第56話 「こんな出会い方ある!?」
本日もよろしくお願いします。
布団の中のあたたかさは、旅を忘れてしまいそうなくらいだったけど――
私たちには旅がある。立ち上がらなきゃ、歩かなきゃ、次の景色には出会えない。ここで3度寝をするのはあまりにも旅人の自覚が無さすぎる。
「よし。そろそろ、起きますか」
私が布団から抜け出すと、エニも目はまだ眠そうだったけど、ぴたぴたと足音を立ててついてくる。
出発の支度を終えて、私たちは宿を出た。
朝の空気は冗談みたいに冷たい。でも、その中で私たちは色違いのおそろいの防寒着を着て、ぴったり並んで歩き出した。
手をつないで歩くのは、最初だけだった。
荷物を持ち替えたり、斜面に気をつけたり、道の端で咲いていた小さな花にエニが気を取られたりして、何度も離れたけれど──気づけばまた並んで歩いている。そんな距離感。
気張らず、素直で、自然体なふたりの時間。
「ちょっと走ろっか。寒いし、身体あっためよう!」
軽く声をかけて、私は駆け出した。
ふふ、たまには私がリードして──
──ズバァッ!!
風を切る音とともに、銀色の髪が私の視界を駆け抜けた。
「えっ!? ちょ、えっ!? 待って待って!? 今の何!? 誰!? エニ!?!?」
走ってる。
めっちゃ速い。なんか信じられない速さでエニが走ってる。
一点のブレもなく一直線に駆けてる。
電気を纏ってないのに、なんなのあのスピード。
「……なんで!? 私が先に走り出したのに!? 私が置いてかれてるのなに!?!?」
走りながら叫ぶ私の前方で、エニがぴたりと止まって、振り返る。
「とーこ、おそい……」
「いや、あたしが遅いんじゃない! エニが速すぎるの!」
エニは、息一つ乱れてない。
「たのしい。走るの」
「はあ……はあ、それは……よかった」
エニがほんのり笑った。
防寒着の袖がふわっと揺れて、その表情が朝の光に透けた。
私の中で何かがとけて、「もういいか……」ってなった。速さで勝とうとしたのが間違いだった。人間に獣の耳としっぽが生えたような見た目だから忘れてたけど、エニは狼だもんね。
午前中は山に続くなだらかな丘を進み、昼すぎに小さな小川のそばで腰を下ろした。
私が水筒に水を汲んでいる間、エニは石の上でリュックを下ろして、足をぶらぶらさせながらぼーっとしている。
「……大丈夫? つかれてない?」
声をかけると、エニはゆっくり首を振って──ふっと笑う。
「ぜんぜん」
「普段寝てばっかりなのに体力すごいね」
私はエニの頭をそっと撫でた。
耳がぴくりと揺れて、それから小さく伏せられる。
撫でる手を止めると、エニはちらっとこちらを見て、いたずらっぽく笑った。
「つづき、していいよ?」
「……エニは撫でられ慣れすぎなんよ」
「……とーこ限定」
そんな他愛ないやり取りが、なんだかものすごく貴重なものに感じた。
しばらくそのまま休憩してから、再び歩き出す。
陽が傾きはじめたころ。遠くの風に、焦げたような匂いが混ざった。
私は立ち止まって、エニに目配せする。彼女も、鼻をひくつかせていた。
「……なんか、くさいね。煙?」
「うん……何か燃えてる?」
さらに進んでいくと、木々の向こうにちらりと赤いものが見えた。火――じゃない。火じゃないのに、赤くて、光っていて、動いていて――
その“それ”は、突然、茂みをかき分けてこちらへ飛び出してきた。
狐だった。
まだ子どもみたいな、小さな体。ふわふわの尾。だけど、その瞳は恐怖に見開かれ、後ろを何度も振り返りながら走ってくる。
よく見ると、その毛並みはただの赤ではなく、炎のように揺らめいているような色合い。耳の先は赤みがかった金色で、異様に輝いている。普通の狐とは明らかに違う、何か魔力を持った生き物のようだった。
その向こう。森の奥で、鈍い地響きが起きた。
――何かが、追ってくる。
私とエニは、顔を見合わせた。
「とーこ!」
「うん。構えて!」
狐は、こっちに向かって真っすぐ駆けてくる。
助けを求めるように。
私たちが思っていたよりもずっと早く、物語は動き出した。
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エニ「しっぽは?」
とーこ「ほらもう行くよ」
エニ「……しっぽは?」
とーこ「……はいはいこっちおいで」