第6話 「転生初日、無事に終了!」
本日もよろしくお願いします。
「すごくいい部屋だね」
宿屋の部屋に入った瞬間、ふわりと温かな空気に包まれた。
暖炉には火が灯され、部屋全体を優しく暖めている。
木製の家具が整然と並び、シンプルながらも清潔感があり、まるで誰かの家に招かれたような落ち着きがあった。
「……ほんとにここで寝るの?」
エニがドアの前で足を止めたまま、落ち着かなさそうに部屋を見渡している。
心なしか耳の動きがソワソワしているのが分かる。
「もちろん。マーサさんがお礼にって言ってくれてるんだから、お言葉に甘えちゃお」
そう言いながら私はベッドに腰を下ろし、試しに軽く弾むように体を揺らしてみた。
おお……ふかふかじゃん……!
こんなにいい部屋を本当にタダで使わせてもらっていいのだろうか。
すると、エニはもうひとつのベッドには向かわず、私の隣にちょこんと腰を下ろした。
「今日はいろいろあったね。エニは疲れてない?」
「……ちょっとだけ。でも、大丈夫」
エニと出会ってまだ一日も経っていないのに、もう何日も一緒にいるような気がする。
それほど濃密な時間だった。
転生してすぐに襲われ、エニと出会い、魔物と戦い――
今こうして、村の人たちの好意で温かい部屋にいる。
「……さすがに私も少し疲れたかな」
しみじみとそう思いながら、私はベッドの布団をめくった。
「ほら、もう寝よ?」
促すと、エニは一瞬だけ戸惑ったような顔をした後、そっと布団の中に潜り込む。
肩まで布団をかけてやると、私はもうひとつのベッドに移動し、もぐりこんだ。
「おやすみ、エニ――」
そう言いかけた、その瞬間だった。
――もそもそもそ。
気づけばエニが私のベッドに潜り込んできていた。
「エニ? 一緒に寝るの?」
「……別に」
「いや、めっちゃこっち来てるけど?」
「……」
エニは何も言わず、そっぽを向いたまま布団の中にすっぽりと収まる。
尻尾だけがふわふわと嬉しそうに揺れている。
(あ、これ聞こえないふりしてるな)
彼女のそんな分かりやすい態度に、思わず口元が緩む。
ほんと、素直じゃないんだから。
「よし、一緒に寝ようか」
私が笑いながらそう言うと、エニはちょっとだけ肩をすくめた。
それが、彼女なりの「ありがとう」なのかもしれない。
布団の中で感じるエニの温もりが、なんだかくすぐったい。耳がそっと私の頬に触れ、柔らかな銀色の毛並みが心地よい。
しばらく無言の時間が続いた後、彼女がぽつりと呟いた。
「……あったかい」
「そうかな? エニもぽかぽかだよ」
「……こうやって寝るの、初めて」
その言葉に、私は一瞬だけ胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
どれだけ孤独だったのだろう。
「そっか。でも、もう一人じゃないよ」
私がそう言うと、エニは少し驚いたように目を瞬かせる。
でもすぐに、まるで誤魔化すように顔を布団にうずめた。
「……わかってる」
静寂の中、私は突如として小さな刺激を感じた。
「エニ、今……耳、噛んだ?」
「……少し」
「少しって……」
思わずエニの顔を覗き込んだ。
……これは、明らかに誤魔化してる顔だ。
耳がぴくぴくと落ち着きなく動いている。
「ねぇ、どうして噛んだの?」
「……特に意味はないけど」
「めちゃくちゃ意味ありそうな顔してるよね?」
「……気のせい」
エニはぷいっと顔を背けてしまった。
その横顔がなんとなく不機嫌そうで、なんとなく気まずそうで、そしてほんの少しだけ赤く染まっている。
ああ、もう……。
私は満足げに彼女を撫で続けながら、そろそろ本当に眠ろうと目を閉じた。
――そう思ったのも束の間。
「ガーハッハッハッハ!」
窓の外から、豪快な笑い声が聞こえてきた。
(……村長たち、まだ宴やってるよ)
私は心の中で小さくツッコミを入れる。
「……うるさい」
エニが寝ぼけた声でぽつりと呟き、私の胸元にぐりぐりと頭を擦りつけた。
「うん、うるさいね」
私も小声で相槌を打ち、そっと彼女の頭を撫でる。
エニがそばにいる。 私がそばにいる。今はきっと、それだけで十分だった。
今夜は――賑やかで、そして温かい夜になりそうだった。
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