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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第4章 狼の耳としっぽ、そして出会い
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第58話 「エニってばネーミングセンスないのね」

本日もよろしくお願いします。

 森の外れに、野営の準備をした。


 もともと人通りの少ない山道とはいえ、夜になれば危険も増す。けれど今は、そんなことよりも……この子の体を休ませてあげたかった。


 焚き火の火は、少しずつ静かになっていた。

 パチ、パチ……と、乾いた枝のはぜる音だけが、夜の空気に溶け込んでいく。


 その明かりを囲むように、私たちは1枚の毛布にくるまりながら、そっと腰を下ろし、少しでも暖かくなるように身を寄せ合っている。


 いつもの夜。


 でも、いつもと違う夜。


 この子がいる。


 九本のしっぽを持つ、小さな狐。

 赤と金が混ざり合ったような毛並みは、火の光に照らされるたびに、煌めいて見えた。


 怯えはまだ残っている。

 けれど今は、おとなしくエニの足元に丸くなって、干し肉を口元でゆっくり噛んでいた。


「……わあ、食べた……!」


 エニが、目を輝かせて声を漏らす。

 嬉しそうに体を揺らしたその瞬間――子狐のしっぽが、ふわふわ、ぶんぶん。


「しっぽ、ふってる……」

「ほんとだ……わかりやすい子だね」

「かわいい……っ」

 

 エニのしっぽも嬉しそうに揺れている。こっちも分かりやすくて可愛い。

 エニの笑顔は、火の光を受けていつもよりやさしく見える。

 


 火が落ち着いてきたころ、私たちは寝床を整えた。

 リュックで風よけを作って、毛布を並べて敷く。


 私が先に見張りをすることにして、エニを先に毛布の中へ送り出した。


「とーこ……ちゃんと交代してね」

「うん。エニがぐっすり寝てたら、起こさないかもしれないけど」

「……む」

「ふふ、冗談。ちゃんと声かけるよ」


 ふたりで小狐を見つめていたその時。ふと思い出した。


「そういえばさ」


 私は、脇に置いていた自分の荷物をごそごそと探って、一冊の薄い本を取り出した。


「魔物図鑑、持ってたんだった」


 そう言うと、エニが顔を寄せてくる。

 ふわっと毛布が揺れて、自然と肩が触れ合った。


 エニの体温が、ほんのり伝わってくる。


「……見せて?」

「うん。これ」


 指先でページをめくり――あった。


 焔幻の尾。

 しっぽは九本、毛並みは赤と金の混ざったような色。

 幻影魔法と、炎の魔法を使いこなす高位の魔物。


 人を惑わし、燃やし、姿をくらます。

 その名を聞くだけで恐れられる魔物――とある。


「うん……やっぱり、すごい子なんだなあ」


 焔幻の尾の子供なんて、普通に考えたら、とんでもない存在。でも今は、その子が私たちの前で、安心したようにちいさく丸まってる。


 エニがぽつりと言った。


「……名前、ないのかな」

「考えよっか。名前」


 エニがちょこんと座り直して、うーん、と唸る。


「うーん、しっぽが九本だから……きゅーちゃん?」

「まあ、普通すぎるけど、悪くは……」

「メラしっぽ!」

「強そうだけどちょっとセンスが……」

「もふメラちゃん!」

「……“ちゃん”つけたら許されると思ってない?」


 くすくす笑いながら、ふたりで火を見つめる。


「夜ゆっくり考えようか」


 私は小さく伸びをして、あたりを見張りながら、焚き火に薪を焚べる。


 ふと、小さな音がして、私は振り返る。


 毛布にくるまったエニの身体が、もぞもぞと揺れている。


 その胸元――小さな狐の影が、

 毛布の隙間から、器用にすりすりと潜り込んでいった。


 赤と金のしっぽがぴょこっと出ていて、それをエニが無意識に抱きしめる。


 そして、小さく鳴いた。


「……きゅん」


 エニがうすく目を開けて、眠そうな声で、ぽそっと。


「……どういたしまして」

 


 そのまま、安心したように目を閉じる。


 私は、静かに息を吐いた。

 小さな火を守るように、リュックの位置をもう少しだけずらしてやった。


 私は、なんてことのない夜の空を見上げる。


 星がひとつ、またひとつ。

 その下で、またひとつ“守りたいもの”を増えた。


 ……ああ、こういう夜が続けばいい。

 そう思ったのは、きっと私だけじゃなかったはずだ。

 読んでくださりありがとうございます。

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