第54話 「リュックに入りきらないものを胸に」
本日もよろしくお願いします。
3章最終話です
あれから、数日が経った。
私はリーナとミレイ、それからリディアさんにきちんと頭を下げた。
「本当に……ありがとうございました」
リーナは「よかったよ〜、2人とも無事で」って笑ったけど、その目は赤くなっていた。
ミレイは「当然のことをしただけよ」と静かに言い、リディアさんは「無事で何よりです♪」と、いつもの笑顔で迎えてくれた。
シルヴィアさんにもお礼を言ったけど、彼女は少し困ったように笑っていた。
「……別に。礼を言われるほどのことはしてないわ。無事だったなら、それでいい」
そう言って、銀色の髪をふわりと揺らして去っていった。かっけえ。
――そして、昨日。
完成した武器を受け取りに行った。
ブラストさん――あの、中二病な武器屋の手によって、
私とエニのために、それぞれ……もうどんな名前の武器だったか忘れちゃったけど、いかにも必殺技みたいな名前の短剣が仕上がっていた。
「……名前長い」
エニがぼそっと呟いてたけど、すごく大事そうに短剣を抱きしめてたから、多分、すごく気に入ってる。
こうして、色んなことが――少しずつ、ちゃんと前に進んでいる。
そして、今日。
――旅立ちの日。
朝、まだ少しひんやりとした空気の中、私は宿で荷物の最終チェックをしていた。
「うっ……首が……」
寝違えた首を押さえながら呻くと、ベッドの上で着替え中のエニが小首をかしげる。
「とーこ、首、痛い?」
「うん。エニが……夜中ずっと、くっついてたから……」
自分のせいだと気づいたらしいエニは、耳をぺたんと伏せ、しっぽをしゅんと垂らした。
「……だって……」
小さな声でエニがそう言った。
「わかってるよ」
私は苦笑しながら、エニの頭をぽんぽんと撫でた。
荷物をまとめ、武器を携え、私たちは宿を出た。
目指すは――首都の西門。
そこには、待ってくれている人たちがいた。
「とーこちゃん! エニちゃん!」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのは、リーナとミレイ。
エニはぱっと表情を明るくして、ふわりとしっぽを揺らす。
「リーナ、ミレイ……!」
「あんなことがあった直後に、すぐ旅立ちなんて……ちょっと早いんじゃない?」
リーナが、少しだけ眉を寄せて言う。
「うん……でも、立ち止まりすぎるのも違うかなって」
私がそう言うと、ミレイがふっと笑った。
「あなたたちらしいわ。前に進む姿勢が」
リーナは私たちをじっと見てから、両手を腰に当てて、いつもの調子に戻った。
「寂しくなるな〜」
リーナがふわっと笑い、エニの頭をくしゃっと撫でた。
「でも……すぐまた会えるよ。ね、ミレイ」
「ええ。次に会うときは、もっと強くなってるんでしょう? あなたたちは」
「旅の仲間増えてたりしてね〜」
リーナとミレイの柔らかな声に、私は胸がじんと熱くなる。でもそれは、悲しみじゃない。心から信じてくれているその言葉が、嬉しくて、温かかった。
そこへ――
「おはようございます♪」
リディアさんが笑顔で近づいてくる。今日も変わらず、語尾に音符がついてるような明るさだった。
「また、お会いしましょうね。そのときは、ちゃんとお土産をお願いします♪」
「もう、旅行じゃないんですよ〜」
私は笑いながら返したけど、リディアさんはそれすらも包み込むように微笑んで、
「お土産、楽しみにしてますね♪」
そう言って、私の手をぎゅっと握ってくれた。
「……わかりました。必ず」
リディアさんは満足そうに頷いた。
その時だった。
ふわりと風が吹いて、小さな影がひょいっと飛び上がった。
「わっ」
エニの頭の上に、毛玉――シフォンが着地していた。
「……シフォン? また乗ってる」
困ったように笑うエニの肩に、シフォンは器用に足をかけ、まるで「ここが私の席」とでも言うように収まっている。
「おーい、シフォンー。お前まで旅立つつもりか?」
ゆったりとした声がして、振り返るとそこにいたのは、バルトさんだった。
「バルトさん!」
「年寄りは朝が早いんだ。見送りくらい、させてくれ」
言いながら、バルトさんはエニの頭に乗ったシフォンを、慣れた手つきで抱き上げる。
けれど、シフォンはじっとエニの方を見つめたまま、名残惜しそうに鳴いた。
「……そっか、離れたくないんだね」
エニが小さく呟く。
そして彼女は、一生懸命干し肉をかき分け、カバンから何かを取り出した。
手のひらサイズの――あの、狼のぬいぐるみ。リディアさんへのお返しを買った日に大量の干し肉と一緒に買ったやつだ。
「……代わりに、これ持ってて?」
そう言って、シフォンの前にそっと差し出す。
シフォンはくんくんと鼻を寄せ、それから――ふいに、くわえた。
「……なんだか、わりぃな」
バルトさんがそう言って、ぬいぐるみを咥えたままのシフォンを撫でる。
そして、私とエニが腰に差した短剣に目を向け、目を細めた。
「おぉ……これは、あいつの仕事だな。クセはあるが、腕は確かだ。いいもんつくって貰ったな」
バルトさんは短剣を一瞥し、満足げにうなずいた。
「その武器は……なんて名前なんだ?」
リーナとミレイも興味津々に顔を寄せると、エニは小さく胸を張って答えた。
「……忘れた」
「……ちょっとクセが強すぎる名前だったのは覚えてるんですけど……」
「あいつも相変わらずだな」
バルトさんが肩をすくめる。
でもその顔は、どこか楽しそうで、あたたかかった。
こうして、ひとり、またひとりと、私たちの背中を押してくれる。
旅の始まりに、こんなにもあたたかな光をもらえるなんて――
(ほんと、幸せ者だな……私たち)
そこへ、地面を蹴るような足音と、息を切らした声が近づいてきた。
「おーい! 間に合ったか!」
首都の南門の門番――ラガンさんだった。
いつもの装備姿で、額に汗を浮かべながら駆けてくる。
「ラガンさん!?」
エニが目を丸くして、驚いている。
一歩前へ出ると、ラガンさんはにっと笑い、腰に手を当てた。
「見送りに来たんだよ。門番だってな、たまには門の外まで顔を出すもんさ」
そう言ってラガンさんが軽く背負い袋を解くと、中から取り出したのは――あの狼のオブジェ、「シルバーファング」だった。
彼はそれをしっかりと腕に抱いたまま、私たちに向き直る。
「俺とこいつは、これからも南門を守るんだ。だけど――」
ラガンさんはまっすぐに、エニの目を見る。
「お前たちの旅に、シルバーファングの加護があるよう祈っとく。道に迷ったら、いつでも帰ってこいよ。こいつと一緒に、俺が門で待ってるからな」
エニの瞳が一瞬揺れて、そして――小さく、けれど確かに頷いた。
「……うん」
その声は、風の中に優しく溶けていった。
風が少しだけ強くなって、朝の空気に緊張感と寂しさが混ざる。
そんな中で、リーナがぱちんと指を鳴らした。
「そうだ、とーこちゃん。シルヴィアさんから伝言、預かってるの」
「え?」
「“学園都市に行くなら、また会えるわ”……だってさ」
その言葉に、胸がどくんと高鳴った。
シルヴィアさんが、また会えるって言ってくれてる。
「……そっか」
顔を上げると、見送ってくれる人たちがそこにいる。
リーナ、ミレイ、リディアさん。
ラガンさんに、バルトさん。
エニの頭の上にはシフォン。また乗ってる。
出会って、支えてくれて、笑ってくれて、励ましてくれた人たち。
この場所で出会えたすべてが、今の私たちの力になっている。
――もう、怖くない。
ちゃんと、前を向いて歩いていける。
「行こうか、エニ」
「……うん」
西門の先――新しい旅の始まりへ、一歩を踏み出した。
背中には、たくさんの「ありがとう」を詰め込んで。
胸には、「絶対また帰ってくる」という約束を抱いて。
そして隣には、私の大切な、大切な――エニがいる。
物語は、まだまだこれからだ。
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次は幕間を挟み3.5章に入ります。
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