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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第3章 狼の耳としっぽ、そして首都
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第47話 「信じてもらえた、それだけで」

本日もよろしくお願いします。


 朝、まだ柔らかい光が窓から差し込んでくる頃。私は、軽くあくびをしながら身支度を整えていた。


「エニ、寝癖ついてるよ。ほら、じっとして……」

「ん……」


 椅子にちょこんと座ったエニは、まだ眠たそうな目をしている。耳はぺたんと寝ていて、頭の上の髪がちょっとだけ跳ねていた。私は手ぐしで優しくとかしながら、指先でそっと整えていく。


「よし。かわいくなった」

「……もとからかわいい」

「……はいはい」


 そんなやりとりをしながら、私たちはリーナとミレイが待つ食堂へ向かった。


「おはよ~! よく眠れた?」


 リーナが元気よく手を振ってくれる。ミレイも朝の光に包まれて、いつもより少し柔らかい笑みを浮かべていた。


「おはようございます……お肉のにおいする」

「うん、昨日のギガコッコの残りでスープ作ってもらったの! パンも焼き立て!」


 席に着くと、テーブルには湯気の立つスープとふわふわのパン、色とりどりのサラダが並んでいた。

 

「「いただきます!」」


 4人での朝食はどこか賑やかで、エニもパンに齧りつきながら時々私の方を見てにこっと笑う。美味しいらしい。

 そのしっぽもご機嫌に揺れていて、まるで「今日もいい日になりそう」って言っているみたいだった。


 朝食を終えたあと、私たちはフェロルを村に預け、徒歩で森の見回りに出かけることにした。


「モフ……」


 フェロルがちょっとだけしょんぼりした声を漏らす。


「ごめんね、今日は危ないかもしれないから、お留守番してて。代わりに……子供たちと遊んであげて?」

「モフ!」


 ぴょこんと耳が立ち、フェロルのしっぽがぱたぱた揺れた。


「……いい子」


 エニがそっとフェロルの鼻先を撫でて、私たちは森の中へ足を踏み入れる。


 木漏れ日が地面に模様を描き、鳥のさえずりが頭上から聞こえてくる。けれど、その平和な空気の奥に、どこか張り詰めた気配が漂っていた。


「……とーこ、あれ」


 エニが立ち止まり、前方を指差す。その先にいたのは――


 鋭く伸びた前肢、金属のように外骨格。まさに、鉄の鎌を持ったカマキリ型の魔物だった。


 赤い目――あの特徴的な色が、森の陰からこちらを睨みつけている。


 私たちが気づいたその直後だった。


「ケエエエエェ!!」


 森の奥から、小型のカマキリ型魔物たちが大量に現れ、私たちには目もくれず、村の方向へ駆けていく。


「やばっ! ミレイ!」


 リーナがすでに剣を抜き、風をまとうように飛び込んだ。細剣が一閃、刃が走るたびに小型の魔物が一体、また一体と地に伏していく。

 ミレイもすぐさま詠唱を紡ぎ、掌から放った炎弾が、駆けていく魔物に直撃する。


(すご……)


 その無駄のない動き。慣れきった連携。思わず見惚れるほどの強者の風格だった。


 それでもほとんどは森を抜けていく。

 私は一歩、リーナたちの前に出た。


「――リーナとミレイは村の方をお願いします!」


 思わずそう叫んでいた。


(私たちに村の人を守りながら、大量の魔物を相手にするのは無理……。でも、リーナとミレイなら)

 

 ミレイが詠唱を止め、驚いたように私を見つめる。


 私の背中に、エニがぴたりと立った。

 静かに、でも確かな意思をこめて魔力を集中させている。パチパチと電気が迸る。


「とーこ」

「うん」


 言葉を交わさなくても、エニの意図が伝わった。彼女も同じことを考えていた。二人で立ち向かうこと。

 その姿に、リーナがふっと笑い、ミレイも小さく頷く。


「死なないでよ、とーこちゃん。エニちゃん。信じてるから」

「……あなたたちならきっと大丈夫ね」


 そう言ってリーナとミレイは村の方へ走っていった。

 リーナとミレイの言葉が、風のように胸に届いた瞬間。

 ぶわ、と。

 何かが、自分の中で弾けた気がした。


(信じてる、か……)


 たったそれだけの言葉で、心の奥底に眠っていた何かが目を覚ますような感覚。

 胸の奥が、あたたかく、でも確かな衝撃で満たされる。


(――私の“言葉”を、信じてくれる人がいる)


 途端に、体の奥からじわじわと力が湧き上がってくるのがわかった。

 これまで感じたことのない、満ちるような感覚。


「……え?」


 指先が熱い。鼓動が早くなる。世界の輪郭が少しだけ鮮やかになる。


(なんで……こんなに、力が……)


 わかってる。答えはひとつ。


(“信じてもらえる”って、こんなに……強いんだ)


 私は、両手を見つめる。微かに震えている。でもそれは恐怖じゃない。


 喜びだ。希望だ。

 そして何より――確かな“力”だ。


 私はぎゅっと拳を握り直す。


 誰かに信じてもらえること。

 誰かに「あなたたちなら大丈夫」と言ってもらえること。

 たったそれだけで、こんなにも、世界が違って見えるなんて。

 

 カマキリの魔物が、再び鋭く鳴く。


 その声すら、もう怖くはなかった。

 だって――今の私は、強い。

 

 私は、ゆっくりと前に一歩踏み出した。

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


 とーこがエニの事、可愛いって言いすぎて、エニも「ああ、あたしってかわいいんだ」って思い始めてる。実際めっちゃ可愛い。

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