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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第3章 狼の耳としっぽ、そして首都
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第42話 「図鑑で読んだやつだ!」

本日もよろしくお願いします。

 

 それから、シルヴィアさんはギルドの中央に手に持っていた、赤みがかった黄色の毛並みのしっぽを置いた。


「証明になるかわからないけど、討伐証明としてこれを。焔幻の尾のしっぽ」

「――!」


 誰かが息を呑んだ。

 焔幻の尾――炎と幻術を使う希少種の狐の魔物。さすがの私でも知ってる。狼の魔物「白銀の牙」と並び、魔物図鑑のトップページに載っていたから。

 伝説級の魔物であり、一度その姿を見た冒険者は幻術にかかり、焼け死ぬといわれている。まあ、図鑑に載ってるってことは生きて帰った人がいるってことなんだけどね。


 狐型魔物の中でも王と呼ばれる存在で、通常の魔物とは違い、領土意識が強く一か所に長く住み着く。

 九本の尾を持ち、それぞれが違う色の炎を纏うと言われている。目撃情報さえ極めて少ない魔物だ。そう書いてありました。


 その名を聞いただけで、周囲の空気が再び張り詰める。冒険者たちの間で、息を呑む音が聞こえた。

 

「一人で、あれを……?」

「冗談だろ……最強種だぞ!」


 ざわつく周囲。けれど、誰も彼女に面と向かって疑問を投げる者はいなかった。彼女の圧倒的な気配が、言葉すら許さなかったからだ。

 その中で、シルヴィアさんがふとこちらに視線を向けた。


「……あら、怖がらせちゃったかな?」


 彼女の視線の先には、私の背中に半分隠れるようにして、しっぽをぎゅっと握りながらめちゃくちゃビビってるエニがいた。


「ごめんね。こんなしっぽ見せて。怖かった? 大丈夫、あなたのは取らないわ」


 そう言いながら、シルヴィアさんがエニの頭を優しく撫でた。


「…………」


 エニはびくっとしながらも、恐る恐る顔を上げ、かくんと小さく頷いた。

 あ、さっきからどこかずっと見てるなって思ってたらしっぽ見てたんだ。


「ふふ、かわいい」


 軽く息を吐いてエレーナさんの方を振り返る。

 

「今回の依頼、焔幻の尾の討伐ってことで一応完了にはなるけど……何があったかは今、直接報告するわ」


 その場の空気が一段引き締まる。


「結論からいえば、ここ数ヶ月で起きてる魔物の異様な活性化の原因は焔幻の尾じゃない」


(魔物の活性化?)


「最近、各地で急に魔物が活性化している報告が上がってきているんです。普段おとなしい魔物も目が赤くなり狂暴になっていると」


 リディアさんが、私が聞くよりも先に説明してくれた。絶対この人、心読む力持ってる。

 シルヴィアさんが静かに語る中、ギルド内の空気が張りつめていく。


「私が現地に着いたときには、焔幻の尾はすでに重傷を負ってた。あの毛並み、燃えるような炎と幻術を使う狐型の魔物、間違いなく焔幻の尾だったけど、倒したのは私じゃない」


 ギルドマスターのエレーナさんが眉をわずかに寄せる。


「……何が焔幻の尾を倒したの?」


 エレーナさんの問いに、シルヴィアさんは視線を落とし、少しだけ唇を噛んだ。


「……あんな魔物、見たことがない。焔幻の尾とは比べ物にならない……別格だった」


 声は淡々としていたけれど、どこか震えていた。


「黒い瘴気を放っていて、全貌は見えなかった。けど――」


 シルヴィアさんはそっと目を閉じ、思い出すように続けた。


「……そいつの目だけは、はっきりと見えた。赤かった。異様なほどに、鮮やかに……」


 私は思わず息を呑んだ。


「とどめを刺したのは、あいつの方。焔幻の尾は、子を守るために戦って、そして……負けた。私は動けなかった」


 その言葉が落ちた瞬間、ギルド内の空気が凍りついた。

 そして――。


「……あのシルヴィアが……動けなかった?」


 ぽつりと、誰かが呟いた。


「まさか……」

「信じられねぇ……」


 周囲の冒険者たちがざわつき始める。

 星5冒険者、最強と名高いシルヴィアさんが“動けなかった”と聞いて、彼らの中にじわじわと、得体の知れない恐怖が広がっていく。


 その場にいた誰かが、小さく呟いた。


「まさか……“禁域の獣”……?」


 別の冒険者も続ける。


「いや、それはただの御伽噺だろ……?」


 ざわつきの中、シルヴィアさんは静かに言葉を継ぐ。


「……あれは“魔物”というより、“災厄”そのものだった」


 言葉が、重く、深く落ちた。静寂が広がる中、その言葉だけが余韻を残した。


「でも、討伐依頼の対象は焔幻の尾だったから――せめてもの証明として、しっぽだけ持ち帰ったの、一本だけね」


 シルヴィアさんはエレーナさんの顔を見る。


「……子供がいたけど、最強種でも親を失えばきっと生きられない。いずれ死ぬでしょうね……」


 私はちらっとエニの方を見る。

 彼女は――黙って、目を伏せていた。

 しっぽをぎゅっと握りしめたまま、どこか遠くを見ているような虚ろな表情を浮かべている。時折、小さく震える肩が、彼女の内側で何かが渦巻いていることを物語っていた。


(……エニ?)


 何も言わないけれど、その表情には、明らかに言葉にできない想いが滲んでいた。私にはわかる。エニが何を思い、何を感じているのか。

 もしかしたら……自分と重ねていたのかもしれない。親を失い、独りぼっちになった子供の姿を。


 森で逃げ惑い、恐怖に怯え、明日を信じられなかった日々を。私がエニと初めて出会った日、あのボロボロの体で必死に逃げていた姿を思い出す。

 焔幻の尾の子供も、きっとそうやって一人で生きていかなければならない。それはエニが誰よりも理解できる痛みなのだろう。

 

「そいつは焔幻の尾にとどめを刺すと、私には目もくれず、北の空へ飛び去っていった」


 音をどこかに持ち出されたような静寂。

 

「……この件、私が国に報告するわ」


 エレーナさんが静かに立ち上がり、リディアさんへと目を向けた。


「リディア、各支部にも赤い目の魔物と魔物の活性化の情報を共有して。過去の報告も洗い直して、類似の兆候がないか確認してちょうだい」

「了解しました!」


 リディアさんはぺこりと頭を下げると、資料を抱えて小走りで奥へと消えていった。

 私はまだ、少しだけ胸の奥がざわつくのを感じていた。

 

 赤い目の魔物――思い返せば、私たちがこれまで戦ってきたタイガーベアもうろゴリも、確かにどこかおかしかった。異様に興奮していたし、目も赤かった気がする。


 そんなことを考えていたら、隣でエニがまたじっと焔幻の尾のしっぽを見つめていた。

 目は伏せがちで、少しだけ、影を落としているように見える。

 私はそっと彼女の手を取った。

 

「エニ、帰ったらごはんにしよっか」

「うん」

「おふたりともちょっと待ってください!」


 明るい声とともに、カウンターに戻ってきたリディアさんが声をかけてくれた。


「今朝言ってたお菓子、ちゃんと用意してあるんですよ?」

「えっ」

「とーこさん、覚えてなかったんですか? 『お菓子用意して待ってますね』って言いましたよね私♪」


 言われてみれば、そんなことも……。


「エニ、食べていこう?」


 エニはこくんと頷く。

 その姿がなんだか、さっきまでとは違って、ちょっとだけ元気が戻ったように見えて、私はふっと笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます!」


 ギルドの応接スペースに案内され、テーブルに並べられたのはリディアさんお手製という小さな焼き菓子と、シナモンのようなほんのり甘い香りのするお茶だった。盛り付けの美しさからも、彼女の心遣いが感じられる。


「どうぞ、お気に召しますように♪」

「……甘い」


 一口食べたエニが、私を見てふわっと微笑む。


「よかった♪」


 嬉しそうに笑うリディアさんに、私もつられて笑ってしまう。


「そういえばエニ、さっき魔物のしっぽ見て、ビビってたでしょ?」


 ふと私がからかうように言うと、エニはぷいっと横を向いた。


「……ビビってない」


 いやいや、しっぽめっちゃ垂れてるよ……。

 

「……かわいい」

 

 リディアさんがくすっと笑った。

 そんな何気ないやりとりの中、少しずつ、さっきまでの重たい空気が解けていくのがわかる。

 甘いお菓子と、温かいお茶。

 誰かがそばにいてくれる、安心できる時間。


 きっと、こういう時間を大切にしていけば、いつか――。

 私はエニの頭をそっと撫でた。


「……ありがとね、今日もがんばってくれて」


 エニは、ほんの少しだけ私のほうにもたれてくる。


「……ほーこも」


 ごめん。口の中にお菓子入ってるときに話しかけちゃった。

 読んでくださりありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


作者の都合だけど、こういう世界観というか伏線をはる回ってどうしても、誰も可愛く書けないのがネック


エニ「図鑑読んだの?」

とーこ「……最初の方だけ」

エニ「それ読んだって言うの?」

とーこ「エニ、ご飯行かない?」

エニ「行く」

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