第45話 「牧歌的な旅、終了のお知らせ」
本日もよろしくお願いします。
ちょっと文字数多いです。
フェロルの背中に揺られながら、私は何度も深呼吸をした。草原を吹き抜ける風がほんのり甘く感じる。
見上げれば、雲1つない青空がどこまでも広がっている。遠くで鳥の鳴き声がして、フェロルの足音はぽふぽふと土を踏みしめる。まるで夢の中にいるみたいで、私はなんだかふわふわとした気持ちになっていた。
エニは、リーナの背中じゃなくて、フェロルの体毛にしがみつくようにぴったりと抱きついていた。身体がまるごと毛の中にうずもれていて、たまにぴくりと揺れる尻尾だけが見えている。
その後ろ姿が、あまりに愛おしくて。
まるで、もふもふに包まれて安心しきった子どものように見えた。
どんなに強くても、どんな魔法を使えても。
エニは――私の、大事な相棒で、大切な女の子なんだって。今の抱きついてる感じはちょっとだけ女の子っぽくないけども。
「ふわぁ……なんか、眠くなる……」
「寝ちゃだめよ、リーナはそれでフェロルから落ちたことあるんだから」
「ちょっとミレイ!」
少し前を行くリーナが振り返った。
「ホントのことでしょ?」
「たしかにこれは眠くなっちゃいますねー」
笑いながらリーナに突っ込むと、ミレイは「私は絶対に寝ないから安心して」ときっぱり断言していて、妙に真面目なその姿勢にちょっと笑ってしまった。
「エニは大丈夫ー? 眠くない?」
「……………………」
あれ?
「エニちゃん寝てる〜」
リーナが後ろに乗ってるエニを見てケラケラと笑う。昼に起きたのにまだ寝るの!?
さすがに途中で休憩を入れることになり、私たちは柔らかい草の上に腰を下ろした。
おやつがあるよと、リーナに起こされたエニはフェロルの横にぺたんと座り込み、ふわふわの体毛を撫でている。
「モフ~」
フェロルが小さく鳴いた。
いや、鳴き声「モフ」なの!? かわいすぎるんだけど……。
私は感動していたが、エニはそれどころではないらしい。
「……え? どこ? こっち?」
「モフ」
エニがフェロルのお腹の周りを撫で回し始めた。
「エニ、今……フェロルと話してるの?」
「……うん。ちょっとお腹のとこに草が入ってて、かゆいって」
「え!? エニちゃんフェロルとお話出来るの?」
リーナが素で驚いた声を上げる。
ミレイも目を丸くし、フェロルの前にそっとしゃがみ込み、わしゃわしゃと撫でる。
「モフ」
「……なかなか撫でるの上手いねって言ってる」
「ふふっ、だいぶ上からね」
「よーし私も!」
リーナはもう1頭のフェロルのほうへ向かいわしゃわしゃと撫でた。
「……モフー」
「エニちゃん、なんて?」
「全然なってないって」
「がーん!」
うなだれてるリーナを見て、すんごいどや顔のミレイ。
「まだまだねリーナ」
「くっそー」
エニはフェロルの前足をやさしくなでながら、小さく笑っている。
ギルドでの出来事以来、少し元気がなかったから、笑ってるところ見ると、少し安心する。
「モフ」
「……だいじょうぶ。しばらくしたらまた歩くけど、今は休憩中」
「……モフ」
「うん……うん、こっちの人はみんな優しいよ」
「モフモフ」
「え? 別にいいよ」
まるで、親しい友だちと他愛もない会話をしているみたいだった。けれど、その姿があまりに自然で、思わず胸がじんわりとあたたかくなる。
なぜかフェロルがエニの尻尾をそっと触ってる。そんな会話してたのかな?
「エニ、何話してるの?」
「……尻尾触っていい? って聞いてきた」
「へえ」
私はエニの隣に座り、彼女の尻尾をそっと指でなぞる。
「私も触っていい?」
柔らかい銀色の毛並みが指先を通り抜ける感触。エニのしっぽが私の手のひらにそっと巻き付くような感覚。
「くすぐったい?」
「……ちょっと」
エニの尻尾と私の指が絡み合う。そんな何気ない触れ合いが、心地よくてたまらなかった。
そのあと、私たちはリーナからもらったおやつを片手に草の上でひと休み。フェロルはエニのそばでのんびりと毛繕いをしている。
「フェロルに荷車をつけて引いてもらうこともできるのよ。専用のハーネスがあって、負担が少ない構造になってるの」
「へえ……旅が本格化したら、そういうことも考えなきゃかも」
「モフ」
「……背中に乗ってもらうほうが好きだって」
「やだ……フェロルかわいい……!」
リーナが両手を合わせてうっとりとした目でフェロルを見つめる。
そんなリーナを見てたミレイの顔が一瞬曇ったような……?
わいわいと話す空気の中、私はふと草の上に寝転んだ。青空はどこまでも広がっていて、雲がすぅっと流れていく。
私は目を細めながら、フェロルとエニの様子をちらりと見る。
(こういう移動手段もありなんだな……)
今は首都でのんびりしてるけど、いずれ旅を再開したら、装備や食料を積める手段も必要になる。
荷車を引けて、背中にも人を乗せられて、おまけに癒し系で。フェロル、めっちゃ優秀じゃない……?
「一緒に旅したいくらいだよ、ね、エニ?」
「……ねえ、旅したい?」
エニはフェロルに向かって話しかける。
「モフ」
「嫌だって」
「え!? なんでさ!」
「……モフ」
「仲間が寂しがるから、旅には出たくないって」
「優しっ……!」
私は思わず、フェロルに抱き着く。
「さてさて! おやつも食べたし、そろそろ出発しますか!」
「……おやつ、食べてない」
「えっ!? エニちゃん!? さっきのクッキーどこいったの!?」
「……この子たちに半分ずつあげた」
「エニはいい子ね」
リーナとミレイにもう1つクッキーをもらってるエニを見て、私は呆れながらも笑ってしまう。エニ、カバンの中に大量に干し肉入れてるのに……。
私たちは再びフェロルに乗る準備を始めた。
「今度は、とーこちゃんが前で、エニちゃんが後ろに乗ってみる?」
リーナの提案に、私はちょっと驚いた。
「え、私が前?」
「とーこちゃんなら大丈夫!」
「リーナと違って寝ないしね」
「まだ言うか……ミレイ〜……!」
2人はどっちが前に乗るかギャーギャー言い争いながら、もう1頭のフェロルに向かった。どうやらリーナが前らしい。
「……大丈夫、あたし、落ちない」
エニがぼそりと呟いたけど、しっかりと私の服のすそを掴んでいた。
「じゃあ……やってみよっか」
私はフェロルのふわふわな体を前にして、ちょっとだけ首を傾げた。
「……えっと、フェロル? 乗りたいんだけど、ちょっと高くて……もう少し、かがんでもらえると嬉しいんだけどな〜……」
フェロルに人間の言葉が通じるかわからない。でも、もしかしたら、って期待しながらお願いしてみた。
そのとき。
「……モフ」
フェロルが小さく鳴いた。
「……いいよって。ちょっと待ってねって言ってる」
すぐ隣でエニがぽつりと訳してくれた。
「え、通じた!? すごっ!」
私が驚いてる間に、フェロルはふわりと前足を曲げて、地面にぐっと体を沈め「モッフ」と鳴いた。まるで優雅なお辞儀みたいな動作だった。
「うわ……やさしい……!」
「……乗っていいって」
「ありがとう、フェロル……!」
私はもふもふの体毛に手を添えて、そっとよじ登る。乗った瞬間、ふわっとした安心感に包まれた。
「じゃあ、エニ、次は後ろね」
「うん」
エニが私の後ろに乗り込むと、すっと両腕が私の腰に回される。背中にぴったりくっつく感触がちょっとだけくすぐったくて、ちょっとだけ嬉しかった。
「大丈夫? しっかりつかまってね」
エニの体温が背中から伝わってくる。フェロルが動き出すと、彼女の腕がぎゅっと私の腰を締め付けた。その感触に、なんだか安心感と同時に、胸がドキドキする感覚。
「行こう、フェロル」
私がそう言うと、フェロルはゆっくりと歩み始めた。揺れる度に、エニの頬が私の肩に触れる。彼女の銀色の髪が風になびいて、時折私の首筋をくすぐる。
旅の景色よりも、背中のぬくもりの方が何倍も感じられた。
「おーい、そろそろ村が見えてきたよー!」
前を行くリーナが手をかざして、木立の向こうを指差す。私も思わず顔を上げ、まばゆい日差しの中に目を凝らす。
木々の隙間から、こじんまりとした屋根がちらちらと見えていた。
茶色い瓦と白い壁、煙突からは薄く煙が上がっていて、どこかのんびりとした空気が漂っている。
「あ……あそこ……」
見覚えのある風景。懐かしいあの道、あの森――
「エニ、覚えてる? 首都に向かう前に寄った、あの村だよ」
「……うん。覚えてる。子どもたちが……いっぱい走ってきた」
エニは、前の道をじっと見つめたまま、しっぽをふわりと揺らす。
その揺れ方が、あの時の楽しさを思い出してるみたい。
「あのとき、エニが疲れて動けなくなってたの覚えてる?」
「……子供たちの体力凄かった」
そんな他愛もない会話を交わしながら、フェロルの歩みはゆっくりと森を越えていく。
穏やかで、のどかで――ほんの少し、安心する景色。
……だったのに。
「ケエェェェッ!!」
突然、鋭い鳴き声が空気を裂いた。
全員の体がぴたりと止まる。風の音すら止まったような、静寂が落ちる。
音のした方向――草むらの奥から、ばさばさと羽音が響いてくる。
地面を踏みしめる音。けれど、それは“飛んでくる”のではなく、“走ってくる”音だった。
「あれ……! 鳥? いや……でっか……」
次の瞬間、姿を現したのは、羽を大きく広げた――巨大な鳥型の魔物。
だが、それはただの鳥ではなかった。
羽根の隙間から覗く筋肉質な足、地面を蹴る力強さ、そのスピード。
「ギガコッコ……!」
ミレイが呟いた。
私は思わず叫びそうになるのを必死で飲み込む。
でけえニワトリだ――!!!
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
三章も終盤に差し掛かってきましたね。