第51話 「助けるから。絶対に」
本日もよろしくお願いします。
エニがいない。
「……あれ?」
すぐ後ろにいると思ってた。
あのサラサラの銀髪も、ぴょこぴょこ動く耳も、しっぽも。
何も、どこにもない。
胸の奥に、軽い違和感が走る。
「エニー? もー、また寄り道?」
冗談めかして呼びかけた声は、自分でもわかるくらい、乾いていた。
辺りをきょろきょろと見回す。
けれど、どこにも、エニの姿はない。
「エニー?」
声が自然と上ずった。心臓が一拍、強く打つ。
いつもなら、すぐに駆け寄ってくるのに。
いつもなら、隣にいて袖を引っ張ってくれるのに。
「エニ? ……エニ?」
焦りが、声を震わせる。
私は武器屋の前まで戻る。
いない。
通りの向こうも覗く。
いない。
ただ、屋台の香ばしい匂いだけが、空っぽの裏通りに漂っていた。
胸が、ひゅうっと縮こまる。
「……エニ……?」
か細く漏れた声は、まるでこの世界にかき消されるように、消えていく。
震える手で、私はガラケーを取り出して、エニの番号を押す。
――その瞬間。
すぐ近くで、着信音が鳴った。
「え……?」
音のした方を見ると、そこに落ちていたのは。
――エニのカバン。
リディアさんにエニの誕生日でもらった、肩掛けのカバン。
エニが毎日大事そうに肩から下げていたもの。
そこから、かすかに聞き慣れた着信音が漏れている。
ふらりと歩み寄って、拾い上げる。
指先が、信じられないくらい冷たくなっていた。
カバンの端には、擦れたような汚れ。小さな、小さな引きずった跡。
私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
悪い想像が、脳裏をよぎる。
いやだ。
そんなの、いやだ。
「エニ……エニ……!」
わけがわからない声が、勝手に喉から漏れた。
心臓が、耳元でバクバクと嫌な音を立てる。
泣きそうになるのを必死でこらえながら、私はまたガラケーを操作した。
誰か、誰か助けて。
『はい、リーナで――』
「リーナ! エニが! エニがいないの!」
電話口に叫んでいた。
もう、プライドも何もなかった。
ただ、誰かに縋りたかった。
「さっきまで一緒にいたのに、急に、目の前から――!」
『え!? ちょっ、落ち着いて、とーこちゃん! 今ギルドにいるから、リディアさんにも――』
電話の向こうで、ざわめきが起こる。
『リディアさん! エニちゃんがいなくなっちゃって!』
『え!? わかりました。すぐに――あ! シルヴィアさーん。ちょうどいいところに!』
『騒がしいね。何があったの』
『エニちゃんがいなくなっちゃったそうなんです』
『エニって……ああ、あの獣人の子ね。わかったわ。場所は?』
『とーこちゃん今どこにいるの? 言ってた武器屋の近く?』
「は、はい! そうです!」
『ブラストさんの武器屋の近くだって!』
『わかったわ。すぐ行く』
『ミレイ! 私たちも! とーこちゃん! 落ち着いてね。私たちもすぐ行くから』
ぷっと電話が切れる。
皆が動いてくれてる。
私たちのために、こんなにも真剣に動いてくれてる。
それが、すごく、すごく、嬉しかった。
心細かった胸に、少しだけ、あたたかいものが灯った。
でも。
(待ってなんか、いられない――!!)
誰かが来るのを、ただ待つなんて、できない。
エニが――私の大事な、大事な子が――今どこかで、震えているかもしれないのに。
私は、ふらふらと地面にしゃがみ込み、リュックからくしゃくしゃに丸まっていた首都の地図を引っ張り出した。
震える指で広げる。
にじんで見える地図の上に、必死に問いかける。
「……どこ……どこなの……エニ……」
声が震えた。
涙が滲んだ。
「お願い、教えて……どこ……」
ぎゅっと拳を握りしめた。
私はもう、叫んでいた。
「――エニはどこっ! 教えて! 応えてよ、私の魔法!」
その瞬間――
地図の一角が、眩しい光で弾けた。
魔力が地図の上を走り、言葉にならない想いが形を結ぶ。
裏通りの倉庫街。
光の粒がそこを指し示して、はらはらと舞い落ちる。
地図上の光の点から、かすかな糸が伸びて私の胸に繋がる。
エニが、そこにいる。
「いた……!」
私は地図を抱きしめるようにして立ち上がり、駆け出した。
思考も、感情も、もうぐちゃぐちゃだった。
怖い。 泣きたい。
でも、そんなのは後でいい。
それ以上に――
(エニを、助けなきゃ――!)
走り出した瞬間、胸の奥にいくつもの記憶がよみがえった。
出会った日のこと。
ぎこちなく、でも必死で笑おうとした顔。
小さな手でそっと触れてくれたこと。
森で、村で、首都で――笑ったり、泣いたり、怒ったり。
全部、全部、私にとってかけがえのない時間だった。
(エニは……私の、大事な、大事な――)
涙が滲んでも、私は止まらなかった。
倒れそうになる足を必死で前に出す。
(助ける。絶対に。私が、エニを!)
歯を食いしばって、私は、エニのもとへ――
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