第34話 「なんか、エニの様子が変なんだけど」
本日もよろしくお願いします。
数日間降り続いた雨がようやく止んだ。
けれど、空にはまだ雲が残り、沈みかけた太陽の赤い光が街の石畳を照らしている。
「今日は誕生日のお礼に、リーナとミレイとご飯行くんだよね」
エニが私の袖を軽く引っ張りながら言う。
「うん、他にも色々お世話になったしね」
エニの尻尾がふわふわと揺れる。
食事の話になると機嫌がいいのはいつものことだ。
私たちは待ち合わせの広場へ向かった。そこではすでに、リーナとミレイが待っていた。
「とーこちゃん! エニちゃん!」
リーナが大きく手を振る。
その隣で、ミレイも穏やかに微笑んでいる。
「すみません、待ちました?」
「全然大丈夫よ〜! それより、本当に奢ってくれるの?」
リーナが期待に満ちた目で私を見る。
「もちろん、エニの誕生日を祝ってくれたお礼です!」
「やったー! エニちゃんのおかげで美味しいものが食べられる!」
リーナはエニの肩をポンポンと叩く。
エニはちょっと誇らしげに胸を張った。
「よーし! 早速行こう!」
「どうせ遠慮しないで好きなだけ食べるつもりでしょ?」
「えへへ〜、バレた?」
リーナがミレイに軽く小突かれながら笑っている。
そんなやり取りに、私は苦笑しつつ、エニと顔を見合わせた。
私たちが向かったのは、首都の中でも評判のいいビュッフェスタイルのレストラン。
広々とした店内には、香ばしい肉の焼ける匂いと、スパイスの効いた料理の香りが漂っている。
「うわぁ……!」
エニが目を輝かせながら、料理が並んだカウンターをじっと見つめる。
しっぽがぶんぶんと振られ、耳がぴんっと立っている。
「エニちゃん、テンション上がってる?」
リーナがくすくすと笑いながら尋ねると、エニはぴたりと尻尾の動きを止めた。
「べ、別にそんなことない」
言いながら、エニはそわそわと足元でしっぽをふりふりさせている。
言葉と裏腹な様子が完全にバレバレだ。
「ほらほら、早く行こうよ!」
リーナが先に皿を持ち、料理の並ぶカウンターへ向かうと、エニもすぐに後を追う。
あの二人、もう完全に食事モードに入ってるな……。
「私たちも取りに行きましょう?」
「ええ、行きましょう」
ミレイと並んで料理を選びながら、私はふと、エニの様子を眺めた。
彼女はお肉のコーナーで真剣な表情を浮かべている。
たぶん、どの部位を取るか迷っているんだろう。
リーナが隣で「とりあえず全部取れば?」と笑いながらアドバイスしているが、エニは首を傾げながら熟考していた。
――ほんとに、こういうときだけは真剣なんだから。
「とーこ、これ」
私が料理を選んで席にいると、エニがいつの間にか戻ってきて、自分の皿の上のものを見せてくる。
そこには、こんがり焼かれた大きなステーキが乗っていた。
「……うん、美味しそうだね」
「とーこの分も持ってきた」
そう言って、エニはもう一枚、私用の皿を差し出す。
その上には、エニと同じステーキがのっていた。
「え、私の分も?」
エニはそっぽを向きながら、小さく頷く。
頬がほんのり赤くなっている。
「ありがとう。じゃあ、もらうね」
エニの気持ちがちょっと嬉しくて、私は受け取った皿を大事に持った。
みんなでテーブルに戻り、食事が始まると、リーナがふとエニの首元をじっと見つめた。
「ねえねえ、そのペンダント、すごく可愛い!」
「あ……」
エニはちょっと嬉しそうにしながら、そっとペンダントを触る。
「とーこがくれた」
「えっ、誕生日プレゼント?」
「……うん」
「きゃー! いいなぁ!」
リーナは目を輝かせながら、今度はエニの肩掛けカバンに目を向ける。
「それも可愛い! もしかして、それもプレゼント?」
「……ギルドの人からもらった」
私が説明すると、リーナは感動したように手を合わせた。
「いいなぁ~! みんなに祝ってもらって、エニちゃんって愛されてるね!」
照れ隠しだろう、エニはリーナの皿からパンを奪っていった。
おしゃべりと食事を楽しむうちに、あっという間に時間が流れた。レストランを出る頃には、街はすっかり夜の雰囲気に包まれていた。
道にはランプの灯りがともり、ほのかに温かい光が石畳を照らしている。
「楽しかった~!」
リーナが満足げに伸びをする。
「うん、ごちそうさま」
ミレイも小さく頷く。
「こちらこそ、いっぱい食べてくれてよかったです!」
「ねえ、見て! 今日の月、大きくて綺麗!」
リーナがふと空を指さす。
つられて上を見るとそこには、雲間から顔を出した満月が、まるで夜空の主役のように、堂々とした存在感を放っている。
(綺麗……)
「じゃあ、私たちはそろそろ帰るね〜。今日はありがと!」
「またねとーこ、エニ」
リーナとミレイに別れを告げ、私たちは宿へと向かう。
すると――
「……早く帰ろ」
「え?」
エニが、不安げに私の袖をぎゅっと掴んでいた。
さっきまで普通だったのに、急にどうしたんだろう。
エニは周りを見渡しながら、小さく息を呑む。
「……なんか、変」
でも、その「変」は、どこか曖昧な感じだった。獣人の直感なのか、何かに対する反応なのか。
私はエニの顔を覗き込む。
「お腹痛い?」
「ちがう……」
ふるふると首を横に振る。
それなら、ただの疲れかな?
でも、エニの耳がぴこぴこと動いて、尻尾はさっきから妙にそわそわしている。
(……なんか、妙に落ち着きがないな)
私が考えている間に、エニはもう一度私の袖を引っ張る。
「……早く帰ろ?」
声のトーンはいつもより少し低く、なんとなく甘えているようにも聞こえた。
「うん、わかった。急ごう、ほら乗って」
私はエニをおぶり、足を速める。
エニの体温がじんわり背中に伝わる。
ん……なんか、いつもよりだいぶあったかいような? というか、エニがいつもよりぴったりくっついてくる気がする……?
(……気のせい?)
とにかく、早く宿に戻ろう。エニの様子が気になる。
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