第43話 「エニのファッションショー!!」
本日もよろしくお願いします。
首都の朝は冷たい風が吹き始めていた。
シルヴィアさんが"赤い目の存在"について報告してから、一週間が経った。
「あいつら、もういないですよ」とリディアさんは教えてくれた。
あの日、エニに差別的な発言をした三人組の男たちは、冒険者資格を剥奪されたという。
それでもエニはギルドに行きたがらない。「行かなくていいなら、行きたくない」と小さく呟いたエニの言葉に、私は何も言い返せなかった。
無理もないけど、それでも旅は続く。旅してないけど。
たぶん宿屋暮らしって旅じゃないよね?
これから先、もっと寒くなるだろうし、防寒具は必需品。それに少しはエニの気分も変わるかもしれない。そう思って、私はある提案をしてみた。
「エニ、ちょっと防寒具見に行かない? これから寒くなるし、旅するにも必要でしょ」
「……とーこが行きたいなら、ついてく」
「違う違う、そうじゃなくて。今日はエニのために可愛い服、たくさん選ぶ日です!」
そう言ってにっこり笑うと、エニは一瞬ぽかんとした。
「……あたしの服?」
「そう!」
私たちは宿を出て、商店街の一角にある服飾店へ向かう。
石造りの壁に木の看板がかかっており、ディスプレイには秋冬物のマントやコートがずらりと並んでいる。
そして――中に入ると、紫のシャツにオレンジのスカーフを巻いた、ばっちりメイクのおしゃれな店員さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃ〜い! あら~、可愛いお客さまが二人も!」
満面の笑みで両手を広げて近づいてくる店員。見たらわかる、オネエだ。
私はちょっとたじろいだが、エニはその勢いに完全に飲まれていた。
「こ、こんにちは……」
「まぁまぁまぁ〜! その銀髪にその耳にしっぽっ! 最高に可愛いじゃない! 私、獣人の子に会うの初めてだわ〜!」
店員さんはプロフェッショナルだった。少しかがんで目線を合わせながら、優しく話しかけてくれる。
「今日は、この子のための防寒具を探しに来たんです」
「なるほどなるほど〜! それなら、まずは何着か試してみましょ。試着室はこっちよ!」
そうして連れていかれたのは、奥にある試着ブース。大きな姿見と厚手のカーテンがあり、落ち着いて着替えられる作りになっている。
「はいはい、これとか〜! これも可愛いし〜! これもイケると思うのよねぇ!」
店員さんが次々と持ってくる服に圧倒されながらも、エニは黙って一枚を手に取った。もこもこのファー付きケープコート。それを大事そうに抱えて、カーテンの向こうに入っていく。
私は椅子に座ってワクワクしながら待つ。
「……とーこ」
エニがひょこっとカーテンを開けて顔を出した。
「どう、似合う……?」
そこには、真っ白なファーのケープを肩にかけ、頬がほんのり赤くなったエニが立っていた。
「か、かわいい……!」
反射的に口から出た言葉に、エニがちょっと目をそらす。
「……そっか」
――いや、そっかじゃない! もっと盛り上がるべきでしょ!
「店員さん! ほかの服もお願いします!」
「は〜い! 私に任せて! この子の魅力、最大限に引き出してみせるわ!」
「とーこ、どう……?」
カーテンがめくれ、エニが一歩踏み出す。
着ていたのは、淡いミントグレーのコート。
内側があったか素材で、外側は防水加工が施された機能的な一着。
「う、うわ……」
私は言葉を失った。いやもう、本当に――。
「かわいすぎるでしょ……!!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。
「ふふっ、でしょでしょ〜? この子のために選んだんだから、可愛いに決まってるじゃな〜い♪」
店員さんが両手を頬に当ててうっとり。
「エニ、ちょっと回ってみて!」
「……こう?」
くるっと小さく回るエニ。ふわりと揺れるコートの裾。か、かわいい!
「……っ!」
店員さんが感極まって、床にひっくり返った。
「なにこれ! 私、今天使見た!?」
「ちょ、店員さん!? しっかりして!」
「だいじょうぶよ……尊さで浄化されただけよ……」
エニはというと、顔を赤くしてそっとこちらを見る。
「……あたし、似合ってる?」
「うん、超似合ってる。エニは何着ても可愛いよ」
試着が何着目かに差し掛かったころ。
「……とーこ」
またカーテンがそっと開いて、エニが顔を出す。
「次のも着てみたんだけど……どう?」
ひょこっと出てきたエニを見て、私は一瞬思考が停止した。
「――えっ!?」
黒と赤の鋲がついた、重厚なレザーのロングコート。肩には金属のスパイク風飾り、足元はごついブーツで完全武装。
まるでどこかの闇ギルドの幹部みたいだ。もしくは子供向け番組の敵キャラ。尖ったサングラスとか掛けたら、もうそれ。
「な、なんでそれ選んだの!? どうした!? さっきまで天使だったのに!!」
私が思わず叫ぶと、エニはちょっとだけ困った顔をして、つぶやく。
「……店員さんが、これもギャップで映えるわよ〜! って……」
「ギャップありすぎ!」
店員さんは横でうっとりと手を組んでいた。
「いや〜もう最高よね……あのあどけないお顔にこの装い……あたし鳥肌立っちゃった……!」
「ダメです!」
エニはロングコートの裾をそっと持ち上げながら、ちょっと困ったように私を見る。
「……ちょっと重い」
「だよね!」
勢いよくうなずいた私は、急いで店員さんに次の候補をお願いしたのだった。
それからというもの、店員さんの全力スタイリングのもと、エニは3着、4着と次々に着替えていった。
最終的に選ばれたのは――。
アイスブルーのファー付きミドル丈ケープコート。薄い灰色のもこもこ帽子。
防寒具としてバッチリの一着だった。
「……ありがと」
エニがそっと店員さんに頭を下げる。
「どういたしまして♪ その姿で旅してたら、どこ行っても人気者間違いなしよ〜!」
店員さんに手を振られながら、私たちは店を後にする。
通りに出たとき、エニは私の袖をきゅっと掴んだ。
「とーこ」
「ん?」
「……この服、いいね」
「これで、寒くなっても大丈夫だね」
ふと、彼女が自分の帽子を両手で軽く押さえる。
「この帽子……耳、ぴったりであったかい」
「耳の形に合わせてフィットするように、店員さんが調整してくれたんだよ」
灰色のもこもこ帽子は、外見はシンプルなのに、エニの耳が自然な形ですっぽり収まっていた。
しかも、耳の内側にだけ少し厚手の裏地が入っていて、風を通さないようになっている。機能性もバッチリ。
「……あったかい」
帽子をくいっと深くかぶったエニは、ほくほくと嬉しそうだった。
「……とーこは服買わないの?」
「…………確かに! 戻るよエニ!」
「おわっ……!」
私はエニの手を取って、再びお店の方へ引き返す。私たちは笑い声を交わしつつ、再びおしゃれな店の扉を開けた。
「あら~、戻ってきたわね~ やっぱりあたしのセンスに惚れちゃった?」
「実は私も防寒具が必要だなって」
「まぁ! そりゃそうよね~! ペアルックにしちゃう?」
オネエ店員さんは目をキラキラさせながら、早速私用の服を次々と取り出し始めた。
結局、私はエニとは少し違う、深い青のケープコートを選んだ。エニのアイスブルーと並べると、まるで空と海のようなグラデーションになる。
「……おそろい?」
「うん、おそろいだよ」
エニは少し満足げに頷いた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
とーこ「あのオシャレなお店にあんな服があるなんて……」
エニ「ちょっと良かった」
とーこ「……まじ?」




