第47話 「信じてもらえた、それだけで」
本日もよろしくお願いします。
朝、まだ柔らかい光が窓から差し込んでくる頃。私は、軽くあくびをしながら身支度を整えていた。
「エニ、寝癖ついてるよ。ほら、じっとして……」
「ん……」
椅子にちょこんと座ったエニは、まだ眠たそうな目をしている。耳はぺたんと寝ていて、頭の上の髪がちょっとだけ跳ねていた。私は手ぐしで優しくとかしながら、指先でそっと整えていく。
「よし。かわいくなった」
「……もとからかわいい」
「……はいはい」
そんなやりとりをしながら、私たちはリーナとミレイが待つ食堂へ向かった。
「おはよ~! よく眠れた?」
リーナが元気よく手を振ってくれる。ミレイも朝の光に包まれて、いつもより少し柔らかい笑みを浮かべていた。
「おはようございます……お肉のにおいする」
「うん、昨日のギガコッコの残りでスープ作ってもらったの! パンも焼き立て!」
席に着くと、テーブルには湯気の立つスープとふわふわのパン、色とりどりのサラダが並んでいた。
「「いただきます!」」
4人での朝食はどこか賑やかで、エニもパンに齧りつきながら時々私の方を見てにこっと笑う。美味しいらしい。
そのしっぽもご機嫌に揺れていて、まるで「今日もいい日になりそう」って言っているみたいだった。
朝食を終えたあと、私たちはフェロルを村に預け、徒歩で森の見回りに出かけることにした。
「モフ……」
フェロルがちょっとだけしょんぼりした声を漏らす。
「ごめんね、今日は危ないかもしれないから、お留守番してて。代わりに……子供たちと遊んであげて?」
「モフ!」
ぴょこんと耳が立ち、フェロルのしっぽがぱたぱた揺れた。
「……いい子」
エニがそっとフェロルの鼻先を撫でて、私たちは森の中へ足を踏み入れる。
木漏れ日が地面に模様を描き、鳥のさえずりが頭上から聞こえてくる。けれど、その平和な空気の奥に、どこか張り詰めた気配が漂っていた。
「……とーこ、あれ」
エニが立ち止まり、前方を指差す。その先にいたのは――
鋭く伸びた前肢、金属のように外骨格。まさに、鉄の鎌を持ったカマキリ型の魔物だった。
赤い目――あの特徴的な色が、森の陰からこちらを睨みつけている。
私たちが気づいたその直後だった。
「ケエエエエェ!!」
森の奥から、小型のカマキリ型魔物たちが大量に現れ、私たちには目もくれず、村の方向へ駆けていく。
「やばっ! ミレイ!」
リーナがすでに剣を抜き、風をまとうように飛び込んだ。細剣が一閃、刃が走るたびに小型の魔物が一体、また一体と地に伏していく。
ミレイもすぐさま詠唱を紡ぎ、掌から放った炎弾が、駆けていく魔物に直撃する。
(すご……)
その無駄のない動き。慣れきった連携。思わず見惚れるほどの強者の風格だった。
それでもほとんどは森を抜けていく。
私は一歩、リーナたちの前に出た。
「――リーナとミレイは村の方をお願いします!」
思わずそう叫んでいた。
(私たちに村の人を守りながら、大量の魔物を相手にするのは無理……。でも、リーナとミレイなら)
ミレイが詠唱を止め、驚いたように私を見つめる。
私の背中に、エニがぴたりと立った。
静かに、でも確かな意思をこめて魔力を集中させている。パチパチと電気が迸る。
「とーこ」
「うん」
言葉を交わさなくても、エニの意図が伝わった。彼女も同じことを考えていた。二人で立ち向かうこと。
その姿に、リーナがふっと笑い、ミレイも小さく頷く。
「死なないでよ、とーこちゃん。エニちゃん。信じてるから」
「……あなたたちならきっと大丈夫ね」
そう言ってリーナとミレイは村の方へ走っていった。
リーナとミレイの言葉が、風のように胸に届いた瞬間。
ぶわ、と。
何かが、自分の中で弾けた気がした。
(信じてる、か……)
たったそれだけの言葉で、心の奥底に眠っていた何かが目を覚ますような感覚。
胸の奥が、あたたかく、でも確かな衝撃で満たされる。
(――私の“言葉”を、信じてくれる人がいる)
途端に、体の奥からじわじわと力が湧き上がってくるのがわかった。
これまで感じたことのない、満ちるような感覚。
「……え?」
指先が熱い。鼓動が早くなる。世界の輪郭が少しだけ鮮やかになる。
(なんで……こんなに、力が……)
わかってる。答えはひとつ。
(“信じてもらえる”って、こんなに……強いんだ)
私は、両手を見つめる。微かに震えている。でもそれは恐怖じゃない。
喜びだ。希望だ。
そして何より――確かな“力”だ。
私はぎゅっと拳を握り直す。
誰かに信じてもらえること。
誰かに「あなたたちなら大丈夫」と言ってもらえること。
たったそれだけで、こんなにも、世界が違って見えるなんて。
カマキリの魔物が、再び鋭く鳴く。
その声すら、もう怖くはなかった。
だって――今の私は、強い。
私は、ゆっくりと前に一歩踏み出した。
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とーこがエニの事、可愛いって言いすぎて、エニも「ああ、あたしってかわいいんだ」って思い始めてる。実際めっちゃ可愛い。