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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第3章 狼の耳としっぽ、そして首都
47/103

第41話 「エニに何かしたら、ただじゃおかない」

本日もよろしくお願いします。


累計pv1万突破してました!!


大感謝です

「……あーあ、エニが強すぎて、私ほんと何もしなかったな〜」

「ふふ、冒険者のお仕事は命あってのものですから。無事が一番ですよ」


 そう言いながらリディアさんは、カウンター越しに淡い色の布袋を差し出す。


「こちらが、今回の報酬です。ご確認を」


 報酬の量を見るに絶対に星1冒険者向けの依頼ではないことがわかる。かなり多い。


「……でも、すごいよエニ。まさか一撃で倒すなんて」

「……シルバーファングの加護のおかげ」

「また言ってる……」

「なんです? シルバーファングって」


 受付で依頼達成の登録をしてくれてるリディアさんが魔法石版を差し出しながら首を傾げる。


「……あたしが作った」

「え?」

「エニの魔法の練習で作った、狼の置物が南門に祀られてるんです」

「そうなんですか! 今日仕事終わったら見に行かなくちゃ♪」


 それを聞いて、エニがふわっと微笑む。尻尾がひらひらと揺れて、嬉しそう。

 そんな時だった――


「……なんだよ、ほんとに獣人が冒険者やってるじゃねえか」


 報酬を受け取ってホッとしていたところに、後ろから聞こえた不快な声。思わず振り返ると、軽装を着た三人組の男が、こちらを見てにやにや笑っていた。


「売った方が金になるんじゃねぇか? なんなら俺たちのパーティに入れてやってもいいぜ? 可愛がってやるよ、夜もな?」


 その声は、距離を取っていたにも関わらず、あまりに聞こえよがしだった。わざと聞かせてやろうという下品な笑いが混ざる。


 エニがぴたりと動きを止める。しっぽがプルプルと震え、耳が伏せられていく。

 私は、無言でエニの両耳をそっと手で塞いだ。少し震える小さな頭。怒りで、体の芯がぐつぐつと煮えたぎる。


「……あんたたち、やめなさいよ!」


 リディアさんが顔をしかめて、カウンターから身を乗り出すようにして注意した。


「ギルド内でのそういう発言は処罰の対象にも――」

「おっとこわ〜。なーんだよ、ちょっと冗談言っただけじゃねえか」


 男たちはにやにやと笑い、リディアさんの静かな怒りもまるで意に介していない様子だった。


 私はもう、言霊魔法を使いかけていた。

 喉まで言葉が出かかった、その時だった。


 ギルドの扉が、重たく軋む音とともに開いた。


「帰ったわよー」


 涼やかで、けれど芯のある女性の声が、ギルドの扉の方から響いた。

 銀髪を風のように揺らしながら、長身の女性が悠々と歩いてくる。背には見上げるほど大きな大剣。無造作に背負っているはずなのに、まるでそれすら装飾の一部のように見えてしまうほど、彼女の佇まいは完成されていた。その手には、赤っぽい黄色の毛並みを持つ魔物のしっぽが軽々と握られていた。

 

「シルヴィアさん……!」


 その名を囁いたのは受付嬢のリディアさんだった。


「げっ!」


 さっきまで笑っていた男たちは蒼白になり、一歩、二歩と後ずさる。


「何様のつもりか知らないけど、うちのギルドで騒ぎを起こすような真似は感心しないな」


 彼女の言葉は穏やかだけれど、その一言に込められた威圧感は圧倒的だった。

 エニの耳を塞いでいた私は、ようやく手を離した。


 エニは小さく震えながら、私の服の袖をぎゅっとつまんでいた。

 私は、ふと、シルヴィアと呼ばれた人の姿に目を奪われる。


 長く艶やかな銀髪、整った顔立ち、どこか余裕を感じさせる落ち着きと色気。強くて、美しくて――。


(……エニも、もう少し大人になったら……こんな風になるのかな?)


 そんなことを思っていたら、私の横でリディアさんがぽそっと呟いた。


「……あの人が、星5冒険者のシルヴィアさん。フェルゼン王国が誇る最高戦力の一人です」

「えっ、そんな人が……?」

「ええ。それに……」


 リディアは少しだけ含みのある笑みを浮かべた。


「多分そろそろ、ギルドの奥から出てきますよ。あの人も」


 その言葉と同時に、ギルドの奥の扉がバタンと開いた。


「シルヴィアが帰ってきたってほんと!? ……って、ほんとに帰ってきてるじゃない!」


 スレンダーな体に黒と赤を基調としたローブをまとい、長い黒髪を低めの位置で結んでいる大人な女性がバタバタとシルヴィアさんの元へと飛び込む。


「ただいま、エレーナ」

「もう、帰ってきたらまず私のところって言ったでしょ……!」

「今帰ってきたんだってば」


 怒りと照れが混ざったような表情の大人な女性。シルヴィアさんはその頬を指先でつんと突きながら笑う。

 そんなふたりを見て、リディアさんが肩をすくめるように言った。


(誰……?)

 

「あの人はギルドマスターのエレーナさんです。……シルヴィアさんは昔、エレーナさんが引き取った孤児だったんですって。今じゃ立派な星5冒険者と、ギルドの頂点。映えますねー♪」


 また心読まれた……! ギルドの受付って特殊な訓練でも積んでるのかな……?

 シルヴィアさんとギルドマスターのエレーナさんの、その自然なやり取りから、確かに親密な関係性がにじみ出ていた。ああ、そういう感じなんだ……と私は妙に納得する。

 そして、シルヴィアさんは改めて、男たちを見やった。


「……今、何かくだらない話で盛り上がってたみたいね?」


 一瞬、ギルドの空気が凍る。

 シルヴィアさんは一歩、男たちに近づくと、微笑みを絶やさぬまま、淡々と告げた。


「この子たちに、変な言葉を投げてたみたいだけど……そんな暇があるなら、依頼でも受けたらどうかしら?」


 男たちは蒼白になって椅子をがたがた鳴らしながら立ち上がる。


「チッ……覚えてろよ」

「け、けっ……なんだよ、シラケたぜ。帰ろうぜ」


 強がった声で言いながらも、足取りは明らかに早く、まるで逃げ出すようにギルドの扉を押し開けていく。


「だらしないわね」


 シルヴィアさんは肩をすくめ、ため息をついた。


(……さすが星5)


 そう思いながら、私はエニの頭をそっと撫でた。エニはまだ少し震えていたけど、私に身を預けるように力を抜いていた。

 そのときだった。


「……申し訳ありませんでした」


 穏やかな、けれどしっかりとした声が聞こえた。

 声のしたほうを見ると、そこには――ギルドマスターのエレーナさんが立っていた。

 先ほどまでの、シルヴィアさんと話していた時の少女のような表情とはまるで別人のような、ギルドの頂点に立つ者としての威厳が漂っていた。黒と赤のローブは、まるで権威の象徴のように荘厳に見える。

 

「本来なら、ギルドはすべての冒険者が安心して訪れる場所であるべきです。あなたたちのような新人を、怖がらせるようなことがあったのは、私たちの責任です」


 その声は柔らかいながらも、ギルド中に響き渡る力を持っていた。

 彼女は真っ直ぐに私たちを見て、一礼した。


「……大丈夫です。守ってもらいましたから」


 私がそう言うと、エレーナさんはふっと表情を和らげた。


「今後、ああいった輩にはしかるべき対応を取らせていただきます。どうか、これからもギルドを信じてください」


 その言葉に、私は少しだけ背筋を伸ばすような気持ちで、しっかりと頷いた。


「また何かあれば、遠慮なく私に言ってください。エニさんも」


 どこか一点をじっと見つめていたエニがびくっと体を震わせ、コクコクと頷いた。

 読んでくださりありがとうございます。

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