「帰ってくるって信じて、送り出すんです」
本日もよろしくお願いします。
本日より、5話ほど幕間を挟んで、3.5章に入ります。
本日の主役は赤毛の美少女、リディア・メイヴァースです
私がこの街に来たのは、18歳のとき。
学園都市・ヴェルナードから、ここ、レインダールにやって来た。
冒険者になって、人を助ける仕事がしたかった。でも、魔法の才能はなかった。
何を試しても、石ひとつ動かせい。
それでも、「人を助ける仕事がしたい」って思った。
冒険者になれないなら――冒険者を、支える側になろう。
そうして私、リディア・メイヴァースは、このギルドで受付嬢になった――。
私の仕事は、笑顔で送り出すことだ。
冒険者たちを見送るたび、そう思う。
どんなに不安でも、どんなに心配でも、顔には出さない。それが私の役目だから。
ギルドのカウンターからは、ギルドの中が見渡せる。
今日も何組もの冒険者たちが、次の依頼へと向かっていく。
背中に希望を詰め込んで。
少しだけ、不安を隠して。
女の子にいい顔しちゃったりして。
そんな彼らを見送るたびに、心がきしんだ。心配で、怖くて、ギルドの制服を着るのさえ嫌になる日だってあった。
だって――
笑って送り出しても、帰ってこないことがあるって、知ってしまったから。
初めて、それを経験した日のことは、今でも忘れられない。
笑顔で手を振ったあたしを見て、あの人は――あの冒険者は、とても嬉しそうに笑ったんだ。
「行ってきます!」
って、私に。
それなのに。
帰ってきたのは、彼の仲間たちだけだった。
ボロボロに疲れた顔で、ただ、黙って依頼書を置いていった。目も合わせないまま、背を向けて、ギルドを出ていった。
そのとき、思った。私の笑顔なんて、何の役にも立たないって。
それからしばらく、私は、ぎこちない笑顔しかできなかった。無理に口角を上げて、無理に明るい声を出して。
心の中では、ぐちゃぐちゃだった。
そんな私を見て、他の受付の先輩たちは、優しく言ってくれた。
「よくあることよ」
「大丈夫、そのうち慣れるから」
「気にしすぎちゃもたないよ」
どれも、きっと本当のこと。
長くこの仕事をしていれば、そうやって受け流す強さも必要なのかもしれない。
でも、私は……どうしても、そうなれなかった。
だって――
あの人は、嬉しそうに笑って「行ってきます」って言ってくれたのに。
それを、ただ「よくあること」で済ませたくなかった。
帰ってこなかったその人のぶんまで「行ってらっしゃい」の重さを忘れたくなかった。
でも、ある日気づいた。
私には、できることがあるって。
送り出すだけじゃない。帰ってきてもらうために、できることがある。
それは――約束をすること。
くだらないことでもいい。
小さなことでもいい。
「お土産話楽しみにしてますね」
「お菓子準備して待ってますね」
そんな、ささいな約束でも。命を繋ぐ理由になれるかもしれない。
誰かが楽しみにしてる。
誰かが待ってる。
その小さな“引っかかり”が、ふとした瞬間に誰かを踏みとどまらせるかもしれない。
そう、信じることにした。
魔法が使えない私は、魔法の代わりに――「言葉」を使う。
言葉には、力がある。
誰かを笑顔にする力。
帰る場所を思い出させる力。
小さな、でも確かな灯りになる力。
私のこの言葉だって、誰かの命をつなぐ魔法になれる。
私は、そう信じてる。
そう信じたい。
……だから、私は、今日もお菓子を用意する。
約束のために。
笑顔のために。
生きて、帰ってきてもらうために。
カウンターの引き出しに、お菓子の袋をしまいながら、私は小さく笑う。
ほんと、めんどくさい。
こんなふうに、祈るみたいな真似、ほんとは柄じゃない。
でも、やめられない。
だって、私は――送り出す人間だから。
たとえ、この手が空っぽになる日が来ても。
たとえ、また誰かを失ったとしても。
私は、約束を結び続ける。
笑顔を信じて、手を振り続ける。
たったひとつの、ささやかな願いを込めて。
「いってらっしゃい」
「またね」
「待ってるよ」
何度だって、何度だって。
私は、送り出す。
……そして、信じる。帰ってきてくれるって。
そのときだった。
カラン、とギルドの扉が開く音がする。
振り返ると、リーナさんとミレイさんが入ってくる。今日も討伐依頼に行くのだろうか。
その後ろに、ウェーブのかかった茶髪を揺らした同年代くらいの女の子と、銀の髪と獣の耳としっぽを持つ少女が、並んで立っていた。
しばらくギルドを彷徨いたと思ったら、初々しい眼差しで、こっちを見てくる。
ああ、また今日も――私は、約束を交わすんだ。
笑顔で、祈るみたいに。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルド・レインダール本部へようこそ!」
読んでくださりありがとうございます。
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次回の主役はリーナとミレイです!!!