「泣かないでよ」
本日もよろしくお願いします。
「エニ!」
その声が聞こえた瞬間、それまで凍っていた心臓が、強く脈を打った気がした。
倉庫の空気が変わった。
誰かが叫んで、誰かが黙らされて、風が走る音がする。
――怖かった。
でも、それよりも、待ってた。
とーこが来てくれるって、信じてた。
「エニに触るなっ!!」
声が怒ってる。震えてる。
でも、まっすぐで、強い。
私のために怒ってくれてる、それだけで……
涙が、止まらなかった。
魔法の気配。誰かが叫ぶ。
けど、その全部が、怖くなかった。
だって、とーこが来てくれたんだもの。
私の名前を、何度も、何度も呼びながら。
震える手で、縄を解いてくれた。
「ごめん……ごめんね……っ!」
泣いてる声。
何度も謝ってる。
ちがうよ。
とーこは、なにも悪くない。
「……あたしが離れちゃったのが悪かったの。ごめんなさい」
声が、うまく出なかった。
喉が詰まって、上手く喋れなくて。
でも、伝えたくて、伝えたくて……言葉を必死に探した。
それでも、とーこは、泣きながら何度も首を振ってた。
大好きな人が、泣いてる。
私のために、苦しんでる。
違う。
そんな顔してほしくない。
「とーこ!」
声を振り絞って、名前を呼んだ。
その顔が、はっとして、私を見る。
そんなふうに泣かないで、って言いたいのに、声が出なかった。
手首が痛い。
まだ痺れてて、うまく動かせない。
肩や胸が、強ばって、息も浅い。
きっと、怖さが残ってるんだと思う。
でも、それでも。
とーこの涙を止めたくて、触れたくて。
私に今できる、たった1つのことを、選んだ。
唇を重ねた。
ふるえて、あたたかくて。涙の味がして。
でもそれは、私の精一杯の、ありがとうだった。
「……頭、撫でて?」
少し照れくさかった。
でも、ずっとこうしてほしかった。
怖かった時間を、とーこの手で、優しく上書きしてほしかった。
「……それで、許してあげる」
とーこの手が、私の髪に触れた。
ふるふる震えてるのに、すごく、すごく、優しい手だった。
涙が止まらなくて、私はぎゅっと抱きついた。
「……っ」
とーこの胸に、顔を埋めて、服をぐしゃぐしゃにしながら、声を殺してたくさん泣いた。
誰よりも強くて、優しくて、まっすぐで。
私のことを、守ってくれる人。
その人の腕の中にいる、今この瞬間が、世界のどんなご褒美より、あたたかかった。
「大好きだよ、エニ」
とーこが、そっとおでこを合わせてくれた。
その声が、心の奥に、まっすぐ落ちた。
ああ、私は。
とーこに“守られるだけの存在”じゃない。
――とーこに、生きていてよかったって思わせられる存在になれたんだ。
そう思ったら、心の奥がじんわりして、気づけば、私はふわっと笑ってた。
だって私は、今ここにいて、とーこに、ちゃんと抱きしめられている。
それだけで、私は生きていてもいいって、ちゃんと思えた。
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