第33話 「その時も一緒に旅をしよう」
本日もよろしくお願いします。
窓の外では相変わらず雨が降り続いている。
部屋の中には、ベッドに寝転ぶ私と、その上に乗っかるエニ。
さっきまで「お手」とか言って遊んでいたけれど、すっかり落ち着いてしまった。
「……暇だね」
エニの柔らかい髪を撫でながら、私はぼそっと呟いた。
「ん……眠くなってきた」
「さっきまでいっぱい寝てたじゃん」
私は苦笑しつつ、ふと、部屋の隅に置いてある地図と魔物図鑑に目をやった。
最近、依頼をこなす中で冒険者ギルドからもらった世界地図には、この大陸だけでなく、海の向こうの島々や大陸まで描かれている。色とりどりの線で国境が引かれ、それぞれの地域の特色が小さな絵で描写されていた。
「そういえば、エニってさ」
「んー?」
エニはまだ私にぴったりくっついたまま、眠たそうな声を出す。
「どこか行きたい場所とかある? 首都の中でも、今後どこか行くにしても」
エニは私の胸の上に顔を埋めたまま、しばらく黙り込んだ。しっぽがゆっくりと揺れて、考え込んでいるのがわかる。
「……あんまり、考えたことなかったかも」
ぽつりと呟いたその声は、どこか不思議そうだった。
まるで、それを考えること自体が初めての経験みたいに。
エニの言葉に、私はそっと彼女の髪を撫でる。
彼女の過去を考えると、未来を考えることなんて出来なかったはずだ。
「そういえば」
エニがぽつりと呟く。
「ん?」
「……海の向こうには、獣人が人間と普通に暮らしてるって、リーナが言ってた」
「確か、バルトさんも獣人は他の大陸から来たって言ってたような……」
エニはふわりと尻尾を揺らしながら、遠くを見つめるように瞳を細める。
「………………」
エニは少しだけ目を伏せた。耳も少し垂れていて、どこか物思いにふける表情だ。
しばらく何かを考えるように、毛布の端をくしゃっと握る。まるで遠い地に思いを馳せるように。
私は彼女の表情から、言葉にはしなくても何を考えているのか、なんとなく分かった気がした。
生まれ育った場所ではないかもしれないけれど、同じ獣人たちが暮らす土地。誰にも怯えることなく、堂々と歩ける場所。
そんな場所があるなんて、エニにとっては夢のような話なのかもしれない。
「……行ってみようよ!」
私がそう言うと、エニは驚いたように顔をあげた。
「……いいの?」
「もちろん、海も見てみたいし」
私は笑って、エニの耳をそっと撫でた。
エニは少しだけ戸惑ったように、私の顔をじっと見つめる。その瞳には期待と、ほんの少しの不安が混ざっているように見える。でも、それ以上に、明るい何かがあった。
「行ったら、エニみたいな人、いっぱい会えるかもね」
「……緊張する」
「大丈夫、私がいるから」
エニは小さく微笑むと、尻尾をふわりと揺らしながら、私の胸に顔をうずめる。
「……ありがと」
「ふふ、いいよ」
私たちはそのまま、しばらく静かに雨音を聞いていた。
海の向こう。獣人の国。
未知の世界に少し怯えながらも、それでも知りたい——そんなエニの複雑な気持ちを、私は静かに受け止めた。
いつか、エニが他にも行きたい場所を見つけたら――。
そのときも、一緒に旅をしよう。
ずっと一緒にいるって約束したから。
「なんかさ、こうやってのんびりするのもいいね」
「……普通」
エニは無表情で言いながらも、尻尾がリズミカルに左右に振れている。
「じゃあなんでしっぽこんな揺れてるの〜?」
私はエニのしっぽをガシッと掴んだ。
「んっ……!」
エニの耳がぴこっと跳ね、頬がぷくっと膨らむ。
「……いじわる」
「いやいや、ほんとのことを言っただけだよ?」
私が笑うと、エニはむすっと口を尖らせた。
ガブッ――
「ぎゃあ!」
ふにっとした感触と、軽い刺激が布越しに肌に触れる。
何かと思えば――エニが私のおっぱいを甘噛みしていた。
「ちょっ……エニ!? そこはダメ!」
「……しっぽ触るから」
「いやいやいや、おっぱい噛むのはもっとダメでしょ!?」
じたばたと暴れる私をよそに、エニは無表情で私を見つめたまま、
「……やわらかい」
ぽつりと感想を述べた。
「もう!」
思わず、ぎゅっとエニを抱きしめる。
「わっ……」
エニの尻尾がふわっと揺れる。
ぎゅっと抱きしめたまま、私は息を整え、ふーっとため息をついた。
「もう……ほんとに、エニは……」
「……ふふ」
エニが、くすっと笑う。
私もつられて、笑ってしまった。
そのままエニは、するりと私の胸に顔をうずめる。
そして、ぎゅっとしがみついてくる。
「……とーこ、あったかい」
尻尾がゆっくりと揺れて、エニの呼吸が落ち着いていくのがわかる。
私はそのまま、彼女の髪を優しく撫でた。
外では、雨が静かに降り続いている。
ぽつぽつと窓を叩く音が、心地よい子守唄みたいだ。
どんな過去があっても、これからは一緒に——そう思いながら、エニの温もりに包まれる。
エニの体温と、雨音のリズムが心地よくて――
私は静かに目を閉じた。
もうこのまま寝てしまおう。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
そろそろ、旅の目的とか、次に行く場所とか決まっていきそうですね。
三章も後半戦!