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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第4章 狼の耳としっぽ、そして出会い
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第57話 「この子、連れていきます」

本日もよろしくお願いします。


「おわっ!」


 狐の子が、私の胸元に飛び込むようにしてぶつかってきた。


 そのすぐあと、地響きとともに追いかけてきたのは、灰色の毛に覆われた──山犬のような魔物。体格は大人の熊ほどもあり、赤い目をぎらつかせて、吠えるように咆哮した。


「赤い目……!」


 エニが一歩、前に出た。


「……させない」


 狐の子をかばうようにして、ぴたりと足を止める。

 ふだんはふにゃっとしているエニの顔が、ぎゅっと引き締まっていた。


 魔物は、吠えた。


 その音にびくりと肩を揺らしながら、それでもエニは動かなかった。



「……おいで」


 エニの右手が光る。電気が、空気を焦がしながら集まる。

 魔物が跳んだ。その大きな爪が振りかぶられるより先に、雷が地を這って駆け抜けた。


 エニが叫ぶように唱える。


「やっつけろ!」


 電気の中から飛び出したのは、咆哮する雷の狼。

 真っすぐに魔物へと突っ込む。

 火花が爆ぜて、衝撃が走り、雷光が迸った。


 そのまま――魔物は、倒れた。


 ふうっと、エニが息をついた。その肩はまだ緊張で固く、手の先から電気の残滓がパチパチと散っている。

 私も心臓がバクバクと鳴ったまま、我に返るのに少し時間がかかった。あまりに突然の出来事に、頭の中が真っ白になっていた。


 「大丈夫?」と声をかけてくれたエニに小さく頷き、私は狐の子を抱き上げる。


「……この子しっぽ、多くない?」


 エニがそう呟いた。


「……このしっぽ。まさか、この子……焔幻の尾の……?」


 思い出したのは、あの日、ギルドでのやり取り。

 シルヴィアさんが提出した焔幻の尾の証。討伐対象の強大な魔物。そして、その子供がいると、話していた。


 ――その子だ。間違いない。


 私は、腕の中の子狐を見つめた。


 その毛並みは灰にまみれ、身体は傷だらけで……小さく震えていた。でも、今にも消えそうな灯火のような命が、そこにあった。


 魔物は退治するもの。


 人を襲う。街を壊す。だから……。

 この世界に転生してからそれが当たり前だった。


 でも――この子は、なんだろう?


 小さく、体を縮こまらせて、痛みに耐えていて。

 今の今まで、魔物に追われ、森の奥から、必死に逃げてきて。


 私が出会った、あの時のエニとそっくりだった。


 怯えていて、誰も信じられなくて、それでも必死に生きようとしてた。

 人間じゃないってだけで、酷い目に遭わされて。


「……っ」


 私の手が、震えた。

 この子を、このまま見捨てたら、見なかったことにしたら。


 それは、自分の手で――かつてのエニを見捨てるようなものだ。


 そんなこと、できるはずない。


「とーこ……?」


 エニが心配そうに声をかけてくる。

 私はうなずいた。そして、子狐の額に手をかざす。


 口にしたのは、魔法の言葉。


「……いたいの、いたいの……とんでけ」


 掌から、ほんのりとした光が溢れた。

 言霊魔法。形は曖昧で、はっきりと何が起きるかはわからない。


 だけど、私は願うように、祈るように唱えた。


「とんでけ、とんでけ……痛いのも、怖いのも、全部……とんでっちゃえ」


 手のひらが、ぬくもりを伝える。

 子狐の震えが、すこしずつ、静まっていった。


 その目が、うっすらと開かれる。


 ――金色の瞳だった。ただ、ぼんやりと、困惑するように、私を見つめていた。


 私は笑った。


「大丈夫。もう怖くないよ。ね、エニ」


 隣で、エニもうなずいた。


「うん。とーこがいるから、大丈夫だよ」


 子狐の目が、ゆっくりと細められる。

 そして、私の手に、ぽすんと額を預けた。


 魔物だからって理由だけで、切り捨てられる命じゃない。逃げるしかなかった誰かを、救えなかった自分には、なりたくない。


 だから私は、ぎゅっとその子を抱き上げた。


「さ、行こうか」

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


エニ「あたしも抱っこしたい」

とーこ「はい、そっとね」

エニ「かわいい」

とーこ「早く休めるとこ探そう」

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