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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第4章 狼の耳としっぽ、そして出会い
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第59話 「あなたの名前は……」

本日もよろしくお願いします。


 交代の時間になって、私はそっとエニを起こした。


「……エニ、交代の時間」


 そっと肩に触れると、もぞ……と毛布の中でうごめく。

 ひょこっとしっぽが出て、次いで耳がぴくぴく震える。


「……うぅ……さむい……」


 ぐしゃぐしゃの髪の毛が布から覗く。まだ眠そうに目をこすって、上半身だけなんとか起き上がったエニが、毛布を肩にかぶったままぼんやりした顔で私を見た。


「お水、いる?」

「ん……」


 私は手渡しで水筒を差し出すと、エニはうつらうつらした動きのままそれを受け取って、ごくごくと飲む。


 そのまま、焚き火のそばにちょこんと座ると──


「……ねむい……」


 ぽつりと、そんな言葉を漏らした。

 私はそれを聞いて、思わずふふっと笑ってしまう。


 その後ろ姿が、あまりにも小さくて、ふにゃふにゃで。

 毛布を肩からずり落とさないように器用に手を出してるところとか、火の明かりに照らされた頬がほんのり赤くなってるところとか、もう全部ひっくるめて、可愛すぎる。


「がんばれ〜」


 私はそっと背中に向けて声をかける。

 すると、毛布越しに、ぴくりとしっぽが揺れた。


 エニは振り向かない。けれど、ちゃんと聞こえてるって分かるリアクション。


 ……うん。可愛いすぎて寝たくなくなるな、これ。


 でもまあ、交代だし。私はおとなしく毛布へ戻って、くるまる。


 毛布の中は、じんわりとあたたかくて、少し前までいたエニの体温がほんのり残っていた。


 それだけで、心までぽかぽかしてくる。


 まぶたがとろんとしてきて、ふっと意識が沈みかけた、そのとき。


 ──もぞっ。


 毛布の隙間から、何かが潜り込んでくる気配。


「……え?」


 思わず目を開ける。


 するりと身体に寄り添ってくる毛玉。

 さっきまでエニと寝てたはずなのに、今は私の胸元に顔をうずめて、ぴったりくっついてきている。


 まるで、「あったかいところ、見つけた」って言ってるみたいに。


 そして、私の胸に顔を押し当てたまま、

 小さく、やさしく、鳴いた。


「きゅん」


 ――もう、無理だった。


 完全にやられた。

 私は言葉も出ず、ただそっとその背中に手を添えて、笑ってしまう。


「……なにこれ、可愛すぎる……」


 胸がじんわりと熱くなる。

 私はたまらず、その子の頭を撫でてから、焚き火の方に向かって声をかけた。


「エニ〜、今のってどういう意味? 翻訳お願い!」


 私が焚き火の方に向かってそう呼ぶと、パチパチと燃える炎の向こうから、エニがぬっと顔を覗かせた。


 けれど、すぐにむすっとした顔に変わって、そっぽを向く。


「……やだ」

「え、えっ?」


 返ってきたのは、思ってたのとぜんぜん違う答えだった。。エニの肩が少し震えているのが、焚き火の明かりで見えた。


 何か怒らせるようなこと、言った……? と焦っていると――


「……あたしの方が、好きだし」


 ぶっきらぼうに、ぽそりと投げられたその言葉に、私は一瞬、心臓が止まった気がした。


 焚き火の明かりが揺れて、エニの横顔を照らす。

 頬が真っ赤だった。


 私は一瞬で察した。

 この子は今、私に「好き」って言ってくれたんだ。

 その“翻訳”をエニが拒否したのは──嫉妬。間違いなく、やきもちだった。


 たった今、彼女ははっきりと言った。「この子より、自分の方が好きだって」それは、もう、愛情の主張だった。


 胸が、じんとあたたかくなる。

 顔が、自然とほころぶ。


 でも、こういう時にニヤニヤしたら怒られるのは経験上わかってるので、私はそっと毛布の中に顔をうずめた。


 胸の中には、ぴったりくっついてくる小さなもふもふ。

 その息づかいが、ふわっと毛布の中で伝わってくる。


 柔らかくて、温かくて。

 助けた時の傷はもう癒えてきている。

 それが何より嬉しい。


 私はそっと、腕の中のその子を見下ろす。


「ねえ……君、火の魔法を使うんだよね」


 ぽかぽかと暖まる毛布の中。

 私の声に応えるように、その子は、きゅんと小さく鳴いた。


「火と幻術が使える魔物、“焔幻の尾”の子供……」


 私は思い返す。

 あの時、図鑑に載ってた説明。赤と金の毛並み、九本のしっぽ。


 そして、あのとき。


 最初に出会った時。

 エニが、庇って、立ってくれて。

 私がこの子の傷を癒した、あの瞬間。


 私たちと縁が結ばれたんだ。


「……結ぶ火、か」


 私は小さく呟いた。

 それは、言葉にした瞬間、すとんと心に落ち着いた。


 まるで最初からそうだったかのように、自然で、あたたかくて。でも、ひとつの意味をちゃんと持っている名前。


「――ユイカ。どうかな」


 胸の中の子が、ぴたりと動きを止める。

 小さく、控えめに。


「……きゅん」


 と鳴いた。

 私は、その名前をもう一度口の中で繰り返した。


「ユイカ」


 毛布の中で、九本のしっぽがふわっと揺れる。

 私は笑って、そのまま目を閉じた。


 焚き火の光、冷たい空気、見張りを頑張ってるエニの気配。

 そして、胸の中の、小さなぬくもり。

 それら全部が、とても大切で、あたたかくて。


「……おやすみ、ユイカ」


 新しい名前が、小さく、夜の中に溶けていった。


 私の胸にぴったりくっついているユイカの体が、ぽかぽかしていて、心地いい。


 ただのあったかいじゃなくて、

 体の芯からじんわりと温まるような、不思議なぬくもりだった。


「……君ってほんと、魔法みたいにあったかいねえ」


 撫でると、ふにゃ、と軽くしっぽが揺れる。


 ふと、焚き火の向こうに視線をやる。

 そこには、リュックにもたれて丸まる、エニの後ろ姿。

 きっと、まだちょっと拗ねてる。


 今ここで勝手に名前をつけたって言ったら、またややこしいことになるかもしれない。


 だから私は、この夜にそっとしまっておくことにした。


 でも、ちゃんと知ってる。

 本当は、すごく優しくて、さみしがり屋で、でも私のことをいちばんに思ってくれる子。


 朝になったらちゃんと伝えよう。


 私は、少し声のトーンを落として、そっと呼びかけた。


「エニ……おやすみ」


 エニは返事をしなかったけど、

 それでも、しっぽが、ふわっと一度だけ揺れたのが見えた。


 ――ああ、よかった。


 優しい夜だった。

 たくさんの気持ちが重なった、ひとつの名前が生まれた夜。


 ――そんな夜に、「おやすみ」を言えたことが嬉しかった。


 私はユイカの耳元に、そっと囁いた。


「ねえ、ユイカ」


 耳がぴく、と動く。


「もう少ししたら、エニのところ行ってあげてね。きっと寒いと思うから」


 しっぽが、ふわりと動いて、こくんと一回、小さく頷いたような気がした。


 その反応に、私もまた笑って、頭をぽんぽんと撫でた。


「ありがとう。エニのこと、すごく大事なんだ。よろしくね」

「きゅん……」

 

 私は安心して、ユイカをぎゅっと抱いたまま、目を閉じる。


 ──そしてもしも。

 私が隣にいなくても、この子がエニをあたためてくれるなら――それはきっと……きっと。


 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


 ユイカって可愛い名前(自画自賛おばけ)



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