れた。


 そして、焚き火のそば――まだ残る火の匂いと、ちいさな背中。


「エニ」


 私が呼ぶと、耳がぴくっと動いて、しっぽがゆらゆら揺れ始める。


「寒いから、こっちおいで」


 私は腰を下ろして、足をすこしだけ開いてみせる。


「ここ、あったかいよ」


 エニが一瞬きょとんとして、それから、照れくさそうに笑った。


 そして、ちょこちょこと膝をついて近づいてきて、私の足の間に、ちょこんと座った。


 ぴた、と背中が私に預けられる。


 ふわふわの髪が頬に触れて、私は自然とその体に腕をまわして、そっと包み込んだ。


「……あったかい」

「でしょ」


 朝の空気の中、私たちはぴったりと寄り添っていた。

 しばらく黙って空を見上げてから、私はエニにそっと伝えた。


「……あの子、ユイカって名前にしようと思ってる」


 エニは、肩のあたりでびくりと反応して、それからゆっくり振り返って、小さく笑った。


「ユイカ……うん、かわいい」

「結ぶ火って意味。火の魔法を使う子で、私たちとつながって……こうしてここにいるから」

「……うん、とーこっぽい。すごく、あたたかい名前」


 エニの声には、昨夜のやきもちとは違う、穏やかな受け入れがあった。

 私はそっとエニ肩を抱いて、頭をあずける。

 エニの背中は小さくて、でもちゃんとあったかくて、私の心を静かに満たしていく。


 その瞬間だった。

 さっきまで私がいた毛布の中で、丸くなっていた小さなもふもふが、頭をもぞもぞと動かして、眠たげに起き上がる。


 ふわふわの9本のしっぽが揺れて、ちいさな足取りで、エニのほうへ向かってくる。


「……あ」


 エニが、息を呑むような声を漏らした。

 そっと両手を差し出すように構える。


 すると、まっすぐにエニの腕の中へ――ぽすん、と身体を預けた。


 ほんの少し間があって――


「……ユイカ」


 エニが、そっと名前を呼んだ。

 まるで名前を抱きしめるかのようなやさしい声だった。


「きゅん……」


 ユイカが、エニの胸元で、ちいさく鳴いた。


 それは、まるで「わたしの名前だよ」って答えるように確かに、そう聞こえた。


 ユイカを抱いたエニのしっぽが私の足の間でふわふわ揺れている。


 私は、そっとその体を抱きしめて――額をくっつけた。

 夜明け前の静けさの中。


 私の胸の中で、ふたつのぬくもりが重なる。


 読んでくださりありがとうございます。

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